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激烈出稼ぎ娘  作者: 種子島やつき
第三部
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泥かぶり編2 帰郷

 出稼ぎのため故郷の村を出るときに乗った馬車は、それは酷いものだった。

尻が痛くなるほど揺れるのは当たり前、汚れがしみこんで変な匂いまでした。

だがそれから約一年後、まさかこんな上等な馬車に乗って帰郷することになるとは誰が想像できただろうか。


 ラーニャは今、マドイから休暇をもらい、一年ぶりに故郷のタマタビ村に帰ろうとしているところだった。

それも自国の第三王子ミカエルを連れてだ。


「おい、本当にいいのか? オレの村は何もねーんだぞ」

「かまわないよっ。ボクはマオ族のありのままを見て勉強したいんだ」


 ラーニャが実家に帰ると言ったときのことである。

ミカエルが「一緒に行きたい」と飛びついたのは。

最初は物見遊山のつもりかと思ったが、どうやら彼は王子として後学のために世間を見て回りたいらしい。

若干不安はあったものの、せっかくのミカエルの向学心を潰すわけにはいかず、ラーニャは同行を許したのだった。


「もう一度確認しておくけど、これからボクはミカエルじゃなくて、『ミハイル・ロクンシェル』だからねっ」

「はいはい。分かってんよ」

「絶対間違えちゃダメだからねっ」


 今回のミカエルの旅は、当然のごとくお忍びだった。

王子として行けばマオ族のありのままの暮らしを見ることができないからという、ミカエルたっての希望である。

お忍びゆえに馬車も質素で、護衛も最低人数とのことだったが、ラーニャにとっては豪華極まりない帰郷の旅であった。


「いいねぇ。オレが来たときの乗合馬車なんざ、尻が腫れあがるくらい揺れたもんなのによ」


 窓を開ければ、気持ちのいい春風が車内をすり抜ける。

風の中には花の香りが含まれていて、ラーニャは小さな鼻をひくつかせた。


(アレからもう一年以上になるのか……)


 出稼ぎに出ていた父親が死に、生活の手立てがなくなり、途方にくれていたあの頃。

村の人間は働き手のラーニャを残し、妹を良からぬ所へ売ってしまおうと母に持ちかけた。


 ――テメェら全員歯ァ食いしばりやがれぇ!!


 母親に詰めよった村の大人達の顔をぶん殴った夜のことは、未だにハッキリ覚えている。

「妹を売るくらいなら、オレが王都に出稼ぎに行ってやる」そう啖呵を切ってラーニャは村を飛び出したのだ。


(かーちゃん、ニーニャ、ラーマ……みんな元気かな……)


 手紙のやり取りはしているが、この目で確かめない限り心配は尽きない。


「ラーニャ、何ため息ついてんの?」

「ああ、ちょっと家族のこと考えててな」

「そーいえば、ボク、ラーニャの家族のこと知らないなっ」


 確かにミカエルに家族の話をしたことはほとんどなかった。

隠していたわけではなく、単に機会がなかっただけなのだが。


「ねぇねぇ。ラーニャの家族ってどんななの?」

「どんなっていわれても、かーちゃんと妹と弟だ。別にフツーの人間だよ」


 するとミカエルは青い瞳を見開いて、ことさらに驚いてみせた。


「ええっ!? ラーニャの家族が普通の人間なの? ありえないよー」

「ありえないって、お前オレの家族なんだと思ってんだ」


 ミカエルは何かとんでもない想像をしているようである。


「何考えてるか知らないけど、ホントになんでもないんだって。精霊の守護があるのもオレだけだし」

「えー。なんだー。つまんなーい」

「つまんないって、テメェ……」


 人の家族に対して、随分な言い草だ。

一体彼は何を期待していたのだろうか。


「てっきりみんな怪力で、いつも暴れ回って、毎日喧嘩ばっかりしてると思ってたのになっ。ボク」

「お前なー」

「じゃあせめて姑と同居とかじゃない? じゃないと元が取れないよっ」

「せめてってなんだせめてって。あと元とかワケ分からん」


 ひょっとして後学云々は口実で、ミカエルの真の目的はベルガ家ウォッチングではなかろうか。

ラーニャがいぶかしんでいると、ミカエルの横にいるアーサーが堪え切れずに笑い出した。


「オイコラ、アーサー笑うんじゃねぇ」

「すみません。つい」

「つーか何でお前もいるんだよ」

「そりゃあ私はミカエル様の護衛ですから」


 お忍び旅行のため、アーサーもいつもより大人しめの格好である。

とはいえ着ているものはいい物だし、全身からは隠しきれない上品さが漂っている。

何よりこの顔立ちだから、村に着いたら娘たちが放っておかないだろうとラーニャは思った。


「アーサー、お前村の女の子に手とか出すなよ」

「出しませんよ。私はおしとやかで芯が強くて男を立ててくれて、趣味は御花と刺繍で、大学を出てて自立してて、仕事はしてるけど家事は完璧にこなして、若くて髪は染めてないけどブロンドで目は青、地味だけどお洒落で、なおかつ母上と同居してくれて母上の言うことは何でも聞いて、母上と仲良くしてくれる美人じゃないとイヤですから」

「……ああそうかい」


 大丈夫そうだが、彼自身の人生は大丈夫ではなさそうだ。

ラーニャが生ぬるい笑顔を浮かべていると、彼は賛同してくれていると思っただろう上機嫌に話し出す。


「さすがラーニャさん、話が分かる。いいお母様に育てられたんですね」

「……ああよ」

「しかしお母様も驚くでしょうね。こんな薄汚い娘がまさか魔導庁に入って、しかもミカエル様と一緒に帰郷だなんて」


 笑顔で酷いことを言うアーサーに、ミカエルが「それ以上墓穴掘るのやめなよっ」と忠告した。


「え? ミカエル様、墓穴も何も私は……」

「気付いて無いならいいんだけどねっ。まぁ『ちょっとのアーサー』には何を言っても分かんないよね」


(アーサーはホントに空気読めないからな)


 だがアーサーの言ったことは間違いではない。

ラーニャはほんの少し前まで、工場で汗まみれになって働く薄汚い出稼ぎ娘だった。

それがミカエルと出会い、マドイと出会い、色々な人間と出会って今に至る。


(ほんと一年前には想像も出来なかったな)


 感慨にふけりながら、ラーニャは軽やかに走る馬車から顔を出す。

故郷までの距離はまだまだ遠かった。

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