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激烈出稼ぎ娘  作者: 種子島やつき
第三部
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小麦騒動編2 ラーニャの休日

 仮にも一国の王子が、しかも大臣を勤めている人物が、小娘と町をぶらついていても大丈夫なのだろうか。

ラーニャがマドイに聞いてみると、彼は傍にあった何の変哲もない建物を指差した。

建物の影には、たくましい体つきをした男が静かに佇んでいる。


「アレは私の護衛です。その他にも護衛はいるので大丈夫ですよ」

「何人?」

「十五人です」


 ラーニャは驚き、何も言えなくなった。

警備が手薄ならそれを口実に追い返そうと思ったのだが、これでは文句のつけようがない。

ラーニャは仕方なくマドイを連れたまま予定をこなすことに決め、まずは大通りにある金物屋に向かった。

大通りは様々な店が軒を連ねる、王都でも一番活気のある場所だ。

休日になると、貧乏人から金持ちまでたくさんの人間が所狭しと溢れ返る。


 慣れない人ごみに目を回すマドイを引っ張って、ラーニャは何とか目的の金物店に辿り着いた。

だが店内も買い物をしに来た客でいっぱいである。


「こんな所で一体何買うつもりですか」

「包丁だよ。こないだ折れちまったんだ」


 マドイは自分で聞いておきながら、ラーニャの答えもろくに聞かず、店内を興味深そうに眺めていた。

店の中にぶら下げられたフライパンや鍋の姿は、王宮育ちの王子様にはさぞかし物珍しいに違いない。


「見たことのない道具ばかりですねぇ。何に使うんですか?」

「お前……フライパンとか見たことないのかよ。料理しないのか?」

「料理? 私は生まれてこの方厨房に入った事すらございませんが」


 想像をはるかに絶するマドイの返答に、ラーニャは絶句した。

だが考えてみれば、これが王族として当然の反応なのかもしれない。

いろんな所を歩きまわり、厨房どころか主婦の井戸端会議にまで出没するミカエルが異常なのだ。


 呆然とするラーニャをよそに、マドイはクッキーの抜き型を指差して目を輝かせていた。


「ラーニャこれは何ですか? 色んな形をしていますが」

「……クッキーの抜き型だよ」

「これ、クッキーに使うんですか。あ、これクマの形ですよ。これは星です」


 眼鏡越しに目を輝かせるマドイは、まるで幼い子供のようだった。

たまにヒスるが、基本的には冷静な彼の意外な一面である。

一瞬可愛いと思ってしまったラーニャは、その後しばらく自己嫌悪に襲われた。


 結局ラーニャは予定通り包丁を、マドイはクッキーの抜き型を購入して店を出た。

後はいつものように食料品の買出しである。

せっかく大通りまで来たので、いつもは立ち寄らない店で買うことにした。

魚屋を回り、肉屋を回り、ラーニャはなんてことなかったが、慣れないマドイはくたくたである。


「おい大丈夫か?あとパン屋に行くんだけど」

「だ、大丈夫です……」


 王宮でゆったり暮らしているマドイにこの人混みは辛かろう。

息切れしているマドイを気遣いながら、ラーニャはゆっくりパン屋を探した。

だが行くパン屋行くパン屋、どれも値段がべらぼうに高く、とてもじゃないが買う気になれなれなかった。

いつから大通りのパン屋は高級店ばかりになったのだろう。


「ヤベェ……。これじゃ明日のパンがないよ」

「小麦が値上がりしているというのは、本当のようですね」


 渋い顔で呟くマドイに、ラーニャは首を傾げた。


「小麦って今値上がりしてるのか?」

「知らないんですか? 新聞にも書いてあるのに。何と無知な」

「フライパン知らない奴に言われたかねーよ。オレは勉強で忙しいの!」


 だからどこのパン屋も異様に値段が高かったのだと、ラーニャは納得した。

しかし主食が高くては、王都に住む庶民はたまったものではないだろう。


「どうしてそんなことになったんだ? 不作か?」

「最初の原因はそれなんですけどね。一番の原因は、不作で少なくなった小麦を売り惜しみして、さらに値を上げようとする小麦問屋ですよ。中には投機で大儲けしてる輩もいるようです」


 小麦は食生活にとって欠かせないものだから、どんなに値段が高くても皆買うだろう。

それを逆手にとって、それどころか投機でまで大儲けしようなんて、あくどいにも程がある連中である。


「マドイ、お前王子だろ? 何とか対策取れないのか?」

「対策しようとしている所ですよ。しかし小麦問屋の中には貴族と結託しているのがいて、なかなか上手く行かないんです」

「やってられねーな。困るのは庶民なのによ」


 全ての貴族が悪い奴だとは思っていないが、中には権力を振りかざして好き放題している連中もいる。

そういう奴等ほど知恵が回るもので、なかなか尻尾を出さないのが相場だ。

かつてマルーシ地方で圧政をしいていたレスター伯爵がいい例である。


 ラーニャは段々腹が立ってきた。


「ちくしょう! もうパンは食いたくねぇ。そういう奴らを儲けさせんのは癪だ」

「そうは言っても、他に食べるもの無いでしょう?」

「いいや。オレ、ジャガイモ蒸して食う」

「ジャガイモ?」


 ラーニャは無言のまま頷いた。

ラーニャの生まれたマルーシ地方は土が貧しいため、麦が上手く育たない。

だから当然パンなど周りにはなく、主食は蒸したジャガイモだった。


「マオ族の主食は小麦じゃなくてジャガイモなんだ。王都じゃなかなか手に入らないからパン食ってっけど、オレはジャガイモの方が好きだ」


 ジャガイモを売っている店はここから遠いが、この際仕方あるまい。


「よし、マドイ。ジャガイモ売ってる店に行くぞ!」

「えっ。まだ歩くんですか?」


 マドイはうんざりとした顔をしていたが、ラーニャは即座に頷いた。

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