王家陰謀編11 雨ふって地固まる
数週間後改めて開かれた評議会により、ローレは全ての領地と財産のほとんどを没収されることが決まった。
彼の家は没落の一途を辿るだろうが、処刑されなかっただけ有難いくらいの罪状だ。
現王妃を追い落とすための虚偽の告発。
一体なぜ彼がそんな大それたことをしたのかも、評議会で明らかになった。
ローレの家――レクシスト家は、サクラの出身国に太いパイプを持っており、それゆえサクラが王妃だったころは、王宮でも大きな力を持っていた。
しかしサクラが亡くなり、ロキシエル出身のヘンリエッタが王妃になってからはそうもいかない。
彼女の親族たちが力を振るうようになり、権力に翳りが見え始めたことに焦ったローレは、どうにかしてヘンリエッタを引きずり落とそうと企んだ。
そして思いついたのが今回の計画だった。
まずミカエルが生まれたことにより同じく不遇の立場だったマドイに近付き、王妃と仲たがいをさせた上で、同時に後ろ盾として恩を売る。
そして彼が王宮で権力を持ち始めたころを見計らって、前王妃の暗殺容疑をでっち上げる。
一見荒唐無稽のように見えるが、ヘンリエッタとサクラが友人だったこと、パレパレの花がサクラが亡くなる直前に刈り取られたこと。
計画を思いついた時点で既にローレは知っていたようである。
いや、知っていたからこそ、でっち上げの企みを思いついたのかもしれない。
それに貴族は真実がどうであれ、自分たちに有益な側につくことが歴史から見てもほとんどであった。
ローレは時機が整ったことに加え、自分の地位とマドイの地位をかんがみて、最終的に虚偽の告発をするかどうか決断したのだろう。
しかし国王がサクラを大事にしていたこと。
そして完全にイレギュラーな存在であるラーニャが、マドイと王妃を予想外の行動に走らせたこと。
この二つの要因により、彼の陰謀は全て暴かれ、幕を閉じたのであった。
*
マドイが小高い岡の上にあるサクラの眠る墓に行くと、そこにはちょうど兄のオールがいた。
花を捧げ、墓石の前で無言のまま立っている。
オールがこちらに気付いたので、マドイは軽く頭を下げた。
「兄上もお参りですか」
「ああ。いい機会だと思ってな」
すぐに二人の間に沈黙が訪れる。
ここ何年も顔を合わせても事務的な会話しかしていなかったのだ。
話題が出ないのも当たり前だろう。
「……これでは今までと同じだな」
「……そうですね」
「どうにかしなければな」
オールは眉間に皺を寄せたまま、一つ咳払いをした。
「そうだ。私の宮へ食事にでもこないか。ミカエルも誘って」
「兄弟三人で食事なんて、今までしたことありませんものね」
「どうせ謹慎中で暇なんだろう?」
謹慎中だからこそ食事会などは出るべきではないのだが、国王はきっと快く許可を出すだろう。
マドイは微笑みながらうなずいた。
「あのマオ族の少年には感謝しないとな」
「そうですね。もし彼がいなかったら、私も今頃ローレと同じことになっていたでしょう。父上たちに憎しみを抱いたまま」
「我々もお前を追い出しただけで満足して、同じことを繰り返しただろうな」
もしラーニャが今回の件に一切関わらなかったとしたら、マドイは思いを父親にぶつけられず、他の王家の人間も名ばかりの家族のままだった。
マドイは手にしていた花束をサクラの墓前に置くと、静かに手を合わせた。
しばらくそうして、やがてゆっくり立ち上がる。
「しかしローズマリーにはすっかり騙されていました。私を長い間慰めてくれていたのは演技だったんですね」
評議会ではローズマリーもローレの計画に一枚噛んでいたことが明らかになった。
彼女は未来の夫になるだろうマドイを騙し続け、なおかつ苦しんでいる姿を見ても平然としていたのだ。
「世の中不思議なものですねぇ。一生を共にする相手を騙していても平気な人間がいるかと思えば、ラーニャのように敵同然の相手のために立ち上がる人間もいる」
「彼の行動には驚いたよ。まさか国王の前でいきなり異議を唱えるとはね」
ラーニャが立ち上がったとき、マドイは彼が自分がしたミカエルへの仕打ちを国王に訴えるつもりなのかと思った。
だが彼のとった行動は違った。
「一体、なぜあんなことをしたのでしょうね」
「俺も気になってな。あの直後彼に聞いてみたよ。そしたら彼は、ただお前が可哀想なだけだったと。敵だの味方だの考えなかったそうだ」
「それだけであんなマネを?」
「そうだ。ただそこに可哀想なやつがいる。理不尽なことがある。それだけで彼はああした」
確かにラーニャならあり得るだろうとマドイは思った。
彼は一族のために単身で王宮に乗り込み、友のために大金を文字通り投げ捨てることのできる人間なのだ。
家族を憎み、権力を手に入れるためになりふりかまわなかったマドイが失ったものを、彼は持っているのかもしれない。
「そうだマドイ、これからミカエルも母上の墓に来るそうだ」
「ほんとですか?」
「ああ。もう帰るか?」
「いえ……」
マドイはいつもの伏目がちな目とは違う力強い眼差しで、オールの青緑色の瞳を見つめた。
兄の顔をしっかり見たのは、一体何年ぶりであるだろうか。
「私はここに残ります。そしてミカエルに謝ります」
「そうか」
「許してもらえなくてもかまいません。ただ今は彼に謝罪がしたいのです」
ちょうどオールの後ろに、ミカエルと専属護衛騎士のアーサーがやってくるのが見える。
マドイは意を決すると、始めて敵意を持たずに彼らの方へ歩み寄った。
王宮陰謀編はこれで完結です。
次回からは打倒町のチンピラ編が始まります。
いきなりのスケールダウンですが、ラーニャの暴れっぷりにますます拍車がかかりますのでご容赦ください。
それから活動報告を書き始めました。
キャラの裏設定なども載せたりする予定なので、お暇でしたらどうぞ。