英雄退治編9 見習いたちの思い
「じゃあ副団長はエリザベス様の父上に、毒を盛られたってことか!?」
ラーニャの話を聞いたリッキーは、箒を取り落とす勢いで叫んだ。
シンも同じく絶句している。
「ああ。多分あのお茶に毒が入ってたんだ。お前らも副団長のおかしな様子見ただろ? あのハゲオヤジ、突然和解に来たくせに、試合が終わるなりグスタフとの婚約発表しやがった。裏に何かあるとしか思えねぇ」
「ってことは、エリザベス様の父上は英雄と始めから組んでて、副団長を陥れたのか?」
「そうよ。でなきゃ出来過ぎてるだろーが」
エリザベスとグスタフの結婚式は、婚約発表から一週間後に予定されていた。
貴族の、それも上流貴族の結婚式となれば、準備にかかる金額も時間も大きい。
試合の随分前から用意していなければ、式は不可能なはずだった。
シンが、白い頬を小刻みに震わせながら呟く。
「……だとしたら酷すぎるよ。副団長はエリザベス様のためにここまで頑張ってたんだ。剣だけを頼りに生きてきたのに、右腕も使えなくなるなんてあんまりだ!」
「グスタフの野郎、もう二度と副団長が剣を持てないように、わざと右腕を狙ったんだ」
「どうしてそこまで……」
「決まってんだろ? エリザベスから完全に引き離すためさ。剣が使えなきゃ、副団長は単なる下級貴族の三男坊だからな」
ラーニャの舌打ちが、三人以外誰もいない練習場に響いた。
グスタフはギルバートからエリザベスを奪うだけでなく、将来の可能性までも潰したのだ。
国民からの尊敬と憧れの的である、ロキシエル一の英雄。
だが奴の中身は、三ヶ月放置した玉ねぎよりも腐っている。
(クソ野郎が――!)
リッキーも、悔しそうに拳を握り締めていた。
「チクショウ! 証拠さえあれば! チクショウ!」
彼の目には、薄っすらと涙が光っていた。
見習いとはいえ、騎士団の男が泣くとは余程のことである。
シンに至っては、既に大粒の涙を頬にこぼしていた。
「お前ら、そんなに副団長のことを――」
「ああ。副団長は、俺の恩人なんだよ。冴えなかった俺を騎士団に誘ってくれたのは、副団長だったんだ」
このまま進んでも、将来は親のコネで中級役人が関の山だろう。
そうやさぐれていたリッキーに、手を差し伸べてくれたのがギルバートだったという。
「偶然俺が学校で剣の授業受けてるところ見ててさ、お前は背が高いし、早さもあるから見込みがあるだろうってな」
「ぼ、僕も。僕は臆病で鈍臭かったけど、副団長は『臆病だからこそ強くなることもある』って言ってくれたんだ。すぐどもる僕の話もちゃんと聞いてくれるし――僕にとっても副団長は恩人なんだ」
二人が彼を慕っている訳が分かった。
近衛騎士団には他にも、ギルバートによって将来進むべき道を見出されたり、自信を授けてもらった人間がたくさんいるのだろう。
だから団員たちは皆、ギルバートを尊敬しているのだ。
グスタフのように過去の栄光を利用したものではなく、本物の尊敬をギルバートは得ている。
彼のような立派な人間が、卑劣で傲慢な人間に陥れられたままでいて良いはずがない。
ラーニャがどうにか彼を救う方法を考えていると、シンがふと思い出したように言った。
「そういえば、副団長がもらったお茶……僕持ってるんだ」
ラーニャとシンは同時に「なんだって!」と叫んだ。
「ちょっ……おまっ……それ本当かよ!」
「うん。僕がお茶をずっと見てたら、副団長がくれたんだ。持ってた水筒に入れたんだけど、あんなことになって、飲むの忘れてて」
「それを早く言え!」
リッキーは、先ほどの涙を吹き飛ばし、大きく拳を振り上げた。
「やったぞ! これが証拠になる! 早速調べてもらおうぜ!!」
「ちょっと待てよ。確かに証拠にはなるけど、上級貴族と英雄相手にオレたちガキが何か言っても、周りが信じてくれると思うか?」
悲しいかな、三人は子供であるがゆえに、社会的な地位はほとんどない。
何かしても言い逃れされるのが落ちだ。
「じゃあ、一体どうしたらいいんだ!? 俺たちは黙って見てるままなのか!?」
三人の間に沈黙が訪れた。
半分明りが消えた練習場を、冷たい風が吹き抜けていく。
ラーニャは思い詰めた顔をする二人をしばらく眺めた後、小さな声で言った。
「お前ら、どうしても副団長を助けたいか?」
リッキーが大声で答えた。
「当たり前だろ!!」
「……そうか。シンは?」
「決まってるよ!」
「なら、副団長のためになら、どんなことでもやれるか?」
リッキーとシンは顔を見合わせたあと、大きくうなずく。
ラーニャはそれを見て、満足げに笑った。
「そうか。お前らの気持ちはよく分かった。安心したよ」
「でも急にそんなこと聞いて、どうしたんだよ?」
「考え付いたんだよ。副団長を助ける作戦をよ」
今度はリッキーとシンが驚く番だった。
「副団長を助ける作戦だって!? 早く教えろよ!!」
「そう焦るなって、作戦自体は大したモンじゃねーよ。ただ――」
「ただ?」
「お前らは、騎士団を辞めることになるかもしれない」
ラーニャの台詞はあまりに突然すぎて、リッキーとシンは口をあんぐりと開けた。




