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激烈出稼ぎ娘  作者: 種子島やつき
第二部
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英雄退治編13 英雄退治

 弾き飛ばされた大剣は宙を舞うと、孤を描いて地面に突き刺さった。

グスタフは剣を拾いに行こうとするが、ラーニャの剣がそれを阻む。


 グスタフは己の喉下に突きつけられた切っ先を見ながら、信じられないように叫んだ。


「嘘だ――! 俺がこんなガキに、しかも女に負けるなんて。これは何かの間違いだ―ー!」

「だからさっきも言ったろ。これがオメーの実力だって」


 彼女の金色の目は灼熱の太陽のごとく輝き、冷や汗を流している彼を見据えていた。 

ラーニャはグスタフが逃げ出さないよう、切っ先を微動だにしないまま続ける。


「練習試合の時見て分かったよ。オメーの剣は全部ハッタリで出来てるってな。叫んで、デカイ剣振りまわして、振りかぶっての繰り返し。声がでかいし見た目が派手がだから、迫力だけはあるけど、実の所は隙だらけだ」

「そんなバカな……。俺にかなう騎士たちは近衛騎士団の中にいなかったぞ!」

「そりゃ、騎士たちは小さい頃からテメェの武勇伝聞いて思い込んでるからさ。――グスタフはロキシエル一の英雄。敵が逃げ出すほど強くて恐ろしい――絶対敵わないってなぁ」


 小さい頃からのすりこみは馬鹿にならない。

騎士たちは騎士になる環境にいた故に、誰よりも英雄グスタフの武功を、過去の栄光を知っていたに違いなかった。


「戦いで気持ちってのは意外に重要だ。いくら実力で勝ってても、絶対に勝てないと思ってたら絶対に勝てねぇ。だから騎士団の騎士たちは、お前に勝てなかったんだよ」

「まさか――そんなことで」

「それとも、わざと負けてたのかもな。勝ったらテメーに何されるか分かったもんじゃねーし」


 グスタフの顔が売れたトマトのように真っ赤になった。

皺の刻まれた額には、太い静脈がくっきりと浮き出てすらいる。

剣を突き付けられていなかったら、きっとラーニャに殴りかかっていただろう。


「おや、図星だったかい? オメーホントは気付いてるんじゃないの? もう自分があんまり強くないってな。だから迫力で実力ごまかして、副団長に毒盛ったりしたんだ」

「ど、どこにそんな証拠がある」

「副団長がもらったあのお茶、オレの仲間が副団長本人から分けてもらってたんだよ。いやぁ、悪いことはできないもんだね」


 赤かったグスタフの顔が、今度は面白いくらいに真っ青になった。

唇を震わせながら、渇いた笑い声を響かせる。


「そ、そうか。 いやぁ、今回の勝負は私の負けだ。 よし、褒美にお前を今すぐ正騎士にしてやろう。私の権力ちからがあればそれくらい――」

「なに甘ったれたこと言ってんだ、英雄さんよぉ?」


 甘言を弄し、保身に走ろうとしたグスタフに、ラーニャは文字通り牙を剥いた。

それは牙と言うにはあまりに小さかったが、彼女の顔つきはまるで大型の肉食獣のように迫力があった。

体から発せられる怒気は、凄まじさのあまり、彼女の体を何倍にも大きく見せる。


「お前も英雄なら知ってるよなぁ? 決闘がどうやって決着がつくのかぐらいよぉ。まさか謝って終わりだとは当然思ってないよな?」

「わっ私は――」

「決闘はどちらかが死んで始めて勝負がつく。――さぁ、決着を付けようじゃねぇか英雄!」


 ラーニャが勢いよく剣を振りかぶる。

するとグスタフは「ひいっ」と、子供のような声を出し、一目散にその場から逃げ出した。

山のような大男が、悲鳴を上げて逃げようとする姿。

そこに「ロキシエル一の英雄」は影も形もなくなっていた。


「この勝負、オレの勝ちだグスタフ!」


 逃げたグスタフに向かって、ラーニャは高らかに宣言した。









「この勝負、オレの勝ちだグスタフ!」


 ラーニャの勝利宣言を、マドイは愕然としながら聞いていた。

――まさかラーニャが、ロキシエル一の英雄に勝ってみせるなんて。


 腰を抜かしたグスタフの姿を見ても、マドイはまだ信じられなかった。

それは会場にいる全員が同じようで、皆口をポカンと開けながら、中央の二人を眺めている。


 ロキシエル最後の国家間戦争で大活躍した英雄を、敵うものなどいないと唄われた英雄を、僅か十代半ばの少女が倒してしまった。

彼が負けたことに言葉が出ないほど驚くのは、マドイも周囲の人間も、グスタフが強いと「刷り込まれた」人間の一人だからかもしれない。


 だがラーニャは皆の目が眩んだ中で、彼の本当の実力を冷静に見極めていた。

グスタフの剣は、雄叫びと大げさな演出の繰り返しで出来たまやかしだと。

そしてそのまやかしを大勢の目の前で打ち破ってみせたのだ。


 彼女を見て、マドイは自分のことがとてつもなく情けなく思えてきた。

己の地位のために、ラーニャにギルバートのことを黙殺するよう命令したこと。

そして彼女の辞表を拒まなかったこと。

弱者と己の信念のために立ち上がり、不可能を可能にしてみせたラーニャと比べたら、自分はなんて臆病で小さな人間なのだろうか。


 脇腹と頬から血を流しながら佇むラーニャに、マドイは近付いた。

傷の手当を申し出るが、彼女はそれを拒む。


「悪いが、オレにはまだやらなきゃならんことがあるんでね」


 ラーニャはマドイが止める間もなく、乗ってきた馬に飛び乗ると、会場から風のように去っていった。

彼女のいた場所には、小さな血だまりが出来上がっている。


 マドイは無言のまま拳を握り締めた。

ラーニャといれば、自分が失った大切な物を取り戻せる気がした。

だがマドイはそれを取り戻すどころか、手掛りとなるラーニャさえも手放してしまったのである。


(私は一生、このままなのだろうか)


 マドイは強烈な自己嫌悪感に襲われ、艶やかな唇を血が滲むほど噛み締めた。

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