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激烈出稼ぎ娘  作者: 種子島やつき
第三部
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小麦騒動編1 マドイつきまとい

 今ラーニャが魔導庁でついている役職は「精霊局研究補佐官」である。

研究補佐官はあくまでも研究の補佐が仕事であり、やれることに限りがあった。

高度な研究に協力するには、「精霊局研究員」にならなければならない。


 その研究員になるための試験を、ラーニャは二週間後に控えていた。

今は最後の追い込み時期である。

研究補佐官の時とは違い、合格するには最低七十点は取らなければならない。

出題内容は基礎ばかりだったが、義務教育を受けていないラーニャには少々厳しいものがあった。


 試験は夏と冬の年二回だから、これを逃したら次は新年である。

ラーニャの協力が必要な研究は溜まっている一方だし、いつまでも半人前でいたくなかったので、なんとしてでも今回合格したかった。

だからここ一ヶ月、特別に用意された勉強部屋で朝から晩まで勉強漬けである。

教科書を見れば分かる問題ばかりなので、基本一人での勉強だった。


 だが一日に一回。

多い時で数時間に一回、勉強部屋には困った客が訪ねて来る。

魔導大臣、つまりラーニャの上司である「彼」は、暇でもないだろうに、時間を見つけてはラーニャの勉強を見に来るのだ。


(また来たよ……)


 本日二回目の登場となったマドイを見て、ラーニャはため息をついた。

きっと今日は仕事がない日なのだろう。

部屋に入るなり、マドイは扇で顔の周りを仰ぐ。


「嗚呼熱い。ちゃんと窓開けてるんですか?」

「開けてるよ。風が入って来ないんだからしょうがないだろ」

「まったく。だから大臣室の隣の部屋を使うように言っているのに……」


 そんなことしたら、一日中観察されるハメになるのは目に見えている。

今でさえうっとおしいのに、まっぴらゴメンだった。


「で、何の用だよ。別に分からない所なんてないぞ」

「特に用はありませんよ。様子を見に来ただけです」


 だったら早く立ち去ればいいのに、マドイは椅子を持ってくると、ラーニャの向かいに腰掛けた。


「分からないことがあったら、聞いてくださいね」

「ないから大丈夫だよ」


 再び問題にとりかかっても、マドイの視線はまだこちらに向かっていた。

視線が気になって、とてもじゃないが勉強なんてできやしない。

さすがにうざったくなって、ラーニャはつい声を荒げた。


「おいマドイ!」

「あ、この問題が分からないんですか?」

「ちげーよ。そうじゃなくて……」

「でもここ、間違ってますよ」


 マドイが身を乗り出した。

いきなり近付いてきた彼の整った顔に、ラーニャの身体がつい仰け反る。


「オイコラ! 急に顔近付けんな!! テメェ自分のツラのこと分かってんだろ!?」

「面のことって?」

「テメーの無駄にお綺麗な顔のことだよ!」

「あら、ひょっとしてラーニャ……照れました?」


 なぜかうっとりとマドイが微笑んだ。

普通の女性なら顔を赤らめるだろう美しさだったが、ラーニャの全身には鳥肌が走る。

とうとう耐え切れなくなったラーニャは両手を机に叩きつけた。


「微笑んでんじゃねーよ! なんなんだよこの雰囲気!」

「え……なんですかいきなり」

「考えてもみろよ。最初の頃はもっと緊張感があっただろ!? オレたちの関係ってのはな、もっと殺伐としてるべきなんだよ。机の向かいに座ったりしたら、いつ喧嘩が始まってもおかしくない、刺すか刺されるか、そんな雰囲気がいいんじゃねーか。」

「ちょっと。どこかの定食屋みたいなこと言わないで下さいよ」

「――とにかく! マドイはもう帰ってくれ。勉強の邪魔だから!」


 ラーニャに徹底的に拒絶され、マドイはしょんぼりしながら出て行った。

若干罪悪感はあったが、勉強の邪魔になるのは本当なので仕方ない。

悪いのはしょっちゅうちょっかいをかけてくるマドイである。


(アイツ一体どうしちゃったんだろ)


 勉強部屋が出来てからというもの、マドイは来たかと思えば、何をするでもなくラーニャの様子を観察している。

春頃の魔法の実践訓練の時のように、何かにつけて説教をしてくるわけでもない。

ただラーニャを――それもときおり微笑みながら――見ているのである。


(ひょっとして、アイツ皆に嫌われてるんじゃないのか?)


 だから大臣室に居辛くて、ラーニャの所に来るんではないだろうか。

ラーニャはそう思った。

ならば何だかんだで相手をしてくれるラーニャの存在は、今の彼にとってオアシスに違いない。


(……だったら冷たくするのは可哀想かも)


 今度ミカエルに会ったら、そこらへんのことを聞いてみようとラーニャは思った。

幸い次の休日は、ミカエルと買い出しに行く予定である。

一国の王子が町に買い出しに行くことの是非については、もはや気にすまい。


 だが当日、ラーニャが待ち合わせ場所の時計台に行くと、そこにミカエルの姿はなかった。

代わりに立っているのは、何とマドイその人である。


「何でテメェがここにいるんだよオオォォ!!」


 マドイはいつも真っ直ぐ垂らしている銀髪を一つに結び、銀縁のメガネをかけていた。

着ている物は、普段よりも随分大人しい。

変装のつもりだろうか。


 彼はラーニャに気付くと、妖艶な笑みを顔いっぱいに浮かべる。


「ごきげんようラーニャ。少し遅かったですね」

「遅かったじゃねーよ! どうしてマドイがここにいるんだよ!?」

「ミカエルが体調不良なので、(わたくし)が代わりに来ました」


(こなくていいよ! っていうか来るんじゃねぇ!!)


 ラーニャは心の中で声を張り上げたが、彼に聞こえるはずもない。


「買い物があるんでしょう? さっさと行きましょうよ」


 マドイはラーニャに確認を取るでもなく、さっさと街に向かって歩き出した。

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