精霊隠し編4 取調べ
ラーニャを乗せた馬車は、王城近くにある警備局に到着した。
警備局は、王都のみならず国中で起こる事件について捜査権限をもつ王立機関だ。
裏組織や政治がらみなどの事件は軍が引き受けるが、日常的な窃盗や殺人などはここの管轄である。
ラーニャは馬車から引き摺り下ろされると、脇をがっちり固められたまま取調室まで連れてこられた。
「話を聞く」などという生ぬるい物ではない、尋問と言うのにふさわしい事情聴取が始まる。
「お前はエリィ・マクルベスと知り合いだな」
ラーニャの担当にあたったのは、まるで岩のような体つきをした中年の取調官だった。
こちらを睨み上げる目つきがまるで蛇のようである。
「そうっスけど。あの子が失踪したって本当ですか?」
「とぼけるな!!」
取調官はラーニャの目の前で机を叩く。
だが知らないものはしょうがない。
ラーニャがずっと似たようなセリフを繰り返していると、取調官は痺れを切らしたのか、彼女が失踪したことについて詳しく教えてくれた。
なんでもエリィはラーニャと最後に別れた日の夜、姿を消したらしい。
しかもその失踪の仕方が尋常ではなく、母親が深夜寝たはずのエリィが外に出ようとしたので声をかけようとすると、いきなり彼女が文字通り「消えた」のだという。
「そりゃ母親が見間違えたか、ハナからちょっときてたんじゃねーの?」
「確かにこれ一件だけならその可能性が高いが、今王都で似たような事件が起こっているのだ!」
ラーニャは先日警備兵が言っていたことを思い出した。
「だからって、オレはそんなスーパーイリュージョンみたいなマネできっこねぇよ。何で俺を捕まえるの」
「お前があの娘に異様な関心を抱いていたのは、彼女の母親から確認済みだ。それに今回の事件はマオ族が関与しているセンが大きい」
「マオ族」という単語にラーニャの猫耳が反応した。
脈在りと見たのだろう、取調官はさらに言葉を続ける。
「目撃者がいるんだよ。子供がいなくなったとき、マオ族が近くにいたってな」
「おい、それだけで決めつけんのか?」
「それにお前らは怪しげな呪術を使うんだろう? 噂に聞いてるぞ」
思わずラーニャは椅子からずっこけそうになった。
マオ族の呪術はラーニャももちろん知っている。
だがそれはすべてマオ族の中に伝わる『伝説』のようなもので、感覚としては寝る前に聞く御伽噺に近かった。
「おっさん、アンタ本気で言ってる? マオ族の呪術なんて絵本の中にしか出てこねーよ」
「だが実際目の前で子供が消えてるんだぞ! 他に何がある!?」
「何があるって――」
人の姿を忽然と消す魔法など、ラーニャも聞いたことがない。
しかしだからと言ってマオ族の仕業と決めつけるのは偏見極まりなかった。
ラーニャがため息を吐こうとすると、突然取調室の扉が開いて部下らしい若い男が飛び込んできた。
「どうした。騒々しい」
「大変です! 魔導庁の精霊局の方がいらっしゃいました!」
「何!? 精霊局が!?」
精霊局とは魔導庁で精霊の守護を受ける者が所属する、魔導大臣直属の部署である。
当然ラーニャもそこに勤めており、肩書きは「魔導庁精霊局研究補佐官」だった。
ちなみに今やっている勉強が終わると、試験を経て「研究員」に昇進することになっている。
魔法を中心とするこの国で、魔導大臣と直接面識を持つ精霊局の研究員は、一般庶民から見て雲の上のエリートであり、一介の取調官たちが驚くのも無理なかった。
「な、なぜここに精霊局が……?」
「あ、それ多分オレの上司」
「は……?」
おそらく無断欠勤をしたラーニャの話を聞いたマドイが、嫌味を言いたいがために居場所を探して、ここを割り出したのだろう。
それかラーニャが捕まったのを魔導庁の誰かが見ていたか。
いずれにしろ精霊局の人間が来た理由がラーニャであることに変わりはなかった。
(来るとしたら先生かな~)
今ラーニャにスパルタ教育を施している先生も、精霊の守護を受ける者だ。
来ているならきっと彼女だろう。
ラーニャは未だに目を剥いている取調官を見ながら思った。