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激烈出稼ぎ娘  作者: 種子島やつき
第二部
40/125

聖なる夜には奇跡が起きる?編3 酒は飲んでも飲まれるな

 男は上背があったが、痩せているせいか小柄なラーニャでもなんなく欄干から引き摺り下ろすことが出来た。

彼女に羽交い絞めされても、まだ男は橋の上から飛び降りようと抵抗する。

最初は単なる酔っ払いだと思ったのだが、「死なせてくれ」という彼のセリフを聞いて、その考えを改めた。


「聖なる夜に死なせてくれたぁ、おっさん穏やかじゃねーな」


 抵抗を諦めた男は地べたに座りこむと、弱々しく啜り泣きを始めた。

彼の年齢の割りに寂しい頭髪と奥に引っ込んだ小さな目が、何となく哀愁を感じさせる。

着ている物も全体的に垢抜けなくて、彼は「冴えない中年」の見本のような男だった。


「おっさん川に飛び込もうとしたり泣き出したり、そんなに嫌なことがあったのか?」


 男は凍りついた石畳を見つめたまま、無言で首を縦に振る。


「オレで良けりゃ聞かせてくんねーか? 飛び込むならそれからでも遅くねぇだろ?」

「……」


 男はしばし考えてから、再び首を縦に振った。

余程思い詰めていたのだろう、彼は冷たい地面に座ったまま静かに話し出す。


「……ワタシ、仕事をクビになったんです。病気のお袋に仕送りしなきゃいけないのに、ある日突然止めろと言われて……」

「それだけで死のうとしたのかい? 仕事なんてまた探せば良いだろ?」

「でもワタシこの年なのにまだ独身で、恋人すら今までできたことないんです。だからなんか聖夜のカップルを見てたら、自分がどんどん惨めに思えてきて――」

「――それで死のうと思ったわけか」


 ミカエルから聞いてはいたが、まさか本当に聖夜に一人身なのが原因で自殺しようとする人間がいるとは、王都は驚いた所である。


「これじゃ何のための聖夜なんだか……」


 ラーニャが今にも雪がふりそうな夜空を見上げてため息をついていると、まだ酔いが覚めていないマドイがおぼつかない足取りでこちらにやってきた。

先程までクダを巻いていたというのに、今は妙に上機嫌そうである。


「あれれ~? この人なんか泣いてるんですけど、どうしたんですかー?」

「恋人いない暦イコール年齢で、突然失業したから死にたいんだってよ」

「そうですかー。あはははは」


 マドイが声を上げて笑う所をラーニャは始めて見たが、状況が状況なだけに嬉しくも何ともなかった。

マドイは息を白くしながら、未だに地面に座っている男の顔を失礼なほど覗きこむ。

男はマドイの美しすぎる顔を見て驚いていたが、マドイはそれを気にすることなく彼に話しかけた。


「あなた、恋人いないんですかー?」

「は、はぁ……」

「そうですか。そーですか。私は婚約者がいたんですよ。スゴイでしょう?」

「ええ。そうですね……」

「で・も! あの女私をずーっと騙してたんですよ。それで別れました。いーじゃないですか、あなた。騙されてないんだから!」


 ラーニャはまだ男に絡もうとするマドイを力尽くで引き離した。


「すいません、コイツ酔っ払ってて」

「嫌なことがあった時はお酒飲むのが一番ですよ。あなたもどんどん飲みなさい。恋人限定の聖夜なんてクソくらえです」

「おいマドイ!」

「みんなでどこかに飲みに行きましょうよ。寂しい三人で、パーッと聖夜を向かえましょう?」


 酔っ払いの適当な提案だったが、ラーニャはそれもなかなかいいかと思った。

このままマドイを広場に連れて行くのも億劫だし、何よりここで男を放って帰ったら彼はまた川に飛び込もうとしそうである。


「そりゃぁいいかもなあ。おいおっさん、こうして知り合ったのもなんかの縁だ。銀髪の驕りで一緒に飲みに行こうぜ」

「しかしワタシは……」

「いつまでもそんなトコでウジウジしてんじゃねぇや。そんなんじゃ上手く行くもんも行かねぇぞ」

「……でも」

「いいか?聖なる夜ってのは奇跡が起こるもんだ。……ホームレス三人組が、赤ん坊拾って名付け親になったりとか。――アンタもオレたちと飲んだら良いことあるかもしれねーじゃねーか」


 ラーニャはまるでナンパのような文句を駆使して、強引に男を飲みに連れ出した。

すぐそばに手頃な酒場があったので、三人はそこへ入る。

最初は遠慮していた男も酒が入ると段々打ち解けてきて、最終的にはマドイをしのぐほどの饒舌になっていた。


「だいたい何で世の中の女は、顔の良い男と稼ぎの良い男とばっかとくっつくんだバカヤロー」

「いいです。もっと言いなさい!」

「男は金と顔だけじゃねーぞバカヤロー。俺だって好きで貧乏してるんじゃねーぞバカヤロー」


 マドイは嬉しそうにはしゃぎながら、男のグラスにビールを注いだ。

男は何杯目かのそれを、ためらうことなく一気に飲み干す。

ラーニャも最初は二人を保護者的な目で見ていたのだが、注がれて酒を飲むうちに自身も完全な酔っ払いへと変貌していった。


「おっさん良く飲むねぇ。ヒューヒュー」

「当たりめーだ。飲まずに失業者やってられるかってんだ!」

「だいたいなんで社長はアンタをクビにしたのかねぇ? アンタマジメそうじゃねーか」

「ソコだよソコ! ソコがおかしいんだよ! なんか社長の部屋に入ったら変な物体が置いてあってさ。それ何か聞いたら、いきなりクビだもんよー」

「何だよそれ。納得いかねー」


 ラーニャはまるで自分のことかのように腹が立ち、拳をテーブルの上に叩きつけた。

大きな音がして、コップに注いであった酒が少しこぼれる。


「ちょうどいい機会だ。今から社長のトコに直談判しに行こうぜ」

「ちょっ、それはいくら何でもまずいんじゃ」

「オメェそんなに弱気だからクビにされちまうんだよ! 貴様それでも三十路の男かー!」


 男は救いを求めるような眼差しでマドイを見たが、あろうことか一国の王子である彼は、酒の勢いでラーニャの提案に乗っかった。


「いいですね。行きましょう!労働者を守るのも王家の人間の勤めです!」


 こうして三人は、寒い聖夜に彼が働いていたという小さな町工場へ乗り込むこととなった。


 皆さんはこんな酔っ払いにならないで下さい。

飲酒運転とかダメ絶対!!



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