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激烈出稼ぎ娘  作者: 種子島やつき
第二部
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聖なる夜には奇跡が起きる?編5 祭りに浮かれた愚民共

 きっとやぐらが組み立てられる前に、展望台の床になる部品にあらかじめ爆弾をくくりつけておいたのだろう。

爆弾はどうみてもやぐらを解体しないと回収出来ない場所にあった。


「どうしよう。あんな所じゃ手も足も出ねーよ」

「少し黙ってなさい。今方法を考えます」


 マドイはしばらく爆弾を眺めていたが、その顔は次第に難しくなっていった。


「あそこに銀色の液体が入っているのが見えるでしょう? アレは時限装置です。ここから見る限りだと、あと十五分ほどで爆発します」

「……十五分って、ちょうど年明けの瞬間じゃないですか!」


 男が青ざめたまま、広場の時計台を指差す。

ラーニャたちが酒をあおったり工場に忍び込んだりしているうちに、いつの間にか新年はすぐそこまで押し迫っていた。

広場に人が一番集まるのは、言うまでもなく年越しの瞬間である。

もしマドイの言うとおりの時間に爆発が起こったら、歴史的な大惨事になることは火を見るより明らかだった。


「あと十五分でどうするんだよ!? お前魔導大臣だろ? なんとかしろ!!」


 「魔導大臣」という単語に反応して、男がはじかれるようにマドイの方を見る。

まさかとは思ったがこの男、今までマドイの正体に気付いていなかったらしい。

だが今そのことについて長く話している余裕はなかった。


「あの爆弾、構造からして、瞬間的に強烈なエネルギーを加えれば、おそらく機能が破壊されると思います」

「だったらそれをやれっての! 魔法使えるんだろ!?」

「しかしあの爆弾は火と水の魔法技術を用いて作られていますから、火と水の精霊の守護を受ける私が魔法を使っても逆効果です」


 解体するのも不可能。

機能停止させるのも不可能。

ラーニャはこのまま広場が血に染まるのを、指を加えて見ていることしか出来ないのか。


 しかしマドイは二人の方を向き直ると、力強く言った。


「はっきり言って、あの爆弾の爆発を防ぐことは不可能です。しかしここにいる人間たちを避難させることは出来ます」

「あと十五分でか?」

「ええ。完全に逃げ切ることは不可能でしょうが、私が爆風を結界で最小限に食い止めます」


 とは言っても、家十件を余裕で吹き飛ばす規模の爆弾である。

いくら魔法の得意なマドイとはいえ、食い止めるのは至難の技なはずだ。


「……できるのか?」

「私を誰だとお思いですか? この魔法大国ロキシエル第二王子にして魔導大臣、マドイ・ロキシエルですよ?」


 そういって微笑むマドイの顔は、とろけてしまいそうな妖艶さがあり、なおかつ自信で満ち溢れていた。

とてもさっきまで酔い潰れてクダをまいていた人間と同一人物には見えない。


「分かったら、さっさと市民を誘導しにお行き!」

「了解!」


 ラーニャと男は二人でうなずくと、大きく腕を振って広場中の人に叫んだ。


「みんな聞いてくれ! このやぐらにはヤバイ爆弾が仕掛けられてるんだ! 早くここから逃げてくれ!」

「早く逃げないと広場がふき飛びます! 早く逃げてくださーい!!」


 群集は最初、何事かと顔を見合わせたが、すぐにラーニャたちを気にしなくなった。

それどころか二人が叫ぶのを止めないでいると、邪魔だと野次を飛ばす始末である。


「だからホントなんだって言ってんだろー!!」

「黙れマオ公!!」


 一人が叫ぶと、群衆は一斉にラーニャに向かって罵詈雑言を投げかけ始めた。

罵声だけでは飽き足らず、そのうち石を投げる輩まで出てくる。


 このままでは間に合わない。

ラーニャが焦りと自分の無力さを噛み締めていると、ふと横を黒いものが過ぎ去った。

次の瞬間乾いた音を広場に響かせたそれは、紛れもなくマドイが手にした黒い鞭であった。

なかなか群衆が避難しようとしないことに痺れを切らしたのだろう。

マドイは自慢の銀髪を凍てついた夜風にはためかせると、艶やかな美声を目いっぱい張り上げた。


「祭りに浮かれている愚民ども! その耳の穴かっぽじってよーくお聞き!! このやぐらには少年の言うとおり爆弾がしかけられています。死にたくなかったらさっさとお逃げなさいっ!!」


 一瞬にして静まり返った広場に、「王子だ」「マドイ殿下だ」という呟きが漏れた。

王族は行事などで顔を見せることが多いから、一般庶民でも顔を知っている者は多い。

とりわけマドイはこの美しさだから、人々の記憶にも特に残っていたのだろう。


 マドイの登場により爆弾が本当にあると知った群集たちは、一斉に広場から逃げ始めた。

やもすればパニックになりそうな状況だったが、マドイはそれを新調した鞭を鳴らしながら上手く誘導していた。

その姿はまるで群集(こくみん)という猛獣を手懐ける猛獣使いさながらである。


 結果十分足らずという驚異的な短時間で、マドイは三百人近くの人間を広場から撤退させた。

ラーニャは彼のことを単なる可哀想なあんちゃんだと思っていたが、評価を改める必要がありそうである。


「マドイ……。お前やるじゃねーか!」

「当たり前でしょう? これでも王族の端くれですもの」


 避難を完了させたマドイは、結界を作るために呪文の詠唱を始める。

だがその詠唱が半分近く終わったところで、避難していた群衆の中の一人が大声を上げてやぐらを指差した。

なんとやぐらの上には、小さな女の子が一人で取り残されていたのである。


 年明けまでは後一分少し。

今から助けに行く時間はない。


 ラーニャが歯軋りをしていると、その横を一人の男がやぐらに向かって走りぬけた。

そうそれは他の誰でもない、ラーニャが自殺を止めたあの冴えない中年の男であった。


「おっさん何してんだよ! 戻ってこい!!」


 男はラーニャの言葉を無視してやぐらに駆け上がると、泣いている女の子を抱き上げ叫んだ。


「ラーニャ君! 今からワタシがこの子を投げますから、受け止めてください!」

「投げるって――お前はどうなるんだ!?」

「ワタシはどうせ死のうと思っていた男です。こんな風に死ねるなら後悔ありません!!」


 男はひ弱な掛け声と共に、少女をラーニャめがけてぶん投げた。

少女は無事にラーニャの腕の中に着地したが、爆発まではあと十秒少ししかない。


「ラーニャ君、マドイ殿下! 最後にワタシに楽しい時間をありがとうございました!! 今まで一番楽しい数時間でした!! 本当にありがとう!!」


 冴えなかった男の顔は今、これ以上ないほど輝く笑顔を浮かべていた。

恋人もおらず仕事すら失った彼は死を選び、ラーニャに助けられ、そして再び死を選んだのだ。

今度は惨めさから逃れるためでなく、誰かを助けるために。


(おっさん――名前すら聞いてなかった――)


 そして年明けを向かえた広場には、まばゆいばかりの閃光と轟音が走った。

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