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激烈出稼ぎ娘  作者: 種子島やつき
第三部
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泥かぶり編1 ラーニャが可愛かった頃

第三部開始です。

 いくら貧しさにあえぐラーニャの一族でも、年明けくらいは伯母の家に集まってみんなで騒いだ。

この日のために苦労して集めた食材で作ったご馳走。

年に一度だけの卸したての衣服。

大人たちはなけなしの酒をあおって話に花を咲かせ、子供たちは与えられた服や玩具を見て笑う。


 だがラーニャは笑い声の溢れる宴を抜け出し、一人で近くの岡の上にいた。

いくら温暖なマルーシといえど、真冬の夜中は空気が冷える。

小さな手をすり合わせ、自らの息で暖めていると、父のラーガがやって来た。


「どうしたんだラーニャ。こんな所に一人で」


 小柄な人間が多いマオ族の中で、一際大きい体をした父をラーニャは見上げる。

その金色の瞳には、薄っすら涙が滲んでいた。


「だって、叔父さんたちナータばっかり可愛がるんだもん」


 ナータはラーニャの母方のいとこである。

彼女は目が大きくキラキラしていて、まるでお姫様のような美少女だった。

性格もラーニャとは正反対で、お人形遊びや刺繍を好む。

ナータとラーニャは同い年だったが、親族の大人たちはかわいらしいナータばかりを露骨にひいきするのだ。


「それでやきもちを焼いて家を飛び出したのか?」

「それにナータ、ワタシにイジワルばかっり言うんだもん」


 ラーニャは口をへの字に曲げた。


「アンタは力仕事ばっかりやらされて、男みたいで汚いって」


 彼女は自分の容姿の良さを自覚している故に、いつも泥にまみれているラーニャをバカにしてくる。

それも性質が悪いことに、大人たちがいない所でだ。


 ラーニャだって、別に好きで泥だらけでいるわけではなかった。

本当だったら他の女の子たちと同じように、おままごとで遊んだりしたい。

だが大地の精霊の守護を受けているために、男たちと同じ働き手としての扱いを受けざるを得ないのだ。


「そうか。それは酷いよなぁ」


 ラーガは大きな手で彼女の頭を乱暴に撫でた。

ラーガはラーニャの元気が無いと、いつも傍にいてくれる。

ラーニャは不意に甘えたくなって、いつもは言わない泣き言を漏らした。


「ワタシ、魔法使いが来ない『泥かぶり』なのかな?」

「『泥かぶり』って、あのおとぎ話のか?」

「うん。そーだよ」


 「泥かぶり」とは、ロキシエルの子供たち、特に女の子なら誰でも知っているおとぎ話だ。

主人公は、継母にいじめられて汚い泥仕事をしている美しい娘。

だが彼女は可哀想に思った魔法使いよって、美しいドレスと馬車を与えられる。

そしてお城の舞踏会に行くことになった主人公は王子様に見初められ、妃として幸せに暮らすのだ。


 魔法使いが来ない泥かぶり。

言うまでもなく、それは一生惨めに暮らすという意味である。


「魔法使いが来ない泥かぶりなんて、どうしてそんな風に思うんだ?」

「親戚のおじさんたちがそうだって」

「アイツらがそう言ったのか」


 ラーガは太い眉を眉間に寄せため息をつく。

彼は星の輝く夜空を眺めながら言った。


「なぁ、ラーニャは本当に泥かぶりが幸せだと思うか?」

「当たり前だよ。王子様と結婚したんだもん。ワタシも王子様と結婚したい」

「そうか。でもオレは泥かぶりが幸せだとは思わないぞ」


(うそだぁ)


 王子様に見初められた泥かぶりが幸せでないなんて、どう考えてもありえなかった。

もし自分が王子様――オール殿下やマドイ殿下に求婚されたら、天にも昇るほど嬉しいに違いない。


「……どーして? どーしてとーちゃんは泥かぶりは幸せじゃないと思うの?」

「だって王子様は、泥かぶりの泥がなくなったから求婚したんだろ?」

「うん。そんなの当たり前だよ」

「いいや違う。王子様はな、泥かぶりの綺麗な見た目だけに惚れたんだ。中身なんか見ちゃいない。だから綺麗になった泥かぶりに求婚したんだ」


 ラーガはラーニャと視線を合わすようにしゃがみこむと、しっかりと彼女の両肩を掴んだ。

ラーニャはいつに無く真剣な父の眼差しに、目をぱちくりさせる。


「いいかラーニャ。お前は泥なんか落とさなくても、王子様に――いや、色んな人間に求められる女になれ。繕った外見だけじゃない、自分テメェの中身で引き付ける人間になれ」

「でもとーちゃん……」

「誰にも負けない素晴らしい中身を持ってれば、泥まみれだろうが何だろうが、みんながお前を必要とするようになる。今はお前をバカにしてるオヤジ共やナータも、いつか参りましたと言ってくるさ。」

「とーちゃん……」


 ラーガは牙を見せてニヤリと笑うと、ようやくラーニャの肩を離した。


「そうしょげた顔するな。オレはいつでもお前の味方だ。お前が泥まみれだろうが鼻水まみれだろうがな」

「ヒドイよ。とーちゃん」

「今俺が言ったセリフ、覚えていてくれよ。ずっとな」


 ラーガは大きな口を開けて、豪快な笑い声を上げる。

村一番腕っ節が強くて、気風のいい父。

彼が付いていてくれるなら、どんなに周りに馬鹿にされても怖くない。


(ずっとワタシの味方でいてね)


 だがラーガが鉱山へ出稼ぎに行くことになったのは、それからわずか数ヵ月後のことだった。

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