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激烈出稼ぎ娘  作者: 種子島やつき
第三部
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泥かぶり編3 ベルガ一家

 一週間ほど馬車に揺られ、一行はようやくロキシエル最南端、マルーシ地方に到着した。

ミカエルとアーサーはへとへとになっていたが、ラーニャは元気いっぱいである。

一年ぶりに故郷の大地に降りたち、思い切り深呼吸をした。


 嬉しいことに、タマタビ村は一年前の荒れ果てた状態から見違えるように豊かになっていた。

むき出しになっていた土地には畑が設けられ、牛がのんびりと土を耕している。

飢えた人々が身を寄せ合いながらうずくまっていた路地には、女性たちが笑いながら機織をしていた。


(これも直訴のおかげなのかな)


 もしラーニャが、いや、あの勇気ある若者が伯爵の不正を暴かなかったら、タマタビ村はどん底に貧しいままだっただろう。

彼とその仲間たちはタマタビ村を――マオ族全てを救ったのだ。


 そして国王陛下を筆頭とする王家は、困窮しているマオ族のために力を尽くしてくれた。

ラーニャは彼らがマオ族に特別な援助をしたり、税をしばらく猶予してくれたことを知っている。

今は王都在住のマオ族のために、様々な支援法案を制作しているそうだ。


(こりゃあ、ミカエルとマドイには礼を言わなきゃなんねーな)


 ラーニャがミカエルの方を向くと、彼はタマタビ村の様子を興味深そうに眺めていた。

土がむき出しの未舗装の道。

土壁に藁葺き屋根という風通しの良さそうな家。

溢れ返るマオ族。

王都の、それも王宮育ちのミカエルには珍しいものばかりだろう。


 一行はのどかな田園風景を眺めながら、ラーニャの実家へ向かった。

正体は隠してあるが、もちろん家族には事前にミカエルたちが来ることは告げてある。


 ラーニャの実家は村の東よりの方にあった。

近くまで行くと、土ぼこりの多い道の傍らに見覚えのある少女の姿がみえる。


 道の真ん中で仁王立ちをしているその少女は、従姉妹のナータだった。

十四歳になったナータは、一年前よりもますます美しく成長していた。

手入れされた白髪と、整った目鼻立ち。


 だがナータはラーニャを見るなり、整った唇を醜く曲げて言った。


「ああ。アンタ帰ってきたんだ。なにそのちんちくりんな髪」


 あざ笑う彼女の顔からは表面的な美しさが消え、内面の醜い部分が滲み出てきていた。

最近村長の息子と婚約したと母からは聞いているが、果たして婚約者は彼女の正体を知っているのだろうか。


「会っていきなりそれかよ。しょうがねーだろ。王都で暮らすにゃこれが一番いいんだ」

「ふーん」


 既にラーニャには興味を失ったようで、ナータは後ろにいるミカエルとアーサーを観察していた。

だがやがて舌打ちすると、挨拶も無く去っていく。

礼儀のれの字も無い奴だ。


「ごめんな二人とも。アイツ、オレの従姉妹なんだ」

「なーんか、嫌な女の集大成って感じだねっ。ボク感心しちゃう」


 彼女に観察されている間、ミカエルも向こうを観察していたらしい。

アーサーは「いくら美人でもあんなのはごめんだ」と言っていたが、ラーニャもそれには同感だった。


 ナータと別れた場所から少し歩いて、ラーニャたちはやっと実家に辿り着いた。

最後に見た時は、壊れた壁や雨漏りを直す余裕も無かった生家。

しかし今、壁は新しくなり、それどころか増築までされている。


(オレの仕送りが役に立ったんだなぁ)


 ラーニャは感慨にふけりながら、一年ぶりに我が家の戸を叩いた。


「おーい! ラーニャだ! 今帰ったぞー!」


 中からばたばたと音がして、慌しく扉が開けられる。


「オネェ! おかえりー!!」


 出迎えてくれたのは、妹のニーニャだった。

ラーニャに良く似た釣り目気味の目をした、いかにも勝気そうな少女である。

前より少し背が伸びたようだった。


「おお! ニーニャ、元気だったか?」

「うん。 最初は大変だったけど、今は元気だよ」

「ラーマとかーちゃんは?」

「母さんは奥でご馳走作ってる。ラーマはお昼寝」


 ラーマは今年でまだ五歳である。

昼下がりに眠っていても仕方が無い。

起きていても「ウンコウンコ」と騒ぐことしかしないから、むしろ眠っている方が好都合だ。


 ラーニャはミカエルたちと一緒に自宅へ入ると、料理をしている母親の元へ行った。

台所へ向かう後ろ姿だけでも、前よりふっくらしたのが分かる。

声をかけると、母のラニーニャは驚いて振り返った。


「まぁ、ラーニャ。いつの間に帰ってきたの」

「たった今だよ」


 ラニーニャの顔は驚いたことに、一年前よりずっと若返っていた。

眉間に刻まれていた深い皺が無くなり、落ち窪んでいた目も戻っている。

若返ったと言うよりも、苦労で老け込んでいたのが元に戻ったと言うべきか。


 ラニーニャは若い頃は村でも評判の美人だった。

その美貌が戻ってきてくれるのは、娘としても大変嬉しい。


 若返ったラニーニャの顔を見て、アーサーが一言呟いた。


「ラーニャさんのお母様は、凄くお若いんですねぇ」

「あ、でももう二十九だよ」

「え!? 二十九!?」


 その驚き方は母に失礼だろうとラーニャは思ったが、次のアーサーの言葉はそれとは逆のものであった。


「わっ、若すぎる! 二十九って、ボクと五つしか違わないじゃありませんか!」

「え、アーサーそんな老けてんの?」

「失礼な! って、二十九で十四の子供って――えーっ!?」


 マオ族の成人は十五歳である。

だから大抵十五六で皆結婚してしまうし、ラニーニャのように十五で子供を産むことも珍しくない。

マオ族にとっては王都の人間が十八で成人し、二十で結婚するのが遅すぎるくらいだ。


「オレは十四でかーちゃんが十五の時の子供。あ、妹は十二歳でミカ……ミハイルと同い年。弟は五歳な」


 驚いているアーサーをよそに、ラーニャは二人を紹介する。


「この金髪君はミハイル・ロクンシェル。えーっと――」


 ミカエルの「設定」が出てこなくて詰まっていると、すぐに彼自身が言葉を継いだ。


「ボクはミハイル・ロクンシェル。父は王都にある商会の理事を勤めています。ラーニャさんとは魔導庁の関係で知り合いました」


 天使のような顔に満面の笑みを浮かべながら、ミカエルがお辞儀する。

愛らしいことこの上ない仕草に、ラニーニャとニーニャは頬を染めていた。

続いてアーサーが挨拶すると、二人は今度は顔を真っ赤にする。

アーサー程度で赤くなるのだから、マドイがいなくて本当によかったとラーニャは思った。


 そういえば彼はミカエルと帰郷すると言ったとき、大変不機嫌そうだったが、今はどうしているだろうか。

魔法士・魔導士の登録更新がある時期である。

きっと忙殺されていることだろう。


(あー。帰省してまであいつのこと考えるのやめよう)


 あと一週間は実家でゆっくりする予定である。

余計なことは考えず、たっぷり休暇を満喫しようとラーニャは思った。

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