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激烈出稼ぎ娘  作者: 種子島やつき
第三部
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愛の力編2 嗚呼美しき青春の思ひ出

 六十過ぎの彼がまだ二十そこそこだった頃――今から四十余年前のことである。

老人、アルベルトとマロンは恋人同士だったそうだ。


「とは言っても、私は家の後継ぎ。彼女はメイド。身分違いの恋だった」


 アルベルトの家は当時からそれなりに裕福で家柄もよく、当然召使との恋が受け入れられるわけがなかった。

両親に反対されても、アルベルトはマロンと結婚することを諦めなかったが、あるとき事件が起きた。

アルベルトが仕事で半年屋敷を空けてから帰ると、マロンがいなくなっていたのである。


「私は怒って両親を問い詰めたよ。そしたらなんて言われたと思う? ――マロンは王都から離れた町に住む商人に嫁がせた、だと」


 アルベルトの両親は彼がいない間に、マロンを無理やり遠くの商人に嫁に出したのだ。

それもアルベルトがマロンを捨て、金持ちの娘と婚約したと嘘をついて。

アルベルトは絶望した。


「慌てて彼女を迎えにいったものの、彼女は既に結婚していた。結婚相手が悪人なら堂々と連れ戻せたものを、いい人柄だったから余計に性質が悪い」


 マロンの結婚相手は周囲にも評判の人物であった。

アルベルトから捨てられたと絶望したマロンを、彼は根気よく元気付けたのだという。

心の傷を忘れ、ようやく平穏で幸せな生活を送り始めていた彼女を、連れ戻す勇気はアルベルトにはなかった。


「それからは無我夢中で働いたよ。マロンを忘れるためにな。結婚もした。親の望む釣り合いの取れた相手とな。私は働いて働いて、自分でも驚くほど家を大きくした。私のやり方は厳しかったから、『鉄の男』とも呼ばれたよ」


 ラーニャは懐かしそうに、かつ寂しげに当時を語るアルベルトの横顔を見た。

後れ毛一本なく撫でつけられたロマンスグレーの髪と、眉間に刻みこまれた一本の皺。

昔話をしている間も眼光はどこか鋭くて、確かに自他共に厳しそうな人間に見える。

彼は昔からこんな険しい顔つきをしていたのだろうか。

それともマロンとの別れが彼を変えてしまったのだろうか。


「親の望む相手だったとはいえ、妻は賢く、気のつく女性だったよ。今では彼女と結婚してよかったと思う。――だが妻は五年前に風邪をこじらせて死んでしまってな」

「奥さん死んじゃったの?」

「ああ。それをきっかけに私も第一線を退いた。亡き妻を偲び、隠居生活を送って四年半くらいした頃だったか、マロンが王都に戻った事を知ったのは」


 最初にマロンに気付いたのは、昔からアルベルトに仕えている使用人だった。

偶然とはあるもので、その使用人の娘夫婦が住む家の向かい側に、マロンと思しき女性が引っ越してきたのである。

その報告を受けたアルベルトは、昔のこととは思いつつも彼女のことを調べた。


「引っ越して着たのは確かにマロンだった。彼女も数年前に夫と死に別れ、息子夫婦のいる王都に越してきたらしい。一緒に住んでいるそうだが――恥ずかしいことに、調べているうちにマロンへの想いが再燃してしまってな」

「それで贈り物持って、自宅に押しかけたわけか」

「そういうことなのだ」


 四十年越しの恋とはいえ、アルベルトの行動力は物凄いものがある。

いきなり自宅に押しかけるなんて、情熱的と言えば聞こえはいいが、悪く言えば考えなしだ。


「マロンさん、迷惑がってないのか? 下手するとそのうち警備隊呼ばれるぞ」

「それが、迷惑でも何でも答えてくれればいいのだが、ここ数日朝から晩まで立っているのに、顔すら見せてくれんのだ」

「それって、丸無視ってこと?」

「左様。嬉しいとも、もう来るなとも何も言ってこない。一度も返事が返ってこないのだ」


 ラーニャは首を小さくかしげた。

もし自分がマロンの立場だったら、「嬉しい」でも「帰れ」でも何か答えを返すはずである。

ストーカーまがいの彼の情熱に戸惑っているのかもしれないが、それでも全く返事を返さないのはありえない。


「難しいなぁ。女心は」


 ラーニャも女だが、色恋の絡んだ人間の感情は分かりにくい。

経験すれば多少明るくなるかも分からないが。


「しかし爺さん、アンタも大概だよな。返事くれない女相手にこんな大荷物持って。中身は高い物ばかりなんだろ」

「もちろんだ。この辺りの家十軒以上は丸ごと買い取れるぞ」


 ラーニャは思わず目を向いた。

どんな大富豪とはいえ家丸ごと十軒分の贈り物とは、さすがに安くない金額のはずである。


「信じらんねぇ。それだけのモンよくあげる気になったな」

「坊主、お前もいつか分かるかも知れないが、男というのは惚れ込んだ女のためなら多少の無理はしてしまうものなのだよ」

「そうなの?」

「ああ。忙しくても会いに行ったり、つい贈り物をあげてしまったりする」


 彼の言葉は、そのまま彼のマロンに対する思いなのだろう。

高額の贈り物を用意してでも会いたいのに、一向に無視されているアルベルトがラーニャは少し気の毒になってきた。

マロンにこのまま無視され続けたら、彼はいつまでも大量の贈り物と共に街頭に立ち続けるのだろうか。


「なぁ爺さん、何ならオレがマロンさんに聞いてきてあげようか? 爺さんのことどう思ってるかって」

「坊主が? どうやってだ」

「ちょっといい方法思いついたんだよ」


 ラーニャは白い尻尾をピンと立てると、にやりと笑った。

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