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激烈出稼ぎ娘  作者: 種子島やつき
第二部
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英雄退治編4 英雄参上

 大闘技場に入ってきた男は、山のように大きな体をしていた。

全身には鎧のような筋肉が付いており、二の腕などまるで丸太並みに太い。

体つきを見るだけで、素人でも彼が只者ではないと分かる。

年齢は五十くらいだろうか。

目つきが悪く、ラーニャは彼にあまり良い印象を抱かなかった。


 男は無精髭をさすりながら、蛇のような目つきで闘技場を見回していた。

やがてエリザベスを見つけると、にやりと笑ってこちらに近づいて来る。


 彼の後ろには、取り巻きと思われる中年の貴族二人がついてきていた。

男はエリザベスの前まで来ると、いきなり彼女の腕を取り、手の甲に口付けする。


「ご機嫌麗しゅう、エリザベス。私のためにこんな所までありがとう」


 「それは違う」と、ラーニャは思わず言いそうになってしまった。

エリザベスは苦虫を噛み潰したような表情をしている。


「いいえ。わたくしは、単なる野暮用でここに参ったまでですわ。ここは私のような者が気安く参ってよい場所ではありませんから」

「これはご謙遜を」


 男は彼女の手を離さないまま、脂っこい笑みを浮かべた。

エリザベスは手を離して欲しそうだったが、彼はまったく気にしていない。

うら若い女性の手を握り締めたままだなんて、随分と無礼な男である。

貴族なのは間違いなさそうだが、貴族ほどこういったマナーを気にするはずではないのだろうか。


 一体このオヤジは何なんだろう。

ラーニャがムカつきながら疑問に思っていると、たまりかねたギルバートが彼に「グスタフ様」と声を掛けた。


(グスタフって、あの英雄の!?)


 ここにいる男は、英雄どころかただの下品な親父にしか見えない。

英雄色を好むと言うが、彼もその部類の人間なのだろうか。


「グスタフ様。そろそろ訓練を始めたいと思っているのですが――」

「ふん、私は今エリザベスと話しているんだ。それぐらい分からんのか」

「ですが――」


 グスタフはチッと舌打ちすると、しぶしぶエリザベスから手を離した。

そして今度は傍にいたラーニャに目を留めて言う。


「おい、ギルバート。どうしてこんな所に女がいるんだ。つまみ出せ」

「彼女は近衛騎士団のれっきとした見習いです。今日の練習に参加します」

「女が見習いだと? そんなこと私は許さんぞ!」

「しかし……」

「しかしもへったくれもない。今ここで命令する。その女をクビにしろ!」


 度重なるグスタフの振舞いに、ラーニャの堪忍袋も限界だった。

この男、英雄とは言うが、言動を見る限りそこらへんにいる傲慢な権力者と大して変わらない。


「テメーになんか命令される筋合いねーよ! 近衛騎士団は王家のモンだろーが!」


 思わぬラーニャの反撃に、グスタフは細い目をひん剥いた。


「このアマ、私を誰だと思ってるんだ。ただじゃ済まさんぞ」

「三十年前の英雄だろ? それぐらい知ってらぁ。オレは皇太子殿下に勧められてここに来てんだ。勝手にクビにして困るのはテメーの方だ!」


 グスタフは額に血管を浮かべてわなないていた。

無精ひげも一緒に震えている所が面白い。


「小娘……この私を侮辱する気か?」

「最初に侮辱したのはテメーだろ」

「なら、決闘を申し込んでやろうか?」


 「決闘って何だ?」とラーニャが言う前に、ギルバートが血相を変えて二人の間に割り込んできた。


「グスタフ様! それだけはおやめください!! この子はまだ何も分かってない子どもです!」

「副団長! オレは平気です。決闘だろうが血糖値だろーがなんだって――」

「この馬鹿者!」


 副団長から頭にゲンコツをもらい、ラーニャはその場にうずくまった。


「グスタフ様、貴方様はロキシエル一の英雄でしょう?こんな子供に決闘を申し込んだら、貴方様の名前に傷が付きます」

「それもそうだな」

「この子供には後でよく言い聞かせておきますから、ここはひとつ――」


 何度も頭を下げるギルバートを見て、グスタフはようやく機嫌を直したようだった。


(あんな奴に謝ることないのに……)


 ふんぞり返るグスタフに、ラーニャは悔しい気分になる。

ギルバートに「あっちへ行け」と命令されて、ラーニャはリッキーとシンの所に行った。

顔を合わせるなり、リッキーが呆れた様子で話しかけてくる。


「お前、英雄に喧嘩売るなんて何考えてんだ? 命知らずも大概にしろよ!副団長が止めてくれなかったら、お前今頃死んでたぞ」

「決闘のことか? そんなにアレってマズイもんなの?」

「お前……決闘のことも知らないのか?」


 ラーニャは無言でうなずいた。

ただ気に食わない相手と殴りあうことだと思っていたが、違うのか。


「決闘っていうのはな、一旦勝負が始まったら相手が死ぬまで戦うんだ」

「うげっ。物騒だなぁ」

「しかも騎士は決闘を申し込まれたら、絶対逃げたらいけないんだ。――どんな時でもな」

「トイレ我慢しててもか?」


 ラーニャの気の抜けた返答に、リッキーだけでなくシンまでため息をついた。

こちらとしては至ってマジメな質問のつもりだったが、向こうにとっては違ったらしい。


 しばらくして訓練が始まると、グスタフが試合用の舞台に上って騎士たちと模擬試合を始めた。

彼は身の丈ほどある棍棒のような模造刀を振り回している。

その迫力と空気を震わせる雄叫びに、対戦相手の騎士はたじたじであった。


「や、や、やっぱり英雄は強いね。騎士団の誰もかなわないよ……」


 シンはグスタフの雄叫びに、すっかり怖気づいてしまっているようだった。

グスタフは獣のような咆哮を上げながら、大きく振りかぶり、対戦相手に止めを刺す。

まるで見世物の試合のような勝負の仕方だ。


「随分派手だな」

「そ、そうかな……」


 ラーニャたちが会話をしている間に、グスタフは次の相手と戦っていた。

巨大な剣を自在に振り回す姿は、思わず引いてしまうほどの威圧感がある。

彼の圧倒的な腕力で対戦相手が薙ぎ払われると、闘技場全体にどよめきが満ちた。


 ラーニャの横で、リッキーがおののきながら呟く。


「やっぱり英雄は最強だな。悔しいけど、このロキシエルで右に出る者はいやしない」

「そ、そうだよね。ボクだったら百年経ってもかないっこないよ」


 彼のとなりで、シンが震えながら同意する。

だがラーニャは興奮する二人の横で、グスタフに冷めた視線を送っていた。

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