女の敵は女編2 サムイのちアツアツ
再びラーニャから書類をなくしたことを聞くと、マドイはすっと表情をなくした。
なまじ顔が整いすぎているために、無表情になると背筋が凍りつくほど凄みがある。
マドイは怒鳴ることも鞭を振り回すこともせずに、そのままラーニャを中庭へ追い出した。
今日はかろうじて晴れてはいるものの、昨日まで王都は雪であった。
マドイは深く雪が積もっているそこに、防寒具を着せないままラーニャを放り出したのである。
「クビになりたくないなら、私がいいと言うまでそこにいなさい」というマドイの言葉を守り、ラーニャは中庭のベンチの上で震えていた。
もちろん今すぐ暖かい室内に戻りたいのだが、クビより寒さを選んだのである。
南方出身のラーニャの体からは、すぐに熱が奪われていった。
唇が震え、手足も石のように固まって動かなくなる。
少しでも体温が保てるよう椅子の上で体育座りをしたが、氷点下の寒さではそれも気休めであった。
(ヤバイ……。オレ死んじゃうかも)
一体どれくらいの時間が経っただろうか。
ラーニャが半分冬眠状態になっていると、雪を踏みしめる音が近付いてきた。
ぼんやりしたままラーニャが顔を上げれば、そこには防寒具に身を包んだマドイが立っている。
彼はぶるぶる震えているラーニャを見て、青ざめた顔をしていた。
「ラ、ラーニャ……。そんなに寒かったのですか」
ラーニャは答える余裕もなく、潤んだ瞳でマドイを見つめた。
無言のまま哀れっぽくマドイを見上げる彼女の姿は、まるで人間に捨てられた子猫そのものであった。
「ごっ、ごめんなさいっ! 貴方がそんなに寒がりだとは知らなくて私――」
「ミーミー。ミーミー」
「ああああ。そんな声で鳴かないでっ、そんな目で私を見ないで下さい!」
マドイはひょいとラーニャを抱き上げると、なんと自分の頬を彼女の頬に押し付けた。
普段のラーニャなら即殴り飛ばすところだったが、今は暖かいなら何でも良い。
「たった十分だけなのに、まさかこんなに震えているだなんて……」
最初に非があったのはラーニャだが、マドイは大きな罪悪感にとらわれているようだった。
きっと本気でラーニャを凍えさせるつもりはなかったのだろう。
ぐったりとしたラーニャが不本意ながらしばらくマドイと密着していると、昼休みの鐘が鳴って、職員たちがぞろぞろと中庭に降りてきた。
そして十人中十人が、真昼間から熱い抱擁(?)を交わしているラーニャとマドイを見てぎょっとする。
彼らには、我らが大臣が猫耳の少年を人目もはばからず愛でているように見えただろう。
「おい、もういいから降ろしてくれ」
「まだこんなに冷たいじゃありませんか」
「いいから降ろせや」
きっと今のマドイの目には、ラーニャが哀れな子猫に見えているに違いない。
その後ラーニャは半ば暴れるようにしてやっとマドイの手から離れた。
*
大臣室に戻ったラーニャは勤務時間が終わっても、まだ仕事を続けていた。
許してもらったとはいえ、自分の納得いく方法でミスの埋め合わせをしたかったのである。
何とか満足できるだけの量の仕事を終わらせると、ラーニャは無人になった大臣室を後にした。
だが部屋を出た所で、雑務課の若い女性の一人に呼び止められる。
「あの、大臣が貴方のことをお呼びになっていましたが」
「え?なんだろ」
「とにかく急いで来て欲しいとのことです」
こんな夜中に一体何の用だろうか。
疑問に思ったが、今日大きなミスをしたのもあり、ラーニャは女性の案内に従って彼が待っているという場所に向かう。
しかし着いた場所は、魔導庁の建物と建物の間にある隙間のような空き地だった。
「おい、どこにマドイがいるんだよ」
ラーニャが雑務課の女性を見ると、彼女は紅を塗った唇を吊り上げた。
良く見れば彼女、なかなか厚化粧である。
「マドイだって? アンタ殿下のことそうやって呼んでるんだ」
「は?」
「随分可愛がられてるんでしょ?知ってるんだからね」
建物の影から、彼女と同じくらいの年頃の女性が二人と、体つきのいい男が三人現れた。
ラーニャを連れてきた女性を取り巻くようにして、五人はラーニャの前に立ちふさがる。
「おい、お前ら何なんだ一体」
「何って、最近調子こいてるアンタに消えてもらおうと思って」
「言ってる意味がわかんねーぞ」
「ふてぶてしい。殿下に愛されてるからって、いい気になるんじゃないわよ」
ラーニャは目を見開いた後、「愛されてる!?」と叫んだ。
「そうよ。アンタマドイ殿下の愛人なんでしょ?」
「あ、愛人っておま……。オレ男だぞ!」
「アンタそれ通用すると思ってんの。あんたの変装はね、男はごまかせても女にはバレバレなのよ」
「……マジで?」
ラーニャは体つきこそ小さいが、男顔だしばれないと思っていた。
せっかく髪を短く切って、胸もさらしで巻いていたのに、同性には無駄な努力だったようだ。
「精霊の守護を受けてるのをいいことに魔導庁に入り込んで、男装を隠れ蓑に殿下とイチャコラしてるんでしょ?」
(何言ってんだコイツ)
彼女は何か大変な誤解をしているようだった。
一体どこをどう見ればラーニャがマドイの愛人だと思えるのだろう。
「ちがうって、愛人どころか好きあってもないって」
「ごまかしても無駄よ! 聖夜の時もアンタが殿下と引っ付いて歩いてんの見た子がいるんだから。それに今日中庭でベタベタしてたじゃない!」
黙っていたらそれなりに美人だろう彼女の顔は、今鬼の形相に変わっていた。
彼女の傍にいる他の女性たちも同様である。
彼女達はラーニャとマドイが愛し合っているとすっかり思い込んでいるのだ。
こういう思い込みの激しい輩に何を言っても通用しない。
「分かった分かった。謝ってやるから許してつかぁさい」
「アンタなめてんの? そんなんで許せるはずないでしょ」
「じゃあどうすりゃいいんだよ」
「アンタが今すぐ魔導庁辞めるなら許してあげる」
彼女はその提案がまるで当然のことだと言わんばかりに微笑んだ。