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激烈出稼ぎ娘  作者: 種子島やつき
第二部
27/125

精霊隠し編2 気分はもう戦争

 少女は大人しそうな顔つきをしており、栗色の髪を二つに結んでいた。

年齢は六歳前後で、白いブラウスにスカートという格好からそれなりの家の子供だと思われる。

普段は朗らかに笑っているだろう彼女の顔は、今恐怖と怯えで引きつっていた。


「お嬢ちゃん、どうしたんだ? 怖いおじさんにでも追っかけられたか?」


 もし本当に誘拐されそうになっているのなら大変である。

自然とラーニャの顔が厳しくなったが、少女の返答は意外なものであった。


「ワタシ、お母さんに追われているの」

「は?」

「お母さんがピアノのお稽古させるために追いかけてくるの」


 なんてことはない、ただ単にピアノのレッスンが嫌で少女は抜け出して来たのだった。

人騒がせな少女の言い方にラーニャは呆れると共に、大事で無くてよかったと軽く笑う。

稽古が嫌で子供が家出する事など良くあることだ。


「ダメだよお嬢ちゃん。母ちゃんを困らせちゃ」

「でも、ワタシのお母さん怖いんだもの」


 そう言って少女はパッとラーニャの後ろに隠れた。

どうしたのかと思えば、遠くの方に女の子の名前を叫びながら歩いている女性が見える。


「エリィ! エリィー! 出てらっしゃーい!!」


 どうやらこの少女の名はエリィというらしい。


「ほら、エリィ。母ちゃんが探してるぞ」

「イヤッ! 絶対に行かないもん!」


 エリィがラーニャの服の端をきつく掴む。

その腕が小刻みに震えていることに気づいたミカエルが、そっと彼女を庇うように横に立った。


「そんなに怖いの? 君の母上は」

「怖いの。ピアノが上手くできないと怒って叩いたりしてくるの」

「叩くって、こう軽くはたく感じ?」

「ううん。お肉叩くやつでおててぶったり、凄く間違えると、ピアノのふたを指の上に落としたりしてくるの」

「に、肉たたき? ピアノのふたぁ? 痛いよねっ? そんなの」

「だから痛くて余計たくさん間違えるの。そしたらまた叩かれるの」


 ミカエルの眉間に珍しく皺がよった。

アーサーとラーニャも雲行きの怪しいエリィの話に顔を見合わせる。

彼女はただ稽古が嫌で逃げ出して来たわけでは無いらしい。

嫌な予感がしてラーニャが彼女のブラウスの袖をめくり上げると、案の定腕には無数の青あざがあった。


「こりゃヒデェ」

「これは……。まるで騎士の修行を受けてる腕じゃないですか。こんなの女の子にあっていい怪我じゃないですよ!」


 エリィが逃げ出してくるのも無理はなかった。

彼女の腕には治りかけの痣がいくつもあることから、こういった仕打ちを何度も受けていることが分かる。

ピアノが上手くできないからといってするには明らかにやりすぎの罰だ。


「どうしてお前のかあちゃんはピアノごときでこんなことするんだ!? どう見てもおかしいだろ!」

「あのね、ピアノができないとエノ―ル学院に入れないの。だからお母さん怒るの」


 聞き覚えの無い単語にラーニャ首を傾けると、アーサーが先回りして説明してくれた。


「エノール学院は、多くの貴族の子女や、王族が通う名門中の名門です。七歳に入学して、卒業は十八歳。もちろんオール様を始め、マドイ様、ミカエル様も通っておられました」

「ちょっと待てよ。十八で卒業なのに何でミカエルが『過去形』なんだ」

「飛び級です。ミカエル様は普通なら十一年かかる所を僅か五年で卒業されました」


 アーサーの横でミカエルが「えっへん」と言ってふんぞり返っている。

城下町の噂ではミカエルは幼くして聡明とされていたが、あながち間違いではないらしい。


「普段可愛い子ぶってるくせに、オメー頭良いのな」

「まーねっ。で、そのボクが通ってた学校なんだけど、試験さえ受かれば身分を問わず入れるんだ。しかも学費はほとんど国が出してくれるんだよっ」

「そりゃスゲェ。オレでも入りたいわ」

「でも入学試験がすごーく難しいの。勉強だけじゃなくてエリィみたいにピアノもやらなきゃいけないし、他にもお作法とかいっぱいやることがあるんだ」


 しかしだからといって、小さな娘に折檻してまで入学させる理由にはならない。

ラーニャは段々エリィの母親に腹が立ってきた。


「無理なら無理で別の学校に入りゃいい話じゃねーか。この国は必ず教育受けさせてくれんだろお?」

「でもエノールは貴族が通ってくるから、女の子は玉の輿に乗れるかもしれないんだ。そういう理由で娘を入学させようと必死になり過ぎる母親がいて、社会でも問題になり始めてるんだよ。中にはノイローゼになって娘を虐待しちゃう人もいるとか」

「ミカエル、王子の癖に詳しいなー」

「週刊誌定番のネタだよっ。他にも受験で母親同士がトラブルとか、色々あるみたい」


 一国の王子が週刊誌を読んでいるのはどうかと思うが、今回はそれが役に立ったようだ。

ノイローゼになって娘を虐待してしまう母親とは、エリィの母親もそれに当てはまるかもしれない。


「そっかー。お前も玉の輿目当てで頑張らされてんのか」

「うん。お母さんはね、お父さんみたいな人と結婚したらダメだって。絶対貴族と結婚しなきゃだめだって。だから受験は戦争なんだって」


 ラーニャはエリィの話を聞けば聞くほど彼女が不憫になってしまった。

物心ついたばかりで父親の悪口を聞かされ、将来のためと母親に折檻される――できるならラーニャが誘拐犯になって彼女を隠してしまいたかった。


「エリィ、お前これからどうするんだ? 家に帰ったらどうせ叩かれるんだろ?」

「お父さんが帰ってくれば叩かれないから、お父さんが帰ってるくるまでここにいてもいい?」


 それからエリィは日が暮れる頃になって、家に帰って行った。

今日はいいが、明日になればまた母親に虐げられる生活が待っているだろう。


「まったくやってらんねーぜ。マオ族(オレたち)みたいに飯が食えないわけでもなきゃ、差別されてるわけでもないのによぉ。どーしてあんなことするかね」

「ご飯食べられて、差別されてないからじゃないかなぁ。なんとなくだけど」


 せっかくの休日だったというのに、ラーニャの気分は丸一日勉強した後より良くなかった。

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