愛の力編6 キレてる・キてる孫
筋骨隆々とした護衛兼召使、現裏切り者によって、ラーニャたち三人は椅子ごと縛り上げられた。
縄を引きちぎる事は容易だが、他の二人のことを考えると軽はずみな行動には出れない。
「一体何なんだよ。つーかオンベルトって誰だ」
ラーニャが呟くと、アルベルトが答えた。
「オンベルトは私の孫だ」
「孫ぉ? どーして孫が爺ちゃん縛り上げるんだよ」
「分からん」
召使は二人が話していても何も言わなかった。
手を出さないように命令されているのだろうが、その視線は鋭い。
しばらく縛られたままでいると、玄関が開く音がし、複数人が家の中に入ってきたのが分かった。
マロンの息子夫婦かとも思ったが、居間に現れたのはガタイのいい黒服の男三人と、金髪の男である。
黒服を従えた金髪の男は、髪を七対三の割合で分け、酷薄そうな細い目つきをしていた。
体つきは大きいが痩せていて、おそらく運動の方はあまり得意ではないだろう。
「オンベルト!」とアルベルトが叫ぶと、金髪の男はこちらに灰色の瞳を向ける。
彼がアルベルトの孫なのは間違いなさそうだった。
「オンベルト、一体何のつもりだ。マロンにこんな無体を働きおってからに。後で後悔しても知らんぞ!」
「……。こんな状況でも女の心配ですか。私の行動は間違ってなかったようだ」
「質問に答えろ馬鹿者! お前は一体何をする気だ」
「何、お爺様のお目を覚まさせてあげるだけですよ」
オンベルトは薄い唇を吊り上げると、今度はラーニャたちの方に顔を向けた。
彼の目は凍りついてしまいそうなほどに冷たい。
ラーニャは睨み返したが、マロンは真っ青になりながら震えていた。
「……まさか二人いっぺんに捕まえられるとは思ってもみなかったよ。私はとても運がいい」
オンベルトは灰色の上着から大振りのナイフを取り出すと、鞘から抜いてマロンの頬に当てた。
アルベルトは身を乗り出そうとするが、縛られているため何も出来ない。
「お爺様。この女が死ねば貴方の馬鹿らしい熱病も覚めるでしょう」
「……なっ。お前――! マロンに手を出したら許さんぞ!」
「お爺様。元はといえば貴方が悪いのです。私の忠告も聞かずに平民女に現を抜かし、公爵家の恥をさらした。この二人を始末したら、貴方には一生屋敷の中で暮らしてもらいます」
(この二人って、オレも数に入ってるのかよ――!)
おそらくこの孫は、マロンに入れあげるアルベルトのことが面白くないのだろう。
そこでマロンそのものを消してしまおうと考えるあたりぶっ飛んでいるが、なぜこちらまで巻き添えを食わなければならないのか。
「なんでオレまで殺されなきゃなんねぇんだよ。口封じってやつかよ」
ラーニャが文句をたれながら椅子を揺らすと、オンベルトは素早く彼女の首筋にナイフを当てた。
「がたがた言うな。この売女が!」
「売女って……。お前、オレのこと女だって知ってるのか?」
「当たり前だ。どうやってマドイ殿下をたぶらかした? その貧相な体で」
「……オメェ、マドイの知り合いか?」
ラーニャが言い終わる前に、オンベルトの拳が彼女の頬に命中した。
「平民女が殿下を呼び捨てにするなぁ!!」
(イッテェな……)
ラーニャが唾を吐き捨てて睨みあげると、オンベルトは顔を真っ赤にしてヒートアップしていた。
口角に泡を吹かせながらラーニャににまくし立てる。
「平民女ごときが殿下をたぶらかしやがって。おかげでマドイ殿下は祖父と同じ腑抜けだ。友人としての利用価値が落ちるのも時間の問題。どうしてくれる!?」
「どうしろっていわれても」
「マドイ殿下は聡明な人間だ。今はお前の身体に浮ついてるだけだろう。お前がいなくなればきっと元の殿下に戻られるはずだ」
(思い込みの激しい奴だな~)
マドイが元に戻る戻らない以前に、ラーニャはそもそもマドイをたぶらかしていない。
しかし言っても激情したオンベルトに通じるわけがないだろう。
彼はマロンとラーニャを殺せば、アルベルトとマドイが「元」に戻ると信じ込んでいるのだ。
思い込んだ馬鹿には何を言っても意味がない。
「お爺様。気の毒ですが、この二人には死んでもらいます。全てはお爺様とマドイ殿下のためです」
「何を言うかっ!全部お前のためだろう。邪魔な者は消すという貴族の悪い所ばかり学びおって――!」
「申し訳ありませんがお爺様。いくら吠えても今の貴方には何も出来ない。そこで二人が死ぬのを見ていてください」
オンベルトが黒服の一人に命じると、彼は脇にさしていた短剣を抜く。
「この短剣はよく押し込み強盗が使う。偽装にはもってこいだ」
黒服はラーニャたちをしばらく眺めると、まずマロンの方に歩み寄った。
彼女の髪を掴み上げ、喉元をさらし出す。
弱々しく泣くマロンを見て、アルベルトは叫んだ。
「やめろ! やめんか馬鹿者!」
アルベルトは椅子を倒し、芋虫のように這いながら黒服ににじり寄る。
だが彼の頭部をオンベルトが蹴り上げた。
「だから何も出来ないといっているだろう。お前の時代はもう終わりなんだよ!」
「何を! この馬鹿孫が!!」
額から血を流しながらもまだアルベルトは這うのを止めない。
「やめてっ。やめてっ。公爵様」
「マロンよ! 私はもうお前を諦めるのは嫌なんだ!!」
うつぶせのまま喚くアルベルトを、オンベルトは再び足蹴にしようとした。
だが突如として、オンベルトの姿がその場から消える。
「何だ――!?」
黒服たちが驚いて辺りを見回すと、オンベルトのいた所には、なぜか落とし穴のような砂溜まりが出来上がっていた。
溜まっている砂は流砂よりも滑らかで、突如出来上がったそこはまるで底なし沼と化している。
砂溜まりの中で必死にもがくオンベルトを黒服たちは助け出そうとするが、彼らもまた突然生まれた砂地獄の中に消えた。
「何だ!何だこの底なしの砂は!?」
喚く男たちを見て、ラーニャは椅子に縛られたまま笑った。
「初級の大地系魔法だよ。岩を砂に変えるヤツ。この家は石造りだ。そして一階。底なしの砂地獄を作るにゃ持ってこいの場所だぜ」
嫌と言うほどやらされた初級魔法。
まさかこんな所で役立つとは思わなかった。
完全に砂に沈んだ彼らを見て、ラーニャは自らを縛っていた縄を引きちぎると、その場で仁王立ちになった。
息をするためにアップアップな男たちに金色の瞳でにらみを利かせる。
「様子見てりゃァいい気になりやがって。さて、この借りはどうやって返させてもらおうか。爺ちゃんも蹴られてるしな」
ラーニャは腫れ上がった頬を指差す。
彼女から立ち昇る怒気に、砂地獄から辛うじて頭を出していたオンベルトの顔色が変わった。