レシピ探し編1 彼女の元気が無い理由
ミカエル視点のお話です。
ラーニャに近衛騎士団入団の話が来ている。
その話を耳にしたとき、ミカエルはひどく驚いた。
なんでもラーニャが一人で見習い騎士三人を倒したと聞きつけたオールが、ぜひとも彼女の入団を希望しているという。
近衛騎士団は軍の中でも一番の花形であり、家柄と実力を兼ね備えていなければ入ることが出来ない。
だがラーニャは身分こそ平民だが精霊の守護を受けているし、実力も十四という年齢を考えれば高すぎるくらいだ。
オールはその才能を見込み、彼女をまずは見習いとして入団させ、数年がかりで育てていこうと考えているらしい。
「スゴイよラーニャ! オール兄上から直々にスカウトされるなんてさっ」
昼休みを狙って魔導庁にやってきたミカエルは、机の上に突っ伏しているラーニャを見るなり言った。
しかしこれほど名誉なことはないにもかかわらず、ラーニャはどこか浮かない様子である。
「でもよー。こう見えてもオレ、一応女なんだぜ。殿下も何考えてるんだか」
「騎士は基本実力主義だから、性別関係ないんだよ。近衛騎士団に女の人がいたこともあるし」
「でも……」
意外なことに彼女はあまり乗り気ではないらしい。
暴れるのが好きな彼女だから、てっきり喜ぶと思ったのだが。
少なくとも部屋の中でちまちま魔法の研究の手伝いをするよりは、よっぽど向いている気がする。
「いつもしっちゃかめっちゃか暴れてるくせに、変なのっ」
「好きで暴れてんじゃねーよ。だってほら、入団したら魔導庁辞めなきゃならないだろ? せっかく勉強も楽しくなってきたし、精霊局のメンバーとも仲良くなってきたからさ……」
ラーニャは天井用の魔光灯を仰ぐと、はあっとため息を吐いた。
心なしか耳も下がっているし、ぶら下がった尻尾も元気がない。
昼休みが終わってしまったので、ミカエルはラーニャの元を後にしたが、彼女の様子がどことなく気にかかっていた。
連れてきたアーサーに、今日のラーニャについて尋ねてみる。
「絶対元気なかったよね? どうしてだろ?」
「きっと生理ですよ。今日が一番多い日なんでしょう」
「さすがアーサー。顔がいいのに女の子から避けられることだけはあるねっ!」
アーサーはミカエルの目から見ても文句ない美男子なのだが、いかんせんデリカシーがなく、加えて重度のマザコンという致命的な欠点を持っているせいで、一回デートした女性からはことごとく嫌われる傾向があるのだ。
「そりゃないでしょうミカエル様」
「だって君、女の子に『顔はいいけどちょっと……』て言われるから、『ちょっとのアーサー』てあだ名つけられてるんだよ? 知ってる?」
「えっ!? そうなんですか!?」
「そうだよ。反省しなよ」
泥のように落ち込むアーサーを気にも留めず、ミカエルはラーニャのことを案じた。
いつも馬鹿みたいに明るい彼女なのに、机の上でぼんやりしているなんて、よほど入団のことで悩んでいるのだろうか。
翌日ミカエルがもう一度ラーニャの元を尋ねると、彼女は昨日にもまして元気がなかった。
話かけてもろくに返事もせず、ため息ばかり吐いている。
サリーから聞いたのだが、勉強のペースもここ数日でがくんと落ちているらしい。
一体ラーニャはどうしてしまったのだろうか。
自室に戻ったミカエルは、何が彼女をそんなに悩ませているのかアーサーと考えてみた。
だが給料も充分もらっているし人間関係も上手く行っているようだし、これといった原因は見当たらない。
「ひょっとして、囮にしたことが原因かな?」
あの作戦は元々ミカエルが発案したということはラーニャも知っている。
それでミカエルとマドイが信じられなくなって、思い悩んでいるのではないだろうか。
「でも彼女の性格なら『バカヤロー!』とか言って、お二人をボコボコにして終わりですよ。絶対悩んだりなんかしませんて」
「だよね。ボクもそう思うけど……。なら、何が原因なんだろ」
しばらく二人で思案していると、アーサーがぽんと手を叩いて言った。
「分かりました。きっとホームシックですよ」
「ホームシック?」
「はい。私もミカエル様にお仕えする前、国境の警備にあたったことがありまして――そのときあんな風になりましたよ」
確かにアーサーの言うことももっともかもしれなかった。
ラーニャは遠い故郷からたった一人で出稼ぎに来ているのだ。
一人の少女が知らない土地で誰にも頼らず生活するなんて、どれほど辛いことか。
「どうすればホームシックって良くなるの?」
「私は母親の手作りミートパイと同じ物を食べたら良くなりましたよ」
「君らしい答えだねー。でも故郷の味って、結構重要かも」
どんな人間でも、食生活は生活の基本である。
「よし決めたっ! ボクラーニャに故郷の料理を食べさしてあげるよっ」
ミカエルの突然の宣言に、アーサーは目を丸くして驚いていた。
「食べさすって、一体どうする気ですか」
「簡単だよ。料理長に頼んで、マオ族の郷土料理を作ってもらうの」
「なるほど……」
「ラーニャにはお世話になってるからね。友達として励ましてあげたいんだ」
始めて出会ったときに助けてくれたこと。
生まれた時から仲たがいしていた兄と和解のきっかけを作ってくれたこと。
ラーニャにはミカエルだけでなく家族ぐるみで恩がある。
「じゃあ早速料理長の所へ行こうっ」
ミカエルはアーサーの腕を引っ張って、さっそく厨房まで向かった。