英雄退治編11 命がけの足止め
英雄グスタフとエリザベスの結婚式は、王都の中心にある広場にて行われる。
二人は大勢の市民に見守られる中、永遠の愛を誓うのだ。
わざわざ一般に公開する理由は、グスタフの人気取りか。
それともエリザベスの身動きをとれなくするためか。
しかし開放された形の結婚式は、むしろラーニャたちの計画に好都合だった。
結婚式当日の早朝、ラーニャとリッキー、そしてシンは、路地裏にて最後の打ち合わせを行う。
真冬の空気は凍てつくほど冷たく、三人の息は白く固まっていた。
「リッキー、シン。二人とも覚悟は出来てるか?」
ラーニャの問いかけに、二人は強く頷いてみせた。
「じゃあ最後の確認だ。――シン、副団長の容態は?」
「わ、悪くもないけど、良くもないみたい。ホントは馬になんか乗せない方がいいんだけど……」
彼を無理に動かさない方がいい事は、ラーニャも充分承知していた。
「だけど、何の罪もない若者の腕を切るヤツラだ。結婚してもエリザベス様が思うようにならなかったら、改めて危害を加えるかもしれねぇ」
「やるしかないよね……」
「ああ。頼むぜシン」
シンと目で頷きあうと、ラーニャは次にリッキーの方を向いた。
彼を見つめる大きな金色の目は真剣そのものである。
「会場ではオレがグスタフを止める。リッキーはなにがあろうと、エリザベス様を乗せて約束の場所まで走れ。分かったな?」
「……本当にお前一人で大丈夫なのかよ」
「あいつの動きを止めるとっておきの方法を思いついたんだ。心配すんな。時間を稼いだら、オレも馬で後を追うから」
「おい、そのとっておきの方法って何だ?」
「そりゃその場でのお楽しみだよ」
ラーニャは小さな牙を覗かせて、にやりと笑った。
しかしすぐその笑顔を引っ込めて、渋い表情を二人に向ける。
「ところでお前ら、この作戦が終わったらどうするつもりだ? もう騎士団は辞めちまったし、王都にもいられなくなるだろ?未練はないのか?」
二人は元々中級貴族だ。
大人しくしていればこのまま騎士になるか、最悪でも中級役人にはなれる。
約束された将来を手放すことに、後悔はないのだろうか。
だがそんなラーニャの不安を裏切るように、シンが力強く答えた。
「僕は副団長に憧れて騎士団に入ったんだ。副団長のいない騎士団なんか悔いはないよ。この件が済んだら、どこかの町で御者にでもなるさ」
「俺も元々副団長に誘われて騎士団に入ったんだ。恩を返すならこれぐらいしないとな」
二人の爽やかな笑顔に、後悔の念は微塵も見えない。
リッキーもシンも、尊敬するギルバートのためにとっくに覚悟を決めていたのだ。
ラーニャは口を真一文字に引き締めると、勢い良く立ち上がる。
「よし。じゃあ戦の前に、一丁鬨の声でもあげるか!」
ラーニャの合図によって、「エイエイオー!!」という三人の声が、朝の空に高らかに響いた。
*
長く真っ直ぐに敷かれた真紅のじゅうたんを通って、グスタフとエリザベスは用意された壇上に向かった。
周囲では国王始め、国中の貴族が、そして王都中の国民がその様子を見守っている。
彼らはげっそりとやつれてしまったエリザベスの姿を見て、一体どう思ったのだろうか。
エリザベスとギルバートが恋人同士であった事を知るものは、極少ない。
ましてや彼女が自殺を考えるほど思い詰めているなんて、誰も知らないに違いなかった。
グスタフとエリザベスは腕を組んで壇上に上がると、中央にいる精霊神官の前に並んだ。
新郎と新婦は神官に――つまり精霊に向かって永遠の愛を誓い、正式な夫婦となる。
「新郎も新婦も、互いに精霊に向かって永遠の愛を誓いますか?」
神官に問われ、グスタフは即座に肯定の返事をした。
だがエリザベスはなかなか答えようとしない。
「早く答えろ、エリザベス」
エリザベスが何か言おうと口を開いたそのとき、会場に馬のいななく声が響いた。
華やかな結婚式に似合わぬ無粋な声に、会場中が振り返れば、二頭の馬がこちらに向かって迫ってくる。
たった今新郎新婦が通ってきた赤い道を、二頭の馬は一直線に駆け抜けて行った。
馬に乗っているのは、もちろんラーニャとリッキーだ。
「エリザベス様! 約束どおり助けに来たぜ!!」
リッキーの乗った馬は一躍して壇上に登ったかと思うと、あっという間にエリザベスを攫って、元来た道を走り去って行った。
突然の事態に、会場の人間はどよめくこともできず、ただ唖然する。
だがいち早く正気を取り戻したグスタフが、傍にいた従者に向かってがなり立てた。
「追え! 何をやってるんだ!? 馬を用意しろ! 私が追いかける! アイツの首を刎ねてやる!」
興奮で顔を真っ赤にしたグスタフは、用意された馬に飛びのろうとする。
しかしそれにラーニャが待ったをかけた。
「そうはいかねーぜ、クソジジイ。テメェにはしばらくここにいてもらう」
「知るか。貴様! 後で覚悟しておけよ!」
無視して走り出そうとする男を見て、ラーニャは腰にさしていた真剣を抜いた。
その剣を射抜くように彼へ向けて、広場中に響く声で高らかに叫ぶ。
「英雄グスタフ! エリザベス様をかけてこのオレと勝負しろ!!」
「何をバカな……」
「ベルガ家長女、ラーニャ・ベルガ!この剣と精霊に誓ってお前に決闘を申し込む!!」
グスタフは細い目を限界までに広げて驚いていた。
――決闘は己の剣と精霊に誓って申し込まれる。
そして決闘を申し込まれた騎士は、どんな理由があってもそれから逃げてはいけない。
「――貴様っ! まさか――!?」
「騎士たるもの、決闘を申し込まれたら絶対に戦わなくてはならない――。 オメェはもう少しここにいてもらうぜ」
ロキシエル一の英雄に決闘を申し込んだにもかかわらず、ラーニャは不敵にも笑っていた。