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激烈出稼ぎ娘  作者: 種子島やつき
第一部
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はじまり編2 実録女の事件簿


 「ウチを抜け出して芝居って、一体何見に行ったんだ?」


 黙ったまま歩くのも何なので、ラーニャがミハイルに話題をふると、彼は天使のように愛くるしい顔で嬉しそうに微笑んだ。


「『実録女の事件簿』の最新作だよっ」

「なんだよそれ」

「実際にあった女の怖い話をお芝居にしてるんだ。ほら、嫁姑バトルとか不倫の話とか」


 可愛い顔をして、結構えぐい趣味をしているらしい。


「今日は『この泥棒ネコ!』ってセリフと、『アタシが息子と結婚するのよ』ってセリフが良かったなぁ」

「わざわざ屋敷抜け出して見んじゃねーよそんなもん」

「今日の話ねぇ、夫がどうしようもないマザコンなんだよー。『僕、ママと一緒に寝るから』って、気持ち悪いよねぇ」

「ガキがそんな話見てる方が気持ちワリィってーの!」

「それで嫁いびりされてる妻が訴えても、『母さんに悪気はないんだ』って全然頼りにならないの!」


 一体彼が家でどういうしつけをされているのか気になる所である。

下世話すぎる芝居の話はその後しばらく続き、ラーニャがいい加減うんざりしてきたころ、前方の路地からミハイルの名を呼ぶ青年が現れた。

剣を脇に差した、背の高い男である。


「ミハイル様どこに行ってらしたんですか!」

「あ、アーサーごめん」


 アーサーと呼ばれた青年はミハイルと同じく、上等な衣装に身を包んでいた。

筋肉質で引き締まった体つきをしているが、髪と同じこげ茶色のつぶらな瞳はどこか可愛らしさが抜けず、威圧感はあまりない。

顔立ちも整っている方だし、さぞかし女性には人気があるだろう。


「あ、ラーニャ。この人はボクの護衛のアーサー。マザコンなの」

「ちょっ、ミハイル様!」

「今日のお芝居もね、ミハイルが結婚したらこうなりそうだなって思うとハラハラしちゃって――」

「そんなこた、今はどうでもいいでしょう」


 アーサーがマザコンかどうかは知らないが、専属の護衛を雇い、なおかつ良い身なりをさせているとは、ミハイルの家は相当の金持ちであるらしい。

いや、ひょっとしたら貴族の出の可能性もある。

王都には大小さまざまな貴族の屋敷があり、貴族の子女がお忍びで街をぶらついていることも少なくないのだ。


「ミハイル様、こちらのマオ族の方は?」

「この人はラーニャ。追われてるボクを助けてくれたの」

「追われる?助けた?」

「まあいいじゃない。すんだことだし。早くお家に帰ろうよ」


 ミハイルはさっさと歩き出そうとしたが、そうはいかなかった。

何と後ろから、いかついチンピラの大群が音を立てて迫ってきたのである。

おそらく先ほどラーニャが倒したヤツラの仲間たちだろう、野郎共は皆額にこれでもかと言うほど太い青筋を立てている。

ラーニャのことを魔導庁のゴーレムだと思い込んでいる彼らは、役人に報告される前にラーニャたちを始末してしまおうと思ったに違いなかった。


「いたぞおおぉぉ!!捕まえろおおぉぉ!!」


 見覚えのある先頭の男の掛け声で、ますますチンピラ共がいきり立った。


「ちょっと、あれビンティン一家じゃないですか?この辺りを取り仕切ってるチンピラの」

「お前くわしいな」

「まずいですよ。あそこは過激なので有名で」

「アーサーどうしよう。このまま捕まったら母上の読んでるBL小説みたいなことされちゃうかも」


 子が子なら親も親である。

だが今そこに突っ込んでいる余裕はない。

いくら腕に覚えのあるラーニャとはいえ、これだけの大人数相手に立ちまわれる自信はなかった。

それは護衛のアーサーも同じようで、三人は合図もないのにほぼ同時に脱兎のごとく逃げ出した。


「おい、お前らこれからどうする。このまま逃げてもじきに捕まるぞ」

「近くの警備兵の詰め所に逃げ込みましょう」

「この近くに詰め所はねーよ。そこまで行くまでに多分追いつかれる」

「なんで詰め所がないんですか!」


 今そんなことを聞かれてもラーニャにはどうしようもない。

この地域はゴミためみたいなもので、とっくに行政からは見捨てられている。

官憲の目がないだけでなく、道路も井戸もろくに整備されておらず荒れ放題。

それがラーニャの住んでいる街だ。


「ちょっミハイル様、お顔の色が悪いですよ!」

 

 走り出してまだ間もないが、ミハイルの走る速度が明らかに落ちてきていた。

なんといっても屈強な成人男性に全速力で追いかけられているのである。

温室育ちのお坊ちゃまであるミハイルがへばってくるのはむしろ当たり前のことだった。


「このままじゃ捕まんな」


 ミハイルがバテ、追いつかれるのは時間の問題である。

ラーニャ一人ならまくこともできるが、二人を連れてはさすがに無理だろう。

かといって一旦助けたミハイルを見捨てて行くわけにもいくまい。


「おいおめぇら、オレに着いて来い」


 ラーニャは二人に告げると、さらに人目の届かない裏路地へ入り込んだ。

カビと下水の匂いの混ざった湿っぽい空気が、走る三人の頬に当たる。


「どこ行く気ですか!」

「うっせぇ黙ってろ!」


 先頭の三人を追って、狭い路地に三十人はいるだろうむさくるしいチンピラ軍団がなだれ込んだ。

もう後戻りは出来ない。


「よし、ここだ」


 ラーニャは目的地でにやりと笑いながら立ち止まる。

ラーニャたち三人とチンピラ三十余人がしばらくの鬼ごっこの後に辿り着いた先は、なぜか路地の行き止まりだった。 

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