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激烈出稼ぎ娘  作者: 種子島やつき
第二部
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レシピ探し編3 マオ族のいる所

 マドイについて辿り着いた先は、驚いたことに最初にラーニャと出会った地区だった。

ここは昼間だというのに相変わらず薄暗くて、空気が湿っている。

道端に物乞いがうずくまっているのもこの間と同じだった。


(ホントに酷い所だなぁ。ココ)


 ミカエルの愛らしい顔に自然に皺がよる。


「兄上、ここにはマオ族がたくさん住んでるの?」

「ええ。御覧なさい、あそこの物乞いもそこの物乞いも――みんなマオ族です。王都でマオ族の住んでいる割合が一番大きいのが、この貧民街なのですよ」


 言われたとおり、昨日城下町をぶらついていたときにはほとんど見当たらなかったマオ族が、ここにはたくさんいた。


 どうして城下町にいないマオ族が、貧民街にはたくさんいるのだろう。

答えは考えてみるまでもない、マオ族という種族全体が貧しいからだ。


 ――マオ族ってだけで仕事も住む場所も限られちまう。


 ミカエルは出会った頃ラーニャが言っていたセリフを思い出した。


「兄上は、一体どうしてここに?」

「この貧民街を一度新しく整備し直す話が出てましてね。今日はその下見です」

「でもそんなこと、普通部下に任せない?」

「王族たるもの、自分の目で国民の様子を知るべきです。報告では見えないものもたくさんあるでしょう」


 まさかこんなセリフがマドイの口から出るとは思わず、ミカエルは驚いた。

以前の彼は悪い意味で血筋を鼻に掛けていたし、ましてや貧民街など、赴くどころか気にもしていなかった。

仕事は前から優秀だったが、身分の低いもの――平民に対してはもっと冷酷だったはずである。


「兄上……。ラーニャの頭突きって人格変わる程強烈だった?」

「そんな昔の話を今更……。私はもう別の場所に移動しますよ。貴方はどうするんです?」

「あっ、レシピ」


 ミカエルはやっと本来の目的を思い出した。

ここにはマオ族がたくさんいるが、レシピを教えてくれる人どころかレシピを知っている人すらあまりいなさそうである。

聞くなら家庭持ちだろう。


「ボクはレシピを知ってそうな人を探すよ」

「そうですか。ここは治安が悪いから、アーサー以外の護衛もつけて行きなさい」


 ミカエルは馬車の周りを取り囲む屈強な騎士たちを見て、首を横に振った。


「やめとくよ。こんなごついの連れてたら、みんな怖がっちゃう。今日は晴れてるし、アーサーだけで充分だよ」

「……分かりました。なら日暮れ時にまたここで落ちあいましょう」


 マドイに心配されたことに若干嬉しさを覚えつつ、ミカエルは再びレシピ探しの旅に出た。

苔むした石畳を踏みしめ、荒みきった街を歩いて回る。

だがいるのは酒瓶を持った酔っ払いと、ガラの悪そうな男ばかりで、レシピを知っていそうな人物はいくら探しても見当たらなかった。


「ここには家族連れなんていないのかなぁ」


 ぼやくミカエルにアーサーが答える。


「こんな所では落ち着いて暮らせませんからね」

「よくラーニャは一人でこんなトコに暮らしてたよ……」


 ミカエルが改めてラーニャの凄さに感心していると、不意に体に強い衝撃を覚えて尻餅をついた。

何事かと辺りを見回してみると、大急ぎ走っていくマオ族の少年が見える。


 ぶつかっても振り向きもしないとは、よっぽど急いでいたのだろう。

ミカエルが呑気に考えていると、アーサーがこちらを指差して大声を上げた。


「ミカエル様! 胸元のブローチがなくなってますよ!」


 見ると、アーサーの言うとおり、今日胸元に着けてきた宝石付きのブローチが忽然となくなっていた。

ブローチを着けていた場所が破れているところから、おそらくむしり取られたものと思われる。


 ミカエルはたった今自分にぶつかってきた少年のことを思い出した。

きっと彼はわざとこちらにぶつかり、その隙にブローチをむしり取ったのだろう。


「追いかけましょうか」

「いいよ。どうせ追いつかないし、向こうは土地勘があるからきっともう隠れてるよ」


 改めて考えれば、場所もわきまえず宝石をつけてきたこちらにも非があった。

ミカエルが何気なく使っている日用品も、ここに住んでいる者たちにとっては手の届かない高級品なのだ。


 気を取り直してミカエルはまた町を歩き出したが、思うような人物は見つからなかった。

ここは王都でも一番治安の悪い地区である。

家族で住んでいる者たちは、必要がない限り出歩かないようにしているのだろう。


 結局何の成果も出ないまま、辺りは夕焼に染まり始める。

マドイとの約束は日暮れ時だったから、もう待ち合わせ場所に向かわなくてはならない。


 赤く照らされた町をミカエルがとぼとぼ歩いていると、建物の影から子供と大人が騒ぐ声が聞こえてきた。

どうやら大人数人が寄ってたかって子供を恐喝しているらしい。

周囲の人間が無関心なのは、ここでは日常茶飯事の出来事だからか。

ミカエルがこっそり建物の影を覗くと、屈強な男たちが三人、子供一人を取り囲んでいるのが見えた。


「あの子供ひょっとして、ミカエル様にぶつかった少年じゃないですか?」


 アーサーの言葉どおり、今襲われている子供は、昼間ミカエルのブローチを奪い取ったマオ族の少年だった。

彼は男たちに小突かれても、懸命に何かを守ろうとしている。


「どうしよう。可哀想だよ」

「しかし彼は泥棒ですよ。そんなことしてるからあいつらに目を付けられたんじゃないですか?」

「でも……」


 隙を見て逃げ出そうとした少年は、男に足を引っ掛けられて転ばされ、そのまま蹴られていた。

大人の男に取り囲まれて、暴力を振るわれているその姿。

もしこの場にラーニャがいたらどうしただろうか。


「そこの人達やめなよっ!」


 ミカエルが建物の影から飛び出すと、男たちの視線が一斉に彼へ向けられた。


「ミっミカエル様! 危険です。やめましょう」

「イヤだ。ボク助ける」

「どうしてですか! あの子は貴方からブローチを盗んだんですよ」

「……。冷たくされたからって、冷たくし返したら何も始まらないからっ」


 ミカエルは深い青の瞳で男たちを睨み付けると、ポケットから「ある物」を取り出した。

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