英雄退治編1 近衛騎士団仮見習い
近衛騎士団専用の練習場は思ったより古びていた。
だがあちこちに刻まれた傷やあせた色が、騎士団の歴史を感じさせてくれる。
剣のぶつかる音が響く中、ラーニャは鍛錬に励む騎士たちの姿に見とれていた。
鍛えられた体がぶつかり合う光景は、思わず見入ってしまうほど迫力がある。
(これからオレもあんな訓練すんのか――)
皇太子のオールから直々に近衛騎士団に勧誘されたラーニャは、今日は「仮見習い」としてこの練習場に来ていた。
なぜ見習いに「仮」が付くのかというと、ラーニャがまだ魔導庁を辞めておらず正式に騎士を目指しているわけではないからだ。
このまま魔導庁にいるか、それとも騎士になるか――。
決心が付かず返事を保留にしていたラーニャに、オールはまずは見学のつもりで来てみたらどうだと言ってくれた。
その好意に甘え、ラーニャは実に中途半端な立場でここにいるのである。
ラーニャが遠巻きに騎士たちの訓練を眺めていると、練習場の隅にいた少年二人がこちらを見て何か囁きあっていた。
皆ラーニャと大して変わらない年齢であることから、彼らが見習い騎士なのだろうと分かる。
少年たちはしばらく話し合うと、ついにラーニャの方に向かってやってきた。
「おい、そこの女。こんなトコで何してるんだ」
始めに口を開いたのは、二人のうちでひょろりと背が高いやつだった。
ひどく痩せていて、栗色の癖毛がまるで鳥の巣のように頭のてっぺんに乗っかっている。
「ここは女が来ていい場所じゃない。さっさと帰れ」
「あ、オレ女に見える?一応男の格好してきたんだけど」
「分かるに決まってんだろ。騎士団の人間でこんなに痩せてるやつはいないからな」
(お前痩せてるじゃん……)
ラーニャは心の中で突っ込んだ。
「オレ、一応今日から見習いでここに来たんだ。遊びに来たワケじゃねぇよ」
ラーニャが事情を説明すると、二人は大口を開けて笑い出した。
今度は肉付きはいいが小柄な少年が、ラーニャに言う。
「へ、変な冗談はよしてよ。僕たちは暇じゃないんだ」
「冗談じゃなくて、マジだって」
「ま、まさか! こんなチビッこい女が見習いだって!?」
(お前もチビじゃねーか)
二人とも自分のことを客観的に見れない人種らしい。
よっぽど指摘してやろうと思ったが、可哀想なので、やはり言わないでおいてやる。
「嘘だと思うなら、確かめてみるか? オレ、自分で言うのもなんだけど、結構強いぞ」
「面白そうじゃないか。なあシン?」
「そ、そうだねリッキー」
今の会話から察するに、背が高い方がリッキー、小さい方がシンという名前らしい。
しかしこのでこぼこコンビ、身長も体重も足して二で割ればちょうど平均になりそうである。
「よし、じゃあどうする? 一対一か? それともまとめてくるかよ」
「騎士たるもの、正々堂々一対一だ!」
リッキーがそばにあった木の棒を手に取り、ラーニャにも投げ渡す。
二人が互いに棒を剣のように構え、対峙していると、突然後ろから雷のような怒鳴り声が浴びせられた。
「おいお前ら! 勝手に何やってるんだ!!」
振り向くと、たくましい体つきをした年若い青年が仁王立ちしている。
それを見てシンは顔を真っ青にし、リッキーはは慌てふためいて叫んだ。
「副団長! いつからそこに!?」
「野暮用を終えて帰ってきてみれば、勝手しやがって。防具の掃除はどうした?」
「すみません! すぐやります!!」
どうやらこの青年は近衛騎士団の副団長らしい。
太めの眉がりりしく、口を開けるたびに歯並びのいい歯がきらりと光る。
男らしい顔立ちをしているが、それでむさくるしくなく、まさしく「かっこいい」という言葉が似合う男だった。
そして男前の副団長は、どうすべきか困っているラーニャをじろりと見やる。
「お前は何の用だ? 見たところ関係者じゃないようだが」
「あ、オレはオール殿下に言われて今日から近衛騎士団仮見習いになった、ラーニャ・ベルガといいます」
「おおっ!君が噂の子か」
しかめ面をしていた副団長が破顔した。
その爽やかな笑顔は、さぞかし貴族のご婦人方から人気があるだろう。
副団長に歓迎されるラーニャを、リッキーはいぶかしげに睨む。
「副団長、コイツひょっとして、本当にここの見習いなんですか?」
「そうだとも。彼女はトムたち三人を、地の利を活かして一人で倒した強者だ」
「え!? あの不祥事でクビになったアイツらをですか!?」
「ああ。それだけでなく、彼女は大地の精霊の加護を受けている。オール殿下も期待されている新人だ」
(まだ入るって決めたわけじゃないんだけどな……)
しかしそんなことを言い出せる雰囲気では既になくなっていた。
でこぼこコンビは先ほどの態度はどこへやら、ラーニャに向かって熱いくらいの尊敬と憧れの眼差しを向けている。
「お前……スゲー奴だな!!」
「さ、さっきはチビなんて言ってごめんよ」
「てっきり先輩たち目当ての『おっかけ』かと思ったんだ。最近多くてな」
軍の花形で、身分も勇ましさも兼ね備えた近衛騎士たちだ。
きっとその「おっかけ」とやらの対応で彼らも神経質になっていたのだろう。
「オレももっとちゃんと説明すりゃよかったよ。スマンな」
「ここの修行は厳しいが、頑張って立派な騎士になろうぜ」
「い、一緒に頑張ろうね!」
二人ともラーニャがマオ族でも女でも、実力があれば仲間として何も問題ないらしい。
(悪いヤツラじゃなさそうだな)
ラーニャの「騎士仮見習い」生活は、まずは順調なスタートを切ったようだった。
背が高くてひょろ長いのがリッキー。
小さくてふとっているのがシンです。
分かりづらくてすみません。