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激烈出稼ぎ娘  作者: 種子島やつき
第一部
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はじまり編3 前門の壁後門のチンピラ


「ここ行き止まりじゃないですか!何考えてんだアンタ!!」


 アーサーが胸倉を掴む勢いでラーニャに迫るのも無理ないことである。

三人の前に立ちはだかる壁は大の大人が肩車をしても越えられる高さではなく、まさに自分から逃げ場のない袋小路に追い詰められた形だった。


「この街ってよぉ、みんな好き勝手に建てるから行き止まりばっかなんだよな。ほんと迷惑でしゃーねぇ」

「今そんな話しているときじゃないだろう!!」


 ラーニャたちが仲間割れをしている間にも、チンピラ軍団は凶暴な笑みを浮かべて迫ってくる。

だがラーニャはそんな絶体絶命の状況にも関わらず、なぜか余裕な態度を崩さなかった。


「オレこの街に来てすぐ分かったんだけど、ここの地盤ってかなり悪いのよ」

「それが今と何の関係がある」

「たぶん溜まってた地下水がなくなったせいだと思うけど、地面のすぐ下にでかい空洞がある所がたくさんあるんだよ」

「……」


 アーサーは一人で喋っているラーニャから顔を背けると、差していた剣をスラリと抜いた。


「すぐに調べりゃ分かると思うんだけど、こんな所役人なんて来ないからなー。少しでも地面にひびが入りゃ穴が空く所に、みんな知らないで家とか道とか作るわけ」

 

 アーサーはラーニャを無視して剣をかまえる。

だが彼が剣を振るうより先に、ラーニャはチンピラ共の前に躍り出てると、大きく拳を振り上げた。


「おい何をす――」


 アーサーが言い終わる前に、ラーニャは渾身の力で地面に拳を叩きつけた。

その痩せた腕から発せられたものとは思えないほどの衝撃が、鈍く辺りの地面に走る。


「おい何やってんだ?」

「このゴーレム壊れたんじゃねぇか?」


 意味不明なラーニャの行動をチンピラたちがあざ笑う。

だがそれも僅かの間だった。

辺りに地響きがとどろいたかと思うと、チンピラたちのいる石畳の上が小刻みに震え出したのだ。


「何だコリャァ!」


 チンピラたちが逃げ出す間もなく、石畳の上には蜘蛛の巣状の亀裂が走り、ガラガラと下に向かって崩れ始めた。

三十人以上はいたチンピラ軍団は、あっという間に突然現れた大穴の中へ吸い込まれるように消える。

空いた穴の深さは大人の男の身長三人分はあり、自力で這い出すのはまず無理だった。


「スゴイよラーニャ!大地系魔法使ったの!?」

「まさか。ちょっと地面にひび入れてやっただけだよ。」


 先ほどアーサーに言ったように、この街の地下には少しの刺激で崩壊する危険な地下空洞がたくさんある。

この狭い裏路地がある場所もその一つだ。

何度か道に迷ったおかげで、ラーニャは偶然そのことを知っていたのだが、何が幸いするか人生分からないものである。


「最初からこうするつもりでわざとここに来たんですか。しかし拳一つで地面にひびを入れるなど……」

「オレ、筋力と体力だけは自信あんのよ」

「でも……」


 アーサーはまだ食い下がろうとしたが、ミハイルがそれを遮る。


「そんなことより、どうやってここから出るのっ?」


 言われてみれば、前方には大穴、後方には壁である。


(ヤベェ。そこまで考えてなかった)


 しかしこれだけ大騒ぎしたのだから、いくらゴミため同然の街とはいえ、じきに警備隊がやってくるだろう。


 しばらくするとラーニャの予想した通り、騒ぎを聞きつけた警備兵たちがやってきた。

彼らに板切れの橋をかけてもらい、三人は何とか穴の向こうへ渡りきる。

だが安心したのも束の間、警備兵たちは橋から降りたラーニャを即座に拘束した。


「オイコラ何しやがる」

「黙れマオ公!お前が騒ぎを起こした張本人だろう」


 警備兵の言い分はあまりに横暴であったが、驚いているのはミハイルとアーサーだけで、出てきた野次馬たちも当然のようにそれを眺めていた。


 マオ族はもともとこの国――ロキシエル王国の国境辺りで独自の領地を有していた民族であり、先代の王の治世まではこの国の国民ですらなかった。

先王と族長の話し合いによりマオ族の領地はロキシエルに併合され、マオ族もロキシエルの国民となったが、元々辺境の蛮族と言われていた民族、併合から何十年とたった今もマオ族は生粋のロキシエル国民からの差別と偏見ににさらされていた。

職にありつけないのも、こうして警備兵に弾圧されるのも、まさにマオ族への差別の一端だった。


「兵隊さん!ラーニャはボクを助けてくれたんだよ。何も悪いことしてないよ!」

「ぼっちゃん、マオ公に騙されちゃイケないよ。コイツらは平気で犯罪を犯すんだ」

「違う……。ラーニャもなんか言ってよ」


 ラーニャは涙目のミハイルに向かって黙って首を振った。


「ダメだよコイツらは。オレ自身がどうだか関係ねぇ、マオ族ってだけで犯罪者と思ってやがる」

「違わないだろうが。ひょこひょこ都に出てきて俺たちの仕事増やしやがってよぉ。薄汚い野良猫どもが」


 警備兵の一人がラーニャを小突こうとしたが、アーサーがそれを止めに入った。


「やめてください。彼は本当に私たちを助けてくれたんです。彼を離してください」

「しかしコイツらは放っておくと……」

「あなた方は何の罪のない一般市民を拘束する気ですか?マオ族という理由だけで?マオ族への差別は禁止されているはずですが」


 年若い青年とは思えないほど堂々としたアーサーの態度に、警備兵たちがたじろぎ始める。

アーサーは隊長らしき男の目を真っ直ぐ見て続けた。


「もしこのまま彼を拘束し続けると言うなら、こちらにも考えがあります。こちらにいらっしゃるミハイル様のお父上は、大変顔の広いお方でしてね。あなた方の上官にこのことを報告してもいいんですよ?」

「何だと?」

「マオ族への対応にはお上は大変気を使ってらっしゃいますからね。見せしめにつるし上げなんてことにも――」

「……そこまで言うなら分かった。好きにしろ」


 ラーニャを半ば突き飛ばすようにして離すと、警備隊は回収したチンピラ共を連れて引き返していった。

野次馬もつまらなそうに各自の家に戻っていく。


「ありがとな。アーサー」

「……貴方は、ああなると分かっていたんじゃないですか?」

「まぁな」


 騒ぎを起こして警備隊が来れば拘束される――マオ族のラーニャにとっては当たり前のことだった。


「ならどうして私たちを助けたりなど……」

「冷たくされるからって冷たくし返したんじゃなんも始まんねーからな」


 ラーニャは星の瞬く夜空を見上げると、はにかんだように笑った。


「それにホラ、ミハイルオレのこと嫌がらなかったし」

「ふぇ?」

「一緒に行動してくれただろ?オレ結構嬉しかったんだぜ」


 ミハイルとアーサーはラーニャに何度もお礼を言うと、明るい道に向かって帰って行った。

すっかり遅くなってしまったし、明日も早くから仕事があるが、ラーニャの気分はすこぶるいい。


「あー、早く帰って寝るかぁ」


 ラーニャは下宿に向かって、暗く薄汚い路地を軽やかな足取りで歩きだした。


 はじまり編はこれで終わりです。

次からは王宮殴りこみ編、ますます主人公のテンションがUPしていきます。

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