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激烈出稼ぎ娘  作者: 種子島やつき
第二部
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女の敵は女編1 猫の手も借りたい

 大臣室に期限付きの異動をしてから三日目、ラーニャは金色の瞳を凝らしながら書類の山と格闘していた。

麦の一粒より小さな字を――時には虫メガネすら使いながら――間違いがないかどうか確認していく。


(あー、この仕事断りゃ良かった)


 マドイに「人手が足りないから大臣室で雑用をやって欲しい」と頼まれ、特別手当に釣られて承諾したのが運の尽き。

ラーニャはすぐにその過酷さに根を上げることとなった。

毎日わんさかと生まれてくる書類を、不備がないかどうか調べていく仕事だったが、これがなかなか神経を使うのだ。

開始三日目にして、既に眼精疲労とお友達である。


「大体なんで補佐官のヤツ、急に辞めやがったんだ」


 大臣室が文字通り猫の手を借りることになったわけは、大臣補佐官の突然の辞職にあった。

彼女は年始の休暇が開けてからすぐ、辞表だけを残して逃げるように故郷へ帰ってしまったのである。

若くてマジメそうな女性だったが、人間見た目では分からないものだ。


 ラーニャがぶつぶつこぼしていると、同じく書類の山に埋もれたマドイが小言を言った。


「愚痴を言うのはいいですがね、ちゃんと仕事もして下さいよ」

「でもおかしいと思わねーか? 大臣補佐官て、なるのメチャクチャ大変なんだろ。どうしてあっさり辞めたんだろう」


 大臣補佐官は時に大臣の代理を勤めることもある、重要な役職である。

大学を卒業して上級役人になる試験に合格し、なおかつその後いくつもの難関資格を取らなければ候補者になることすら出来ない。

並々ならぬ努力と頭脳が必要だが、その分給料は破格である。

苦労に苦労を重ねて手に入れた役職だろうに、突然辞職するなどあまりに不自然だった。


「知りませんよそんなこと。逆にこっちが聞きたいくらいです。まぁあの女を信用していた私が馬鹿だったんでしょうがね」


 一方マドイは、ろくに引継ぎもせずに辞めた彼女に怒りしか感じていないようである。

冷たいように見えるが、彼が怒るのも無理なかった。

彼女が突然辞めたおかげで仕事は滞り、今は三人の臨時補佐官と二人の雑用(含むお茶くみ)で大臣室を何とか機能させているのである。


 ラーニャの目の奥が痛くなってきた頃、ようやく一日の仕事の終わる時間が来た。

体を動かさないで目玉だけ酷使する作業は、下手したら工場での重労働より辛いかもしれない。


 疲れきったラーニャが大臣室を出ると、そばで固まっていた雑務課の女性数人と目が合った。

魔導庁には魔法を研究する魔導士だけではなく、事務書類を作ったり備品を管理したりする雑務課の人間たちが働いている。

雑務課に勤めているのは、主に結婚前の良家の女性たちだ。

ミカエル曰く、彼女達はここで手頃な結婚相手を探しているのだという。


 女性たちはラーニャと目が合うと、そしり笑いを浮かべて小声で何かを囁き合った。

ロクなことを話していないのは、その表情と声のトーンで分かる。


 ラーニャが大臣室に来たことを後悔している訳は、これにもあった。

大臣室で雑用するようになってからというもの、雑務課の女性たちに睨まれたり、悪口を言われたりするようになってしまったのである。


(オレが何したって言うんだよ)


 彼女達とラーニャは全く関わりがないのに、嫌われる理由が分からない。

もちろん少々陰口を叩かれるくらいでへこたれたりしないが、思い当たる節が全くないだけに気持ちが悪かった。







 翌日、出仕してきたラーニャが自分の机引き出しを開けると、おかしなことに昨日確認を終えた書類の束が見当たらなかった。

どこか別の所にしまったのかもしれないと他を探してみるが、やっぱり見当たらない。


(ひょっとして、なくした……?)


 ラーニャは自分の顔面から血液が失せて行くのを感じた。

大臣室で扱う書類は、当たり前だが重要なものばかりである。

それをなくしてしまったら、ごめんなさいで済むはずがない。


 顔面蒼白とラーニャは必死でデスクの周りを探したが、いくら頑張っても書類は出てこなかった。

確かに昨日自分の机にしまったはずなのに、書類がどこにもないのだ。

念のため他の人の机も見てみたが、結果は同じである。


 正直なラーニャはマドイが来たと同時に書類をなくしたことを報告し、そしてとてつもなく叱責された。


「今度やったら分かりますか? この鞭でイヤというほどひっ叩きますからね!」

「ごめんなさい。ごめんなさい」

「他にも実験やら拷問やらでしばき倒してやるから覚悟おし!!」


 その日一日中、ラーニャの尻尾はだらりと垂れ下がったままだった。

大事な書類をなくすなんて、単純だがあってはいけないミスである。

二度とこんなことをしないよう、ラーニャは大臣室を出る時今日確認した書類をしっかりと机の引き出しにしまいこんだ。


 だが翌日、ラーニャがマドイに書類を提出しようとして引き出しを開けると、昨日と同じことが起こっていた。

やはり、書類がないのである。


(どうして……?)


 昨日帰るとき、確かに書類を引き出しにしまったはずである。

しかしあるはずの書類は、忽然と姿を消していた。


(もうダメだ……)


 マドイの鞭でボコボコになるまで叩かれる自分の姿が目に浮かぶ。

ラーニャはマドイに知られる前に、ここから逃げてしまおうかと思った。

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