聖なる夜には奇跡が起きる?編1 聖なる夜は誰の物?
一週間後に年明けを控えた王都には、この冬一番の大寒波が押し寄せていた。
空は雪を降らしそうな雲でどんよりと曇っており、凍てついた北風が王都の町並みをすり抜けて行く。
それでも王都の人間は平気な顔をして町を闊歩していたが、南から出てきたラーニャにとってこの気温はたまったものではなかった。
少しでも風が吹けば猫耳が千切れそうになるし、尻尾なんてあまりの寒さに固まってしまいそうになる。
ラーニャは着込みすぎでダルマのようになりながら、春の到来を毎日のように祈っていたが、そんな彼女にも王都の冬で楽しみにしていることが一つだけあった。
それは年越しの聖夜に行われる精霊祭である。
精霊祭は王都中の住民をあげて行われる、年越しの瞬間を祝う祭りだ。
当日の夜には街中の至る所にキャンドルが灯され、それはそれは美しいという。
聖夜をあまり祝わないマルーシ地方出身のラーニャは、キャンドルの灯火を見るのを何よりも楽しみにしていた。
だが魔導庁での昼休み、ラーニャがミカエルにそのことを話すと、彼は非常に驚いた顔をしていた。
彼はつぶらな瞳をさらに丸くしながら、ラーニャの方を指差して叫ぶ。
「えええっ!? ラーニャ、君いつの間に恋人なんか作ったの!?」
予想の斜め上の反応にラーニャはしかめっ面をすると、思わず「はぁ!?」と叫んだ。
「どーして、キャンドル楽しみにするのと恋人作るのが関係あるんだよ?」
「だって君、聖夜にキャンドル見に行くんでしょ?」
「それがどーしたんだ」
「あれって、恋人がいる人じゃないと見に行っちゃいけないんだよっ!」
ラーニャは驚いて、つい椅子からひっくり返りそうになってしまった。
恋人同士ではないとキャンドルを見に行けないなんて、そんな奇妙な掟が存在するとは都会とは不思議な所である。
(せっかく楽しみにしてたのに……)
ラーニャががっくりうなだれていると、傍で書類を整理していたレンが呆れ顔でため息をついた。
「そんなルール、存在するわけないだろうが」
「え? 今の嘘なの?」
「当たり前だ。第一どうやってそんなルールを実行する?」
レンは「何言ってるんだ」と言わんばかりの表情でミカエルを見たが、否定された本人はまだその奇妙なルールを譲ろうとしなかった。
「だって本当だもん。聖夜に恋人がいない人は、外出歩いちゃイケないんだよっ」
「いくらなんでもそりゃねーだろ」
「嘘じゃないよー。別に法律で決まってるわけじゃないけどさ、暗黙の了解だよ。聖夜は恋人と一緒に歩いてないと、世間から笑われるんだ。だから聖夜ために皆わざわざ恋人作ったりするんだよっ」
ラーニャは首をかしげたが、レンは何の反応も示さないままだった。
「するってぇと、王都の人間は聖夜に笑われないためだけに恋人作るってぇのかい?」
「うん。王都じゃ聖夜に家族や恋人と過ごさない人間は皆から馬鹿にされるんだ。だから日頃から目ぇ付けといた無難そうな異性と、聖夜直前にくっつくの」
「……好きでもないのに?」
「聖夜に一人でいるよりは、とりあえずでも誰かがいた方がマシだからね。例年聖夜に恋人がいないのを悲観して自殺する人もいるくらいだよっ」
ラーニャは口をポカンと開けると、やがて力いっぱい叫んだ。
「王都の人間は馬鹿か!?」
笑われないためだけに、適当な異性を選んでその場限りの恋人ごっこ。
馬鹿馬鹿しいにも程がある。
しかもそれで自殺するヤツまでいるなんて、王都には選りすぐりのドアホウが集まっているとしか思えない。
「王都の人間はみんな頭ビョ―キなんじゃねぇの?誰か医者持って来い!」
「もちろん、ちゃんと好きあってる恋人同士はたくさんいるけどね。中にはそーゆーのもいるってことっ」
「信じらんねぇ。恋人ってのは恋するからできるもんであって、『作る』モンじゃねぇだろーが。――オレは誰に笑われようと、絶対キャンドル見に行くからな!」
数日後、ラーニャは「何が何でもキャンドルを見に行く」という決意を抱きつつ、待ちに待った聖夜当日を向かえた。
とはいっても精霊祭は夜なので、日中はいつもどおり魔導庁でお勉強である。
しかし昼休みを向かえると、先生であるサリーはいきなり帰り支度をし始めた。
「あれ? 先生早退ですか?」
「はい。今日は聖夜なので夫と過ごすんです。ディナーが早めなんで今日は半休取ったのです」
たった一人の先生が帰ってしまったら、授業は続行不可能である。
困ったラーニャはマドイの所に行って、自分も早退させてもらうことにした。
しかし立派な大臣室の扉を叩いても、中から返事が返ってくることはない。
(おかしいな。この時間は必ずいるはずなのに……)
ラーニャが鍵のかかってない扉を開けると、中からプンと酒の匂いがした。
驚いて室内に入ると、何とマドイが執務中にも関わらず魔導大臣の椅子でワインをあおっている。
しかも赤らんだ顔とワインボトルを見るに、相当進んでいるらしかった。
「テメー何やってんだよ!? 勤務中だろ!」
「いいじゃないですか~。今日は聖夜ですよ~」
いつもの威圧感はどこへやら、マドイはすっかり酒に飲まれてグダグダになっていた。
性格に難ありだが仕事はきちんとする彼が、一体どういう風の吹き回しだろうか。
「どうしたんだよ? お前らしくないぞ」
「良いでしょうたまには~。どうせ皆半休とって恋人とラブラブしてるんでしょう? 酒ぐらいどうしたんですか!! どーしてこの私が聖夜に一人きりなんですか!? おかしいですよ!!」
マドイはグラスを机の上にドンと叩きつけた。
「テメェ……ひょっとして聖夜に恋人がいないから、ヤケになってんじゃねーだろーな」
「そーですよ。悪いですか?」
今マドイの人間性は酒のせいですっかり崩壊してしまっていた。
彼は空になったグラスをラーニャに向け、ろれつの回らない舌で叫ぶ。
「ラーニャ! どうせ貴方も一人ぼっちでしょう? こっち来て飲みなさい!」
「えっ……」
「これは大臣命令です! 飲まないとクビです!!」
(こんなことなら黙って帰ればよかった)
ラーニャはひどく後悔したが、それは既に後の祭りだった。
忙しくなってきてしまったので、今日から更新スピードを毎日から一日おきに変えようと思います。
ちゃんと完結させますので、皆様これからも「激烈出稼ぎ娘」をよろしくお願いします。