英雄退治編12 傷つけたく無いもの
グスタフはラーニャの捨て身の策に歯軋りすると、蛇のような目つきで彼女を睨んだ。
常人なら縮み上がってしまうその目を見ても、ラーニャに同様のそぶりは一切ない。
「貴様……私に突っかかることがどういうことか分かっているのか? 連帯責任で近衛騎士団全員の首が危なくなるぞ」
「悪いけど、今オレは騎士団にも魔導庁にも属してない、ただのプーだ。エリザベス様を攫ったアイツも、とっくに騎士団を辞めてる。そういう脅しはきかねぇぞ」
それを見越して、ラーニャたちは自ら職を辞したのだ。
縛られる物がなくなった彼女らを止める術は既にない。
だがあまりに無謀すぎるラーニャの行動に、王族用の席に座っていたミカエルが立ち上がった。
「ラーニャやめてよっ! 殺されちゃうよ!」
「悪いけど、引っ込んでてくれミカエル」
「ヤダ! ラーニャが死んじゃヤダっ!」
騒ぐミカエルに、ラーニャは光る金色の目を向けた。
有無を言わせぬ彼女の迫力に、ミカエルは言葉を飲み込む。
「心配してくれるのはありがてぇが、オレは自分の筋通すためにやってんだ。ここで死んでも悔いはねぇ」
「でも……」
「お前、オレがコイツに負けると思ってんのか? 勝ちゃいい話だろーが」
ラーニャはおもむろに国王に向き直ると、低く静かな声で言った。
「国王陛下。この決闘の開始の合図をお願いします」
「――立会人は?」
「ここにいる全ての人間がそうです」
去年の一件で、ラーニャがどう言う人間か分かっていたのだろう。
国王は彼女の頼みを受けた。
グスタフも後に引けないと分かり、従者に自分の剣を用意させる。
両手で持っても振るのが困難なほど大きく太い剣。
ラーニャはその剣が、ギルバートの右腕を切ったものと同じだと気付いた。
「貧弱な小娘が……。その首をぶった切ってやる」
グスタフは余裕たっぷりに首を回すと、傷のある薄い唇を吊り上げる。
自信に満ちたその表情は、己が勝つと確信しているに違いなかった。
二人が真紅の絨毯が敷かれていた通路で対峙すると、国王が決闘の開始を高らかに告げた。
途端に、グスタフが耳をつんざくような雄叫びを上げて、ラーニャに猛攻を仕掛ける。
ラーニャは自身に振り下ろされた大剣を、寸でのところでよけた。
「死ねぇ! 女!」
獣のような咆哮と共に、グスタフの剣が次々と振り下ろされる。
一撃でも受けたら致命傷になりそうなそれを、ラーニャは時にかわし、時に自らの剣で受けた。
ぶつかり合う剣の音で、グスタフの攻撃がどれだけ重いのか分かる。
攻撃に転じず、防戦一方のラーニャに、群集たちは次第に野次を飛ばし始めた。
「殺せ! やっちまえ英雄!」
「マオ族なんか殺しちまえ!」
酷い野次を受けても、ラーニャはひたすらグスタフの攻撃を耐え忍んでいた。
かわし切れず、右頬にかすり傷を負う。
血を見たグスタフはさらに叫びながら、小さな少女に向けて大剣を振るった。
ついにラーニャの腹に、無骨な剣によって赤い直線が走った。
かすり傷だったが、それを見たマドイが、席を立ち上がって叫ぶ。
「ラーニャ! もうやめなさい! 殺されてしまいます!」
文字通りしのぎを削っているラーニャは、マドイに背を向けたまま答えた。
「うるせぇバカ! テメェは引っ込んでろ!!」
「ラーニャ! 今すぐ謝って命乞いしなさい! 死にたいのですかっ!?」
「オレは勝つから問題ねえぇ!!」
ラーニャはギリギリのところで、相手の剣を打ち払う。
その頬には、真っ赤な血がつたっていた。
「ラーニャ、貴方は女の子なんですよ! 体に傷がつくなんていけません!! やめなさい! 今すぐやめなさい!」
マドイが喚いている間にも、グスタフの刃はラーニャの身に降り注ぐ。
だがそれでも、ラーニャは叫んだ。
「オレにはなぁ、自分の顔より傷つけたく無いものがあるんだよ! オレん中の大事な物がよぉ!」
ラーニャは叫ぶと同時に、始めてグスタフに向かって攻撃を繰り出した。
首の皮に薄っすら傷が付くほどきわどい攻撃に、グスタフもたじろぐ。
今まで耐えるしかなかったラーニャからは考えられないほど、鋭い一撃だった。
「ふん。ただのまぐれだ」
「それはどうかな?」
グスタフは再びラーニャに向かって剣を振るったが、彼女はすり抜けると、素早く剣を繰り出した。
彼の衣服が真一文字に裂ける。
もう少し遅かったら確実に胸を斬られていただろう。
いきなり攻勢に転じたラーニャに、グスタフは明らかに戸惑っていた。
続いてのラーニャの一撃をグスタフは避けるが、動きを先読みしたラーニャは巧みに彼の腕を切り裂いてみせる。
「バカな……!」
彼の腕から血が流れても、ラーニャは容赦しなかった。
次々と剣を振り回し、確実にグスタフを追い詰めていく。
彼女の剣がぶつかる音は、グスタフのそれよりも格段に重かった。
「嘘だ……! どうして急に――。 何か仕掛けが――」
「嘘もしかけもねぇよ。それがテメーの実力だ」
いきなり段違いの強さを見せ始めたラーニャに、グスタフだけでなく、会場の全員が唖然としていた。
岩のように大きな体つきをした英雄と、かたや小さなマオ族の少女。
どうしてロキシエル一の英雄が、こんな少女一人に押されているのか。
「嘘だ! 俺は信じないぞ!!」
グスタフは大地を揺るがすような雄叫びを上げながら、渾身の力でラーニャに大剣を振り下ろした。
だが必殺の一撃はいとも簡単に彼女の剣に受け止められてしまう。
「やっぱり、オメーにはそれしかないのな」
ラーニャは呆れ顔を作ると、彼の重い剣を虚空に向かって弾き飛ばした。