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激烈出稼ぎ娘  作者: 種子島やつき
第二部
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英雄退治編6 分からない探し物

 仮見習いになってから二週間も経たないうちに、ラーニャの剣術の腕は凄まじい上達振りを見せていた。

筋力があるせいか、元々才能があるせいか、今では正騎士相手に勝つこともあるくらいだ。

最初はラーニャの性別と年齢から遠巻きにしていた団員たちも、今ではそれなりに認めてくれているようで、時には話しかけたりしてくる。

リッキーとシンはどんどん腕を上げていくラーニャに発奮し、いつにもまして懸命に訓練に励むようになっていた。


 このまま近衛騎士団にいるのもいいかもしれない。

そんな風に心が入団へ傾き掛けてきた頃、ラーニャはギルバートに呼び出された。


 彼専用の執務室に行くと、まず椅子を勧められる。


「かまいません。立ってますよ」

「いや、座ってくれ。大事な話なんだ」


 何事だろうかとラーニャが椅子に腰掛けると、彼が白い歯を覗かせて言った。


「もう君が仮見習いになって、二週間になる。正式に近衛騎士団に入る気はないか?」


 ラーニャはすぐには答えず、押し黙った。

近衛騎士団の仮見習いになって剣の腕は上達したし、人間関係も今のところ良好だ。

だが魔導庁も、二度もマドイに勧誘されて入庁したわけだし、精霊局の仲間のこともある。

すぐに返事は出来なかった。


「迷っているのか?」

「すみません」

「魔導庁で人々に貢献することはもちろん立派なことだ。しかし君ほどの才能があれば、正騎士になるのも時間の問題だと私は思う」

「――正騎士に、ですか?」


 同じ近衛騎士団でも、見習いや準騎士と正騎士には天と地の差がある。

正騎士は身分と実力だけでなく、その人柄さえも認められた者だけがなれる、この国の騎士の頂点だ。


「君は身分は平民だが、なにより精霊の守護を受けている。これに勝るものはない。人柄も、去年の王家の騒動で、強い正義感を持っていることは既に実証済みだ」

「でもオレは――」

「もしラーニャが正騎士になれば、そのことはロキシエル中に知れ渡るだろう。マオ族が正騎士になったとなれば、君の種族の印象も良くなるに違いない」


 ラーニャが出世すればマオ族の励みになる――いつかマドイに言われた言葉を思い出した。

自分が正騎士になることでマオ族全体が少しでも救われるなら、ラーニャにとってそれは願ってもないことだ。


 それでもなかなか答えられないでいるラーニャに、ギルバートが優しく言う。


「まぁ、君もマドイ殿下との関係があるだろうから、すぐにとは言わない。ただできれば二週間以内に答えを出して欲しい」

「……分かりました」


 いつまでも宙ぶらりんではいられないことは分かっていたはずである。

だがいざ決断をするとなると、両者とも良い所がありすぎて、なかなか選べなかった。


(早く決めないと……)


 ラーニャは小さくため息をつきながらギルバートの部屋を出る。

扉を閉めてふと向かいにある柱に目を向けると、その影に見覚えのある男が立っていることに気付いた。


 腰まで伸びた銀髪と、女性顔負けの美しさを持ったその男。

間違いなくマドイである。


「お前――こんなトコでなにやってんの?」


 ラーニャが呆れ顔を作ると、マドイは気まずそうに顔を背けた。


「べっ、別に、偶然通りがかっただけですよ。そしたら、あの部屋から貴方の声が聞こえたので……」

「――盗み聞きしたのか?」

「失敬な。聞こえてしまっただけですよ」


 それを世間では盗み聞きというのである。

王子が柱の影で盗み聞きとは、想像するだけで情けない話だ。


「さすがミカエルの兄ちゃんだな。アイツもよくレストランで、主婦連中の噂話に聞き耳立ててんよ」

「わ、私はラーニャがこのまま魔導庁を辞めてしまうか気になっただけです。――そんなことよりラーニャ。貴方、魔導庁辞めるんですか? やめないんですか?」


 マドイが自分に不利な流れを変えようと、強引に話を変えてきた。


「えっと、それは……」

「迷っているということは、結局その程度のことなんですね。貴方にとっての魔導庁は」


 確かにそう取られてもおかしくはなかった。

冷ややかなマドイの視線にさらされて、ラーニャは身を硬くする。

答えない彼女に、マドイはさらに語気を荒くした。


「どうせ地味な研究作業より、華々しい騎士団の方がいいのでしょう? まったく、ミーハーな女ですこと」

「なんだよ、いきなりムキになるなよ」

「だってわたくし、散々貴方に尽くしてあげたんですよ。それをちょっと良い条件の良い奴が出てきたからって、あっさり乗り換えるんですか?」


 そばを通りがかった役人が、興味深そうにこちらを見ながら擦れ違って行った。

遠くでは、何かを囁き合っているご婦人方もいる。


「おい、やめろよ。痴話喧嘩みたいな言い方すんな。誤解されんだろ」

「何が誤解なものですか。貧乏にあえいでいた貴方を助けたのは、この私なのですよ。裏切り者!」

「なんでいちいち転職するのに、裏切り者呼ばわりされなきゃなんねーんだよ! ふざけんな!」


 ラーニャが掴みかかってようやく、彼のヒステリー(?)は収まった。

今日のマドイは少し様子が変である。


(ひょっとして月一のアレか?――あ、コイツ男か)


 どうでもいいことを考えているうちに、向こうの呼吸も落ち着いたようである。


「なんでそんなに大騒ぎしてんだよ。もし辞めても実験があるときは手伝いに行くし、オレがいなくても別にいいだろ?」

「いなくなってもどうでもいい人間を、こんなに気にしたりしませんよ」

「あ?」

「貴方と関わっていれば、私は無くした物を取り戻せる気がするんです。だから辞めないで欲しい」


 詩的な彼の言い方に、ラーニャの脳内は疑問符だらけになった。


「無くした物って何だ?」

「分かったら苦労しませんよ。ただ人として、とても大事な物です」

「……?」


 そう言えば二度目に魔導庁へ誘われたときも、似たようなことを言っていた気がする。

彼の言う大事な物。

ラーニャといれば取り戻せるらしいが、言われた本人にもさっぱり分からなかった。


「ゴメン。オレ分かんねーや」

「……そうですか」


 マドイは最初のテンションはどこへやら、一言だけ言うと、静かに向こうへ去って行った。

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