愛の力編8 ラーニャのどえらい勘違い
「アルベルト公とマロンさんは、今度デートすることになったらしいですよ」
「そっか。そりゃ良かった。爺さんも苦労のかいがあったな」
「昨日のアルベルト公を見ていて、彼なら信用できると思ったようです」
「災い転じてなんとやらだな――って、どうしてまたテメェがここにいるんだ」
ラーニャは魔導庁の中庭で当然のように立っているマドイを指差した。
今日の指導は確かサリーが担当だったはずである。
が、来てみればサリーの姿はどこにもなく、いるのはこの小言王子だけだった。
「サリーは研究で忙しいので、代わってあげました」
「テメェは忙しくないのか。魔導大臣」
「山場は過ぎたので、今は書類に判子を押すだけの仕事です」
(だからヒマなら城へ帰れっての!)
どうして小言を言うためだけに、ラーニャの傍に来るのか理解に苦しむ。
そうやってベタベタ接してくるから、オンベルトも余計な誤解をしたのだ。
「オメーがそうやってオレばっかりかまうから、オンベルトにも勘違いされたの! オレも殺されるところだったんだからな!」
「まさかオンベルトが貴女まで狙っているとは思いませんでしたねぇ。あれぐらいで過剰反応するとは、予想外でした」
「『あれ』ぐらいって?」
マドイは明らかにしまったという顔をしていた。
ラーニャは眉を吊り上げてマドイににじり寄る。
「――お前。オンベルトに何言ったんだよ」
「な、何も言ってませんよ。ただほんの少しラーニャを良く言っただけですよ。ほんの少し」
「じゃぁ、たったそれくらいでアイツはオレを殺そうと?」
本当にたったそれくらいのことで、オンベルトはラーニャに殺意を抱いたのだろうか。
マドイがラーニャを褒めただけで、彼がたぶらかされたと思い込み、刺客を放つ。
動機がそれだけなら、常軌を逸した行動だ。
だが昨日の彼の言動を見るに、多少思い込みの激しい所はあるものの、そこまで頭がおかしい人間とは思えなかった。
やはり何か他に理由があったのではないだろうか。
「……ひょっとして、『好きだ』なんて言ったんじゃないのか?」
ラーニャが呟くと、マドイの顔に動揺が走った。
彼の取り乱しように、ラーニャは確信を深める。
「やっぱりそうか。怪しいと思ってたんだよなー。行動がおかしすぎるもん」
「ら、ラーニャ貴女……」
「大した理由もないのにあんなことするなんて、変だと思ったんだよ。でもやっと納得できたよ」
マドイは今にも逃げ出しそうなそぶりで、辺りを頻繁にうかがっていた。
だがラーニャは彼に逃がす隙を与えず、徐々に追い込みながら言う。
「マドイ、お前……オンベルトに、『好きだ』って言われたことあるだろ」
マドイが急に能面のような顔になった。
「図星か」とラーニャは心の中で頷く。
「……なんで、そんなこと思ったんですか?」
「だって、おかしいだろ。ちょっとマドイがオレを褒めたくらいで、オレを殺そうとするなんてさ。でも恋ゆえの嫉妬なら分からなくもないじゃねーか」
「……」
「ミカエルから聞いてたけど、お前学生の頃男からスゲェ告白されたんだろ? オンベルトもそのクチだったんだな?」
「……」
マドイは瞬きもせずラーニャを見つめると、いきなり彼女の頭頂部をひっぱたいた。
突然のことに、ラーニャは頭を押さえてうずくまる。
「なにすんだよこのバカ!」
「バカは貴女です! オンベルトが私に告白? 気持ち悪い冗談はよして下さい!」
「じゃあなんでアイツはオレを襲ったんだよ」
「彼なりに思うところがあったんでしょう。――とにかく! 貴女が想像しているようなことは一つも在りません!! 断じてありません!!」
マドイは顔を真っ赤にして怒っていた。
よほど強く叩かれたのか、頭の痛みはまだ収まらない。
抗議したかったが、また叩かれるのは目に見えていたのでやめておいた。
「でもよ~。また襲われるかもしれないじゃねーか。理由はハッキリしておかないと」
「それは大丈夫です。アルベルト公は今回のことを表沙汰にしない代わりに、みっちりオンベルトの根性を叩きなおすとおっしゃっていました。常に監視をつけ、仕事以外に外に出させないそうです」
あの強烈なアルベルトのことだから、とんでもなく厳しい指導を行いそうである。
オンベルトの性根が真っ直ぐになるまで、文字通り「叩き」直しそうだ。
(まぁ爺ちゃん、アイツに蹴られてるからな)
まさに自業自得と言ったところであろう。
だがアルベルトにとってオンベルトの凶行は「思わぬ幸運」だったのかもしれない。
おかげで彼はマロンと再び会えるようになったのだから。
「コレにて一件落着ってところか」
「無事に収まって何よりです。では、早速新魔法の授業といきましょうか」
ラーニャは本来の目的を思い出し、目を輝かせた。
今日は待ちに待った新魔法を教えてもらえるのだ。
もうこの際相手がマドイでも構わない。
「新魔法なになに? どんなことすんのっ!?」
「貴女が次にやるべき大地系魔法は――『砂を岩に変える魔法』です!!」
(えっ――?)
ラーニャの動きが止まった。
「それ……最初習ったのとどう違うの?」
「全然違いますよ。砂が岩になるんですよ。凄いじゃないですか」
マドイは喜ばないラーニャがおかしいと言いたげな様子だった。
「やだっ。もっと派手なヤツがいい!!」
「お黙りなさい! こういう初級をなめるたらイケないんですよ。大体貴女は最初の時にも――」
(しまった――!)
黙っていうことを聞いていれば良かった。
ラーニャはそう思ったが、時既に遅しであった。
「愛の力編」はこれで終わりです。
ほんのちょっぴりだけ恋愛要素が入りましたが、今後いきなり恋愛物に
なっちゃったりすることはないので、ご安心ください。
激烈出稼ぎ娘は、いつまでも激烈のままでございます。
次回からは「小麦騒動編」が始まります。
再びラーニャが大暴れするので、どうぞ応援の程よろしくお願いしますm(__)m