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激烈出稼ぎ娘  作者: 種子島やつき
第二部
35/125

精霊隠し編10 聖地グルゲゲ

 聖地グルゲゲはラーニャが思っていたよりも王都の近くにあった。

朝に出発して、着いたのがお昼前である。

この距離なら王都からの巡礼者も多いはずだと納得した。


「しかし、すごい景色だな」


 グルゲゲは、大地の精霊の聖地にふさわしい景観だった。

そこかしこに転がる巨大な岩と、むき出しの大地から生えた古い大木たち。

王都からやって来た子供を望む夫婦たちがたくさんいるのに騒がしさはなく、むしろ神聖な空気さえ漂っている。

そして全身に感じる、強い精霊の気配。

ラーニャを守護してくれている大地の精霊が、まるですぐ隣に立っているかのような感じさえした。


 辺りに漂う異質な空気に、同行したマドイとミカエルも興味深そうな面持ちでいる。


「さすが聖地と呼ばれる場所ではありますねぇ」

「それはいんだけどさ。どうして大臣がここにいんのヨ。仕事ねーの?」

「お黙りなさいっ! これも立派な仕事です! 滅多にない精霊隠し事件、魔導士としてこれを見過ごしてどうしますか」


 マドイは大臣としてではなく、一人の魔導士として今日の聖地礼拝に参加したようだった。

ミカエルは「面白そうだしヒマだからっ」と言っていたので、それ以上の理由はないのだろう。


 裸の男女が描かれた「子孫繁栄タペストリー」を興味津々で眺めるミカエルを横目で見ながら、ラーニャは難しい顔をした。


「ホントにここに来れば子供たち帰してくれるのかなぁ?」

「五十年前の事件は、守護を受ける者が同じように精霊の聖地で子供を取り返しましたからねぇ。まずはやってみるしかないでしょう」


 だがマドイは悩ましげに眉を寄せ、小さくため息をついている。

そういえば彼は、この聖地グルゲゲに着いてから浮かない顔ばかりしていた。


「どうしたんだよ。やっぱり自信ないのか?」

「本当なら、ローズマリーとここに来る予定だったんですけどねぇ……」


 ラーニャがマドイに婚約者がいたことを知ったのは、つい最近のことであった。

その婚約者はあのローレの娘で、父親と一緒に長い間マドイのことを騙していたという。

政略的な意味が大きいとはいえ、一生を共にしていこうと思った女性に裏切られた彼の心の傷は、いかほどのものだろうか。


(つくづく難儀なヤツだなぁ……)


 気まずい空気を漂わせながら、一同は聖地の中心である「グルゲゲの岩」に向かった。

グルゲゲの岩は、真ん中に裂け目の入っている小山のように大きな岩だ。

なぜここが中心なのかは分からないが、きっとここに一番精霊が集まるのだろう。


 ラーニャは岩の目の前まで来ると、天を突くほどの大きさがあるそれを仰いだ。

こんな大岩が出来たのは大地の精霊が集まっていたからか、それとも大岩があるから精霊が集まってくるのか。


 ラーニャが生まれて始めて見る山のような岩に見とれていると、ふと子供の笑う声が聞こえてきた。

辺りを見回して見るが、そばに子供は誰もいない。


「おいミカエル。今の声聞いた?」

「声?誰の?」


(おかしいなあ)


 ラーニャが首をかしげていると、また子供が笑う声が聞こえてきた。

それも一人だけではない。

まるで大勢で遊んでいるような、たくさんの笑い声が聞こえてきたのだ。

目を瞑れば、子供たちが集団ではしゃいでいる姿が見えてきそうなくらいである。


(何なんだこれは?)


 ミカエルもマドイも、そして周りの護衛兵たちも誰一人として声が聞こえているようには見えない。

これはラーニャだけに聞こえる幻聴なのか、それとも――。


 大勢の兵士の間を、一人の少年が走りぬけて行くのが見えた。


「あっ!」


 しかし彼の姿はもうどこにもない。

続いて隣のミカエルの影から少女がちらりと顔を覗かせたが、それも先ほどの少年と同じように一瞬で消える。


「何なんだよ、いった――」


 ラーニャは途中で言葉を失い、思わず目を見張った。

何とマドイの隣にエリィが立っていたのである。


『ラーニャもこっちにおいでよ。楽しいよ』


 エリィの言葉が、奇妙なことに耳ではなく頭の中に直接聞こえた。

不可思議な現象に驚いていると、マドイがラーニャを指差して叫ぶ。


「ラーニャ!どうしたんですかその体は!?」


 ラーニャは自分の体を見下ろして、らしくもなく悲鳴を上げた。

光が通り抜ける腕、後ろの景色が見える腹。

――信じられないことに、ラーニャの体は今半透明になっていた。


「どういうことだよこれ!」

「どうしよう! ラーニャの体が指定のゴミ袋みたいになってる! どうする? エコになっちゃうよ!?」

「ウルセー! 誰がゴミ袋だ! なんとかしてくれよ!!」

「燃えるゴミがいい? 燃えないゴミがいい?」


 ラーニャはミカエルの頭を叩こうとしたが、その手は彼の頭をすり抜けるだけだった。

しかもその間にも体はどんどん透明に近くなっていく。


「イヤだー!消えたくないー!」

「落ち着きなさい! 今方法を考えますから!」


 だが一向に何の手立ても浮かばぬまま、時間だけが過ぎて行った。

ラーニャの全身はもうほとんど空気と同化している。


「ラーニャ! 消えちゃダメだよっ!」

「ミカエル……オレもうダメみたい……」


 その言葉を最後に、ラーニャはミカエルたちの前から完全に姿を消した。

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