泥かぶり編7 ラーニャ改造中
ラーニャは有無を言わさずマドイの宮殿へ連れてこられると、まず風呂にぶち込まれた。
侍女たち五人がかりで体を泡だらけにされ、ごしごしと全身磨きあげられる。
まるで洗濯板の上の靴下のような扱いを受け、ラーニャは目が回りそうになった。
体を洗っておしまいかと思えば、今度は浴場の片隅にあるサウナに放り込まれる。
侍女曰く、マドイは毎日このサウナで汗を流しているらしい。
(毎日サウナって、この贅沢者――!)
湿気と熱さでふらふらになりながら出てきたラーニャを次に待っていたのは、侍女三人によるあかすりだった。
「これで余分な角質を落とし、お肌をすべすべにします」とのことだったが、力いっぱいこすられるため、全身が痛い。
全身をくまなく磨き上げられたところで、やっとラーニャは浴場から開放された。
だがもちろんこれで終わりではない。
浴場を出ると、隣にあるベットだけの簡素な部屋に通された。
「ここでお肌のマッサージをします」
そう侍女に告げられ、ラーニャはベットの上にうつぶせに寝かされた。
バラの香りのする香油をかけられ、全身にゆっくりと広げられる。
バラの香りとマッサージが気持ちよくて、思わずうたた寝しそうになってしまった。
「マドイの奴、こんないい生活してんのかよ」
どうりできれいな肌をしているはずである。
マッサージが終わると、手足の爪の手入れをされ、ようやくラーニャは侍女の手から開放された。
待っていたマドイの所へ通されると、彼は顔を見るなり頬をつついてくる。
「あら、付け焼刃の割には随分良く仕上がってるじゃありませんか。さすが私の侍女たち」
「いやぁ大変だったよ。もうクタクタ」
「何言ってるんですか。これで終わりではありませんよ」
ラーニャ思わず「げっ」と叫んだ。
「まだなんかあんのかよ」
「当たり前でしょう。せっかく綺麗になったお肌で、いつものボロ布のような服を着るおつもりですか?」
「ボロ布って……」
「そんなの許しませんからね。さあこちらに来なさい」
マドイに案内された先は、色とりどりの服が下がった衣裳部屋だった。
あるのはざっと見た限り、全部女性ものの服である。
「おい、コレどうしたんだよ」
「貴女に似合いそうな服を服屋から取り寄せたんですよ。本当は仕立てるのが一番なんですけどね」
まさかラーニャのために、彼はわざわざ服屋に言いつけて衣装を取り寄せたというのか。
「サイズが分からなかったので、良さそうな物を片っ端から持ってこさせました」
「マドイ……お前……」
「なんです。私の美的感性に不安があるとでも?」
ラーニャは無言で首を振った。
「では他に何か」
「いや、だってほら……」
「別にお金は取りませんよ。買って差し上げるから安心なさい」
彼の言葉を聞いて、ラーニャは完全に絶句した。
ここにある服たちは、きっとラーニャからしたら目玉が飛びでるくらい高額なはずである。
いやそれ以前に、マドイがラーニャに物を――それも服を与えるとは一体どういった風の吹き回しだろうか。
「テメェ、コレで恩を売って無茶な実験の道具にする気だな」
「失敬な。違いますよ」
「じゃあなんなんだよ」
「私だって、誰かに何かをしてあげたいと思うことくらいあるんです。純粋な気持ちで」
ラーニャがあんぐりと口を開けている間に、マドイはもう服を選び始めていた。
時折ラーニャの方を振り返りながら、数ある衣装たちを段々と絞っていく。
「貴女の肌は褐色ですからね。鮮やかな色が良く似合う」
その言葉どおり、彼が選ぶ服はどれも眩しいほど色彩豊かだった。
彼の着ている服自体がレースや刺繍だらけの華美なものである。
選ぶ服が派手なものばかりなのは当然だった。
「こんな派手な服、オレには無理だよ」
「ダサい人間に限って大抵そう言うものですよ。私を信じなさい」
マドイは手に取った服を合わせながら、ラーニャの瞳をまじまじと見つめた。
妖しいほど美しい彼に見つめられて、ラーニャはつい視線をそらす。
「貴方の瞳は金色ですね。刺し色に金が入った服にしましょう」
にんまりと微笑むと、マドイはまた衣装探しの旅に出た。
こんなこと侍女に任せればいいのに、自分で選ばないと気がすまないらしい。
「精霊の守護を受けるものは瞳の色が特殊だから、服も合わせがいがあります」
「そういやマドイの目は紫だけど、やっぱり精霊が関係あるの?」
「水の精霊の守護を受けると青。火の精霊の守護を受けると赤。両方合わせて紫色の瞳になるんですよ」
「絵の具みてーだな」
ラーニャの軽口にもかまわず、マドイは最終的に服を三点まで絞り上げた。
やはりどれも色身が強く、なおかつ金色が使ってある。
「この中から好きなのを選んで、着たら呼びなさい」
ラーニャはどれが良いのかさっぱり分からなかったが、三点の中で一番無難そうな赤とオレンジのワンピースにした。
服を着終わったラーニャがマドイを呼ぶと、彼は今度は靴とブローチ、髪飾りを選び始める。
小物をあてがわれ、髪の毛を整えられ、今日のラーニャはまるで着せ替え人形のようであった。
一体今自分がどんな風になっているのか、積極的に着飾った経験が無いだけに不安になってくる。
「マドイ、今オレどんな風になってる?」
「後でのお楽しみですよ」
結局全ての着付けが終わっても、マドイは鏡を見せてくれなかった。
自分の姿を確認で着ないまま、ラーニャはミカエルとおまけのアーサーが待っている客間へ連れて行かれる。
(笑われたらオレ、立ち直れねぇ)
ラーニャは緊張を覚えながら、客間の扉を開けた。