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激烈出稼ぎ娘  作者: 種子島やつき
第二部
30/125

精霊隠し編5 本物の天然は手に負えない

 ラーニャの思った通り、取調室にやって来たのは先生――サリー・マーゴットだった。

サリーは風の精霊の守護を受ける、名門貴族の出の女性である。

ふわふわした薄茶色の髪の毛と眠たそうな瞳をした彼女は、風と言うよりも浮雲と言った方がしっくり来る印象をしていた。



「取調官の皆さん、これはどういうことですか?」


 彼女が入ってくるなり、二十台半ばとは思えない、夢見る乙女のような声とのんびりした口調が取調室に響いた。


 サリーは細い首をかしげながら、青緑色の瞳で取調官を見つめていた。

純粋そうな眼差しも相俟ってか、華奢な彼女はまるで十代半ばの少女のように見える。

これで授業の時には鬼のように厳しくなるのだから、人間とは分からないものだ。


「これは……いや、その……」

「これ、いや、そのでは分からないです。はっきりおっしゃってください」

「その……そこの彼が精霊局の方だとは知らなくて」

「知っていたら捕まえなかったのですか?そもそもなぜラーニャを捕まえたりしたのですか?」


 言葉だけ見れば厳しいことを言っているのだが、その口調は相変わらず天気の話をしているようなままだった。

だが何を思ったのか、サリーは急に話を打ち切ると、今度はラーニャの方に向き直った。


「ああ、ラーニャ。先生を許してください」

「えっ?何が?」

「私はあなたが捕まっているという話を聞くまで、あなたが逃げ出したのだと思っていました。生徒を信じられないなんて、なんて酷い先生でしょう」

「いや、いいですよ。オレ実際逃げ出そうと思ったことあるし」

「まぁうれしい。ありがとうラーニャ」


 ラーニャは慣れていたので何ともなかったが、他の人間はあっけに取られていた。

サリーはお嬢様のせいか、少し、いや非常にマイペースなところがある。

彼女の天然振りには、マドイでさえ毒気を抜かれてしまうほどだ。

しかしこれで超難関という一級魔導士の資格を持っているのだから、やはり人間分からないものである。


 サリーは再び取調官の方を向くと、にっこり微笑んで言った。


「もう、お答えの方は考え付かれましたか?」

「はっ?」

「私の質問が分かりづらいと思ったので、お時間を差し上げたのですけど……」


 ふんわりと微笑んだままだから、逆に怖いものがある。

取調官は滝のように汗を流しながら、途切れ途切れに答えた。


「それが彼が行方不明になった少女を一度攫おうとしたと、その少女の母親から聞いたものですから」

「まぁ。それは本当なのラーニャ?」

「断じて違いマス」

「彼はそう申しておりますが、どうでしょう?」


 取調官は取り繕うように弁解しようとする。


「しかし、彼はマオ族ですよ。ヤツラは何するか分かったもんじゃありませんし、今回の件もきっと……」

「では、あなたはラーニャがマオ族だから捕まえたのですか?」

「ええ。まぁ……」

「でも、それは差別ではないのですか?人種・種族差別撤廃法令第二条にも、『すべての国民は人種及び種族を理由として他人に不利益な取り扱いをしてはならない』と書いてありますが」


 法律の条文を即座に空で言えるのがサリーの凄いところである。

しかし取調官は彼女を馬鹿にするように小さく嗤った。


「それは人間が人間に対してのことでしょう?王立機関は含まれていませんよ。そんな綺麗ごとじゃ我々仕事できませんからね」

「同法第一条には『この法令はすべての国民、在留外国人及び王立機関に適用する』とありますが」


 サリーの隙のない反論に取調べ官がうっと詰まった。


「さぁ、ラーニャ。もう行きましょう」

「ちょっ、勝手に!」

「ラーニャを拘束する理由はその母親の言葉にしかないのでしょう?これは種族差別と権限の濫用です。後で正式に抗議させていただきます」


 取り残された取調官の顔は見る見る青ざめていった。

魔導庁精霊局からの正式な抗議――この件にかかわった人間は簡単な処分では済まされないだろう。


 ラーニャはサリーに連れられて忌々しい警備局を出ると、用意してあった馬車に乗ってそのまま魔導庁に向かった。

門扉に差し掛かった所で、サリーがふと思い出したように手を鳴らす。


「ああ、そういえば。大臣が到着したらすぐ部屋に来るように言っていました」


 まだ見習いのラーニャが大臣室に呼ばれることは普通はない。

ラーニャは嫌な予感がして冷や汗をかいた。


「あの……大臣怒ってました?」

「いいえ。でもぶつぶつ呪文のように何かを唱えていました」


 それを世間一般で怒っているというのだ。

ラーニャはひどく重たい気分になりながら馬車を降り、サリーと一緒に真っ直ぐ大臣室へと向かった。

ひょっとしたら彼女も監督責任を問われて叱責されるのかもしれないと思うと、強い罪悪感が胸に迫ってくる。


 だがラーニャが扉を開けると、そこにはミカエルと見慣れない水色の瞳をした少年が立っていた。

マドイも難しい顔をしているが、怒っているといった雰囲気ではない。


「あの……この二人は一体?」

「思ったより遅かったですね。これで第二班が全員揃いましたか」


 ラーニャが首をかしげていると、マドイが咳払いをする。


「精霊局の皆さんに集まってもらったのは他でもありません。今王都で子供たちが連続で失踪しているのはご存知ですね。その事件についてですが、先ほど警備局、軍部及び魔導庁の会議で、その捜査に貴方がた精霊局を動員することが正式に決定致しました」


 ラーニャは思わず顔を上げた。

精霊局の仕事は、主に精霊の守護を活かした研究への協力である。

何かの事件に駆り出されることなど聞いたこともない。


「今回の失踪事件には精霊が関わっている可能性があります。ですからぜひ力を借りたいとのことです」


 大臣室にサリーの「ほえっ?」という間の抜けた声が響く。

ラーニャも口を大きく開けてマドイの恐ろしく整った顔を見つめた。

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