英雄退治編5 英雄の欲望
ギルバートが仕事を終えて部屋を出ると、そこにはエリザベスが立っていた。
もう夜遅いのに、お付きの者もつけずにである。
「どうしたんだ、一人で」
「うふふ。せっかくだからギル様に送っていただこうかと思いまして」
見た目に似合わず大胆な性格をしているエリザベスは、なかなか会えない恋人に対して、思い切った行動に出たのだった。
彼女の性格を知り尽くしているギルバートは、それを軽くたしなめるだけにとどめておく。
城の廊下を歩きながら、二人は久しぶりの会話を交わした。
冷たい月明かりに照らされた二人の姿は、まるで出来すぎた絵画のようである。
「もうすぐですね。ギル様」
「なにがだ」
「もちろん団長試験に決まっておりますわ。晴れて私たちも――」
エリザベスが照れたように微笑む。
彼女の笑みは、どんな美人画の女性よりも清らかで美しかった。
だが、そんな微笑みも向こう側からやってきた人物を見て曇る。
廊下の先には、まるで二人を待ち構えたかのように、グスタフが取り巻きを連れて立っていた。
エリザベスを見るなり、わざとらしく驚いたふりをしてこちらに駆け寄ってくる。
「おお、エリザベス。こんな所で会うとは奇遇だな」
「それはどうも。では、私たちは急いでいるのでこれで」
失礼なほど冷たくあしらっても、まだグスタフは引かなかった。
彼が自分によこしまな感情を抱いていることは、エリザベス自身もよく知っている。
この容姿ゆえ今まで無数の男たちに言い寄られてきたが、彼ほどしつこい男は他にいなかった。
身分が低ければあしらいようはいくらでもあるのだが、英雄として地位があるだけに始末に悪い。
「夜ももう遅い。ここは私がご自宅まで送って進ぜよう」
「ご心配ありがとうございます。しかし私にはギルバート様がついていて下さるので、大丈夫ですわ」
「この若造が護衛? 冗談じゃない」
グスタフはギルバートを睨んだが、彼はたじろぐことなく答えた。
「確かに私は頼りない若造ですが、彼女の屋敷はすぐそばですからご心配なく」
「そういうことを言ってるんじゃない! 貴様は年上に譲ることを知らんのか!」
この男のすぐ恫喝するところが、エリザベスは大嫌いだった。
彼は怒鳴れば皆が言うことを聞くと思っている。
「彼は悪くありませんわ。ギルバート様に護衛を頼んだのはこの私です」
「エリザベスも変わった女性だな。『英雄グスタフ』よりも、この下級貴族の若造が好みとは」
「ギルバート様は身分が低くとも、立派なお方です。騎士としての実力も充分ですわ」
エリザベスは慇懃に腰を折ると、まだ何か言おうとしているグスタフの横を強引に通り過ぎた。
グスタフは負け惜しみのように、エリザベスたちの背中に叫ぶ。
「私を――この英雄グスタフをないがしろにして、ただで済むと思うなよ! お前の両親も私の味方なのだからな!」
彼の言うとおり、エリザベスの両親は身分の低いギルバートよりも、地位も名声もあるグスタフを気に入っていた。
グスタフとエリザベスはちょうど年が三十も違うが、貴族の結婚に年齢差は付きものだと、両親は聞く耳を持たない。
しかしエリザベスは、たとえ彼が同い年だろうが年下だろうが、こんな傲慢な男と結婚するのは真っ平ゴメンだった。
グスタフの姿が完全に見えなくなってから、エリザベスは隣にいる恋人に囁く。
「ギル様、今度の試験、必ずあの男に勝って下さいましね」
「試験は戦い方を見るだけだから、勝たなくても大丈夫さ」
「まぁ、今からそんな弱気でどうなさいますか」
ギルバートの剣の腕は卓越している。
彼は低い身分に負けないよう、剣術を磨きに磨いて、近衛騎士団の副団長にまで登り詰めたのだ。
一体どれだけ苦労したのか、ギルバートはエリザベスに多くは語らないが、大体の所は察しがつく。
またエリザベスは、人に苦労を自慢しない彼の人柄がとても好きだった。
(絶対に団長になってくださいまし)
近衛騎士団の団長になることが、エリザベスとギルバートの結婚の条件である。
不安もあったが、彼なら絶対に成し遂げてみせるだろうとエリザベスは信じていた。