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激烈出稼ぎ娘  作者: 種子島やつき
第三部
72/125

泥かぶり編5 かーちゃんの大馬鹿野郎

 大変な勘違いをされたとラーニャは思った。


 確かに十四歳と十二歳が婚約することは、マオ族の中では珍しくない。

しかし本人に確かめもせず、いきなり婚約したのだと思うことはいかがなものか。


「しかも周りに言って回るって、どういうことだよ」

「だって、お母さん悔しかったんだもの」


 両手で涙を拭いながら、ラニーニャがこちらを上目遣いで見やる。

昔から思っていたことだが、彼女は年齢のわりに少女っぽい所があった。


「悔しかったって、何が?」

「だって兄さんたら、ナータが村長の息子と婚約したって自慢するから。これで鼻が明かせると思って」


 ラーニャは呆れてため息をついた。

自慢されたのが悔しかったからと仕返しに自慢するなんて、つくづく子供のような母親である。

うんと年上の父と結婚して、甘やかされていたせいもあるかも知れない。


(だからってなぁ……)


 困ったラーニャが頭を掻いていると、今まで面白くない顔をしていたナータがけらけらと笑い出した。


「やっぱりね。ラーニャなんかが金持ちに見初められるなんて、そんなわけないじゃない。心配して損した」


 ナータが大げさに肩をすくめると、それに釣られて親族の男たちも笑い出した。

いい気になったのか、彼女は口をゆがめてさらに舌鋒を鋭くする。


「勘違いするなんて、叔母さんも間抜けよねぇ。こんな小汚いブスじゃ、金持ちどころか結婚すら無理なんじゃないの」


 「そうだそうだ」と、ナータの悪口を男共が囃し立てた。

ラーニャが小さい頃から、親戚の男たちは可愛いナータの味方である。

何かにつけて彼女をひいきし、代わりにラーニャを貶めるのだ。


「きつい目つきしてよぉ。愛矯の欠片もありゃしねぇ」

「もう大人の癖して色気もへったくれもない。ナータを少しは見習ったらどうだ」


 心無い野次を飛ばしながら、男たちは楽しそうに笑っていた。

王都に出稼ぎに出て、種族を理由に様々な罵倒を受けてきたラーニャだったが、これには少々胸が痛む。


 じっと佇んでいると、伯父が酒臭い息を撒き散らしながら嬉しそうに言った。


「友達連れてくるなんて、恋人の一人もいないんだろ? え?」


 彼のいやらしい笑顔を見て、ラーニャは思わず顔をそらした。


「行き遅れ決定だな。独身ババァになっても、ナータに迷惑かけないでくれよ」


 杯をあおりながら、伯父は「魔法使いの来ない泥かぶりが」と呟いた。

似たような台詞を、同じく彼から聞いたことがある。

あの時は悲しくて一人で外に飛び出したが、いまは追いかけてきてくれる父親はいない。


(とーちゃん……)


 身寄りの無い、天涯孤独のラーガだったが、ラーニャにとっては誰よりも頼れる存在だった。

今も生きていたら、心無い親族たちを叱り飛ばしてくれただろうか。


「ラーニャになんてこと言うんだ!」


 ふと父の声が聞こえた気がして、ラーニャは顔を上げた。

そこには、もちろんラーガの姿は無い。

伯父を殴り飛ばすミカエルの姿があるだけだ。


(――って、え?)


 驚いて二度見すると、確かにミカエルは伯父をムチャクチャに殴っていた。

ミカエルだけではなく、アーサーまでもが親戚に飛びかかっている。


「おい! お前ら何やってんだ!」

「このバカなオジさんたちをやっつけてるだけだよっ!」


 ミカエルは顔を真っ赤にしながら、伯父に殴りかかっていた。

体格差はあるが、そこは本物の修行を受けている一国の王子である。

みるみる伯父を部屋の隅に追い詰めていた。


「早くラーニャに謝ってよっ。ラーニャはオジさんみたいなハゲ猫と違って、とっても偉いんだから!」

「何しやがる。よそ者が!」

「よそ者だろうと関係ないよ! ボクはラーニャの友達なんだっ。友達がバカにされてるのを黙って見てらんないんだよっ」


(ミカエル……アーサー……)


 ラーニャは言葉に詰まって、何も言えなくなってしまった。

だがすぐに意を決すると、二人と親戚の間に割って入る。


「やいコラ親戚のクソジジィ共! お前ら今すぐオレの家から出てけ」


 親戚たちは不平そうな顔をしたが、ラーニャは一歩も引かなかった。


「ここはオレの家だ。とーちゃんが死んで、オレが稼いでるからオレが主人だ。だから出て行きやがれ‼」


 ラーニャの鋭い眼光に何も言えなくなったのだろう、親戚たちはしぶしぶ家から出て行った。

ナータは最後まで憎まれ口を叩いていたが、この際聞き流すことにする。

親戚たちが全員いなくなると、ラーニャはミカエルとアーサーに向き直った。


「二人ともありがとう。迷惑かけちまった」

「いいよっ。ボクも兄上に詰めよられたとき、ラーニャに助けてもらったし」

「私は主人の恩人に、当然のことをしたまでです」


 三人の間に爽やかな笑いが広がる。

しかし傍にいたラーニーニャは眉間に皺を寄せると、ラーニャに向かって大声で怒鳴った。


「アンタ、オジさんたちになんてことしてくれたのよ!」


 母の言っていることが分からず、ラーニャは思わずミカエルたちと顔を見合わせた。


「なんてことって、オレぁ当然のことしたまでだよ」

「何が当然のことなの。あんなことして。アンタはまた出稼ぎに行くからいいだろうけど、アタシはずっとここに住むのよ?」


 黒い瞳で睨んでくるラニーニャを見て、ラーニャは尻尾を左右に動かした。

彼女はどうやら本気でラーニャのことを咎めているらしい。


「じゃあ、どうすりゃ良かったっていうんだ」

「我慢してれば良かったじゃない。そうすりゃ丸く収まったのに」


 これにはさすがにラーニャも唖然としてしまった。

まさか実の母親に殴られ役になれと言われる日が来るとは、悲しさを通り越して空しさを覚えてしまう。


「じゃあカーチャンは、オレがボロクソに言われてるの見てても平気なのかよ!」

「だって、兄さんたちが言うことにも一理あるじゃない。アンタはいつも薄汚いし、可愛げもない。結婚考えてる相手もいないんでしょ。このままじゃ行かず後家決定じゃない。恥ずかしい」

「――母さん。アンタ……」

「いくら魔導庁に勤めているといってもね、一生そこにいるわけにもいかないんだから。ああ、アンタももう少し可愛く生まれてれば――」


 彼女の暴言に対して、ラーニャは何も言わなかった。

その代わりに無言のままラーニャは家を飛び出す。


(かーちゃんの大バカヤロウ!!)


 もはや家に戻る気はしなかった。

家族のために頑張って働いて、一年ぶりに帰ってきたというのになんて仕打ちだろう。


 後から妹が呼び止める声が聞こえたが、ラーニャは走るのをやめなかった。

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