レシピ探し編5 王子の決意
ミカエルの部屋に用意されたテーブルの上には、マオ族の郷土料理がたくさん並んでいた。
彩りこそ悪いが料理の種類は豊富だし、何より食欲をそそる匂いがする。
何も知らずにミカエルの部屋に呼ばれたラーニャは、金色の目を丸くして驚いていた。
「これ、オレの故郷の料理じゃねーか。一体どうしたんだ!?」
ミカエルは頬をバラ色に染めながら得意げに微笑む。
「偶然知り合ったマオ族に聞いたんだー」
ブローチをあげる代わりにマオ族の料理を教えて欲しい――あの時ミカエルはマオ族の少年にこう提案したのだった。
これなら少年にブローチをあげる理由が出来るし、ミカエルも料理のレシピを知ることが出来る。
彼は子供だから、きっと家族と住んでいるだろうという予想に基づいての提案だった。
思惑通り、母親と二人で暮らしていた彼は、母親に頼んでたくさんのレシピを教えてくれた。
お礼にブローチを渡そうとすると「レシピの対価には多すぎる」と断られそうになったが、何日もレシピを探してさまよっていることと、どうしてもレシピが欲しかったことを告げると、今度は快く受け取ってくれた。
「さすがに料理までは出来なかったけど、レシピはボクが自分で手に入れたんだ。だからラーニャ食べて」
「ひょっとして、オレのために作ってくれたのか?」
ミカエルは天使のような笑みを作って微笑んだ。
「だってラーニャ、最近元気なかったでしょ? だから郷土料理を食べて元気出して欲しかったんだ」
「お前……」
ラーニャは小さな鼻をぐすんと鳴らすと、席について料理をかきこみ始めた。
正直あまり上品な食べ方ではないが、感極まった上での行動のようにも見える。
「うめぇ。うめぇよ。サイコーだよ!」
「良かったー。頑張ったかいがあったよ」
苦心の末に出来上がった料理は、ラーニャの笑顔も相俟ってかとても美味しかった。
見た目は悪いが、味はいいから、これから日常的に食べてもいいかもしれない。
それは横にいるマドイも同じようで、ジャガイモの煮込み料理を食べていたく感激していた。
「結構いけるじゃないですか。料理長に頼んで、また作ってもらいましょう」
「おいミカエル。気持ちは有難いが、どうしてここにマドイがいるんだ?」
ラーニャの問いにミカエルは苦笑する。
「それは色々わけがあってね」
「わけも何も、貴方がレシピを聞くのに夢中になって、私との待ち合わせをすっぽかしたからじゃないですか。私はあの寒空の下、一時間も待ちぼうけを食らったんですよ」
「ごめんなさい」
「誘拐でもされたのかと、本気で近衛騎士団を呼ぼうかと思いましたね。貴方が私を待たせてまで手に入れて料理、味わってみたいと思って当然じゃございません?」
マドイに睨まれて、ミカエルは恐縮した。
いくら夢中になっていたとはいえ、人との約束を忘れてはいけない。
「ラーニャもいい友達を持ったじゃありませんか。おかげでホームシックも治ったでしょう」
「ホームシック? オレが?」
「おや、違うんですか」
ラーニャはもちろんだと言うばかりにうなずいていた。
なら一体彼女は何で悩んでいたのだろう。
(ていうか、なんでホームシックになったと思ったんだっけ?)
アーサーの一言が原因だった気がするが、それはまあ良い。
とにかくラーニャはミカエルの好意に喜んでくれたのだから。
「ホームシックじゃないなら、何でそんなに悩んでたの?良かったら聞かせてよ」
「お前らに言って良いのか迷うんだけどさ……。オレ、工場で汚れながら働いてたのに、魔導庁に入って凄くいい環境で働いてるだろ。おまけに近衛騎士団の話まで来ちゃって、何と言うか申し訳なくてさ」
「申し訳ないって誰に?」
「他のマオ族にだよ。他のヤツラは今も貧しくて食うにも困ってるのに、オレはこんな良い生活してるから……。精霊の守護があるってだけで、こんな生活してて良いのかなって」
ミカエルは先日の貧民街でのことを思い出した。
道端にうずくまるマオ族の物乞いと、働く先がなく盗みを働くマオ族の少年。
あれが王都にいるマオ族の大部分の姿だ。
ラーニャは今、そんな生活から抜け出した罪悪感に心を痛めている。
彼女の悩みは、ホームシックという個人的なものではなくて、種族全体に関わることだったのだ。
「オレ、自分だけ貧乏な生活から抜け出して『ハイおしまい』なんてしたくないんだ。精霊の守護がなかったら、オレはきっと今も貧しかった。だから貧民街にいるマオ族は、もう一つのオレの姿なんだよ」
「だからあんなに悩んでたんだね……」
食事の手を止め、俯きながらラーニャがうなずく。
だがマドイは彼女の悩みを「馬鹿らしい」の一言で切り捨てた。
「バカバカしい。貴方そんなことで悩んでたんですか」
彼のあまりな言葉に、ミカエルは思わず口を挟む。
「ひどいよ兄上! なんてこと言うのさ」
「だってそうでしょう? この問題は私たちのような人の上に立つ者が悩むべき問題です。庶民のラーニャが罪悪感にとらわれる必要は一つもない」
マドイははっきり言い切ると、強い視線をラーニャに向けた。
「ラーニャ、真に罪悪感に悩まねばならないのは、王族である私やミカエルです。貴方は堂々としてればよろしいのです」
「そんなこと言ってもよ……」
「今貴方にできる最良のことは、その精霊の守護を活かしてできる限り出世すること。それが後に続くマオ族の励みになります。貧困や差別は私たちが解決する問題です。だから気にする事などありません」
マドイは言いたいことだけ言うと、再び食事を始めた。
ジャガイモの煮込みが気に入ったのはいいが、こちらの分まで食べないで欲しい。
「そんなに言うなら、テメーを信用してやるよ。その代わりダメだったらマジキレるからな」
「うわっ、ラーニャがキレたら怖いだろーね。兄上の髪の毛全部むしったりしそう」
「それどころか体中の毛全部むしりとってやんよ。ボコボコにしてやんよ」
食事が終わって少し歓談した後、ラーニャは馬車に乗って下宿に帰って行った。
楽しい食事会だったが、それだけでなくもっと大切な何かを学んだ気がする。
(ボクも王族だからしっかりしなくちゃね……)
もうラーニャが悩むことのないように。
そしてあの少年がもう盗みをしなくても生きていけるように。
ミカエルは固く決意したのだった。
レシピ探し編はこれで終わりです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
次回からは「英雄退治編」が始まります。