打倒!町のチンピラ編3 健康優良出稼ぎ少女
地図に記されていたのは、他でもないエドの自宅であった。
普通の状況で見たならこじんまりした印象しかない彼の家は、今十人以上はいるだろう不良共に囲まれている。
そのちょうど真ん中に、エドと彼の祖母はいた。
二人とも椅子に縛り付けられ、身動きできないようにされている。
しかもエドの頬には、抵抗した時に出来たのだろう大きな青あざがあった。
ロセスは相変わらず派手な格好をして、相変わらず色の悪い顔をしながら、やってきたラーニャに向かって笑いながら言った。
「よく来たなラーニャ。その度胸だけは褒めてやる」
「テメェこそ、よくオレの名前と居場所が分かったな」
「俺の人脈を甘く見るなよ。それくらい簡単だ」
「エドとばぁちゃんを離しな」
「お前が這いつくばって俺の靴を舐めたら許してやるよ」
ロセスは自分の右足を差し出すような仕草をした。
明らかに分の悪い状況にもかかわらず、ラーニャは彼の要求を笑い飛ばす。
「はっ、誰がそんなまねするかよ。オレがここでテメェと取り巻きを倒しゃあ済む話じゃねーか」
余裕綽々のラーニャを見て、エドが溜まらず叫んだ。
「やめろラーニャ。早く謝れ。この人数で勝てるわけないだろ!!」
「おいエド。オレがこんな薬漬けのチンピラに負けると思ってんのか?俺ァ健康優良不良少年――じゃなかった、健康優良出稼ぎ少女だぜ!」
そのラーニャの言葉が乱闘の合図になった。
家を取り囲んでいたチンピラ集団が一斉にラーニャに襲いかかる。
「来た来た来たァ!!」
ラーニャはそう言うと、まず手始めに飛びかかってきた男が持っていた角材を分捕った。
目でも追えないような素早い動きで攻撃を避けながら、奪った角材を振り回す。
ラーニャの卓越した筋力で振り回された角材は、次々にチンピラ共を吹き飛ばした。
あっという間に半分に減った仲間の数を見て、ロセスの顔に焦りが浮かぶ。
残ったチンピラたちもラーニャのあまりの無双振りに怖気づいたようだった。
「おいコラつまんねーぞ。もっと来いや!」
距離をとるチンピラに向かってラーニャが挑発する。
その挑発に乗って一人の勇敢な若者が彼女に向かって飛びかかったが、あっさりとかわされた挙句角材の餌食となった。
「お前ら本気で喧嘩したことないんだろ?思った通りだぜ。権力バックにしてるからこんな軟弱なんだよ!!」
ラーニャは角材を振りかぶると残りのチンピラ全員をなぎ払った。
残るは当然、仲間の後ろに隠れていたロセスだけになる。
「まっ待ってくれ。オレに手を出したら親父が黙ってないぞ!」
「そうかい。そりゃ大変だなぁ」
ラーニャは困った顔をして、角材を地面に置いた。
ロセスの顔に再び笑みが浮かぶ。
しかしラーニャは拳を作ると、笑っていたロセスの顔面にそれを叩きこんだ。
「ぐはっ……」
仲間のチンピラと同じようにロセスも石畳の上に沈む。
彼が力尽きたことを確認すると、ラーニャは捕まっていたエドに駆け寄った。
「ゴメン。オレがロセスに喧嘩売ったばっかりに」
「……ラーニャお前、これだけの人数一人で……」
「ああ。コイツらマトモに喧嘩したことないから弱っちかったよ。オレの町にいるチンピラ一人分にもなりゃしねぇ」
ラーニャはエドと彼の祖母の縄を解いた。
幸いエドの青あざ以外は二人に目立った怪我はないようである。
「ごめんな、エドのばぁちゃん」
「おや、大きなネコが言葉を喋っているよ」
「すまん。ばあちゃん目が悪い上に少しボケてるんだ」
二人の無事にほっとため息をついたところで、騒ぎを聞きつけたのか警備隊がやってきた。
「ラーニャまずいぞ。逃げろ」
「えっなんで?」
ラーニャ尋ねるとほぼ同時に、警備兵が彼女の腕を掴んだ。
「おまえか、ロセスに暴行を加えたマオ公は」
「ちょっオレはただ二人を人質に取られて……」
そこまで言ってラーニャは諦めた。
地元の有力者の息子とマオ族。
彼らがどちらの味方をするかなど、考えてみなくても分かっている。
「さっさと詰め所まで来い!」
エドが必死にラーニャの弁解をしても無駄だった。
ラーニャは鉄製の手錠をかけられると、半ば引きずられるようにして地区の詰め所まで連行される。
すぐに尋問が始まるかと思ったが、今日はもう遅いので取調べは明日ということになった。
ラーニャは警備兵によってそこの留置所に放り込まれる。
留置所はろくに管理されていないのか、ひどく汚れているうえに隙間風だらけでとても寒かった。
雨漏りだらけの下宿の方がまだマシなくらいだったが、ラーニャはカビだらけの毛布に包まって何とか眠りについた。
翌朝、ラーニャが浅い眠りから覚めると、誰かの足音が近付いてくるのが聞こえた。
警備兵が取り調べのために連れ出しに来たのだろうと、ラーニャは憂鬱な気分になりながら体を起こして待つ。
しかしやって来たのは警備兵ではなく、この場に最もふさわしくないであろう人物の一人だった。




