精霊隠し編11 親の資格
ラーニャが目を覚ますと、そこは何もない真っ白な空間だった。
その空間はどこまでも続くように見え、熱くもなければ寒くもない。
「ひょっとして、天国か?」
ラーニャが呟くと、それに答えるかのように例の土人形がいきなり目の前に現れた。
「わわわっ!!」
突然姿を見せたグルゲゲ様に、ラーニャは思わず後ずさる。
グルゲゲ様はそんな彼女の反応を面白がるかのように、ますます姿を増やした。
「な、何なんだよお前ら。オレを食う気か!?」
傍から見れば妊婦の土人形に囲まれるラーニャの姿は滑稽だっただろうが、彼女自身はそうではなかった。
わけの分からない場所に突然連れてこられて、得体の知れない土人形に囲まれる。
これ以上恐ろしいことはなかなかないだろう。
「く、食うなら一思いにやってくれよっ?」
「ラーニャを食べたりなんかしないよ。私たちは君を守っているんだから」
いきなり人形が喋りだす。
ラーニャはとうとう尻もちをついた。
「えっ? あ? あ、ひょっとしてお前ら大地の精霊?」
「そうだよ。いつも君のそばにいるじゃないか」
「あ、いつもお世話になってます……」
もはや動揺して訳が分からなくなっていたラーニャは、律儀に頭を下げた。
土人形たちは面白そうに体を左右にゆすっている。
「やっぱり面白いなぁ、ラーニャは。私たちから子供を取り返しに来たんじゃないの?」
「あ、そうだっ! 子供を返してもらいに来たんだ!」
「ま、ダメだけどね」
「ちょっ、そこを何とか……」
「だーめ! ほら、これを見てみなよ」
人形の視線の先を見ると、いつの間にか大勢の子供たちが白い空間の中で土人形たちと遊んでいた。
中には先ほど見かけた少年と少女、もちろんエリィもいる。
あそこにいるのは、間違いなく最近失踪した子供たちだった。
皆子供らしく、屈託のない笑顔で元気に遊び回っている。
場所が場所でなかったら、微笑ましい光景だった。
「みんな楽しそうでしょう? あんなに元気に笑って」
「ああ……」
「あの子たちがここに来る前、どんな生活を送ってたか知ってる?アイツら、私たちにあの子たちが欲しいと望んだくせに、いざ手に入れてみれば殴ったり蹴ったり酷いことしたんだよ? 私たちはそんな目に合わせるために、あの子たちを生まれさせたわけじゃないのにっ」
土人形は体をゆすったり飛んだりして怒りをあらわにしていた。
丸っこい土人形が飛び跳ねたりしている姿は、どこかユーモラスだが恐ろしくもある。
「あの子たち、ここに来る前はあんなふうに笑ったこともなかったんだよ? 君も知ってるでしょ?」
「……」
「あの子たちは、もう戻さない方が幸せなんだ。ずっとここで私たちと暮らすんだよ」
ラーニャも彼らの言っていることは分かる。
だってあんなに怯えていたエリィが、とても楽しそうに笑っているのだ。
しかしラーニャは彼らのセリフをさえぎる。
「でも……子供たちは元の世界に戻さなきゃダメだ。だってあいつらは人間なんだ。たとえ辛い世界でだとしても、成長する権利があるんだよ」
「じゃあ、ラーニャはあの子たちがどうなってもいいの?」
「そりゃあ良くないさ。だからオレに考えがある」
土人形たちはラーニャの考えを聞くと、面白そうに笑いだした。
怒ったり笑ったり、大地の精霊はまるで子供のような性格である。
「確かにそれは名案だね」
「――だろ?」
「でも、それで子供たちを素直に帰しちゃうのもつまらないな」
土人形たちの動きがピタリと止まった。
突如として動きを止めた彼らの様子に、ラーニャはたらりと冷や汗をかく。
何かまずいことになりそうな予感がした。
「ねぇ、ラーニャ。君は自分が将来親になる資格があると思う?」
「な、なんだいきなり」
「私たち、親になる資格もない人間の言うことは聞けないな」
「そんなこと言ったって……。オレまだ親どころか独身だし」
「だから今から試験することにする」
やはり厄介なことになってしまった。
しかしここで逃げ出すわけにも行かないし、逃げ出せるわけもない。
ラーニャが「で、試験ってなんだよ」と呟くと、土人形の周りに小さな光の玉が浮かんできた。
無数にあるその光は、見ようによっては人魂のようにも見える。
「これはこれから生まれてくる人間の命だよ。好きなのを一つ選んで。私たちが良いって言うまで持ってられたら、子供たちを戻してあげる」
ラーニャは言われた通り、そばに漂っていた光の中から一つ選んで両手に包んだ。
彼らの言い方から大層重いのかと思ったが、持ってみれば意外に軽い。
「なんだ。楽勝じゃん」
「始めはみんなそう言うんだよ。見てな段々重くなってくから」
人形の言うとおり、ラーニャが持っている光の玉は時間が経つごとに重くなっていった。
最初は鼻歌混じりでも平気だったが、次第に余裕をかましてもいられなくなる。
「――確かに重いな」
「でしょ? だから途中で投げ出しちゃう人も多いんだよ」
会話をしている間にも、光はますます重量を増してくる。
ついには並外れた筋力を持つラーニャでも脂汗を流すほどになってきた。
光を持った腕が痺れてきて、ラーニャは歯を食いしばる。
限界が近づいて来て、肩の骨が少しずつ軋み始めた。
両腕に襲いかかる痛み。
ラーニャが苦戦するほどの重さとは、一体どれくらいのものなのか。
「ほらほら重いでしょ? もう離しちゃえば?」
「イヤだ」
「強情だなぁ。腕が折れちゃうかもしれないよ? 離しなよ~」
精霊の挑発に乗るまいと、ラーニャは手の中にある光を眺めた。
小さいが、しっかりとした光を放ち続けるそれ。
耐えられないほど重たいが、支えている手には優しいぬくもりが伝わってくる。
「これが『命の重さ』ってヤツかよ。たまんねぇな」
「離せば砕ける。離さなきゃ君の腕がちぎれる。どうする?」
「決まってんだろバカヤロー! 離すわきゃねーだろうが! テメェの体犠牲にして子供守んのが親の資格ってヤツなんだろぉ!?」
また一段と、光の玉が重くなった。
もう既にラーニャの腕力の限界を越えている。
「ぜぇったい離すもんかあああぁぁっっ!!」
ラーニャはその叫び声を上げると同時に、意識を失った。