王家陰謀編10 国王だろうが関係ねぇ
周りの貴族たちは突然の闖入者を面白がるばかりで、ラーニャを止めようとはしなかった。
王もラーニャの剣幕に戸惑うばかりで、彼女は誰にも制止されないのをいいことにさらに続ける。
ラーニャは口ぶりこそ軽かったが、その小さな全身からはハッキリと怒気が滲み出ていた。
「アイツ言ってましたよ。ミカエルが生まれたせいで、母親が死んだ王子の自分はいらない存在になったって。周りの人間は全部いなくなって小さいマドイは一人ぼっち。その時父親のアンタははアイツに何してやったんですか?」
「王族と普通の家族は違う。息子にかまってる暇などない」
「その結果がこの大騒動ってワケだよ。おめでてぇなぁ」
生まれて始めてこんな汚い言葉をかけられただろう国王は、口を金魚のように開けて小刻みに震えていた。
ラーニャの暴言に耐えられなくなったオールが、彼女に向かって腰にさしていたサーベルを抜く。
だがラーニャは牙を見せてオールを睨み返すばかりで、少しも動じなかった。
「無礼者め。その度胸だけは褒めてやる」
「こりゃどうも。しかしおにいちゃんもおにいちゃんだよなー。自分は皇太子だからって、弟ほったらかし。家族に見放された子供は悪い大人に騙されて、立派な不良になりました――っとくらぁ。」
ラーニャは何が面白いのか、小さな牙を見せながらけらけらと笑い出した。
横にいたマドイが慌てて取り押さえようとするが、ひらりとかわし、挙句の果てにその舌鋒を彼へと向ける。
「しかしマドイ、テメェも見上げた母親孝行だよ」
「は?何を……」
「オレ、最初はテメェが権力目当てで王妃様を追い出そうとしてると思ってた。でもちげぇ。テメェは悔しかっただけだよな。母親と自分が受けた仕打ちがよぉ。だから復讐のために王妃様を追い出す話に乗っかった。違うか?」
「……」
「可哀想なやつだよなぁ。家族には見放されて、ローレのオッサンには不倫のことと今回のことと二回も騙されて。オラァ涙が出てくるわ」
マドイが眉間に皺を寄せて表情を硬くすると、ラーニャは笑うのを止めて大げさに肩をすくめた。
「しかし、情けない話だよ。騙されてたのはマドイ一人で、しかも内容は真っ赤なデマカセ。どーして今まで分からなかったのかね」
ラーニャは国王、オール、マドイと王家の人間を順繰りに眺める。
身分も何もない十台半ばの子供に見られているだけなのだが、彼らは彼女の気迫に押されたのかその場で立ちすくむだけであった。
オールはまだ剣を抜いているが、もうその切っ先は地面を指している。
「普通はよぅ、息子や弟が一人ぼっちだったら忙しくても声かけるだろ? 元気がなかったら話を聞いてやるだろ? それをお前ら一人ぼっちなのを気にもとめねぇ、悩みを話し合える信頼関係もねぇ。これでも今回のことがマドイだけの責任だって言えるか?」
ラーニャは今度はハッキリと王家の人間全員を睨んだ。
王と王子が一般庶民、それも子供に詰めよられて黙る姿は奇妙なものがあったが、当事者がそれに気付かぬほど彼女から立ち昇る気は強かった。
「今回の事件、責任があるのはローレとマドイだけじゃねぇ。きちんとマドイを守ってやれなかった王家の人間全員にも非があるんじゃねーのか?それでもマドイ一人罰したいならオレはもうなにも言わんよ。だけどここでケジメつけなきゃ、また同じようなことが起こるぜ? 今度の加害者は今は無害そうなミカエルかもな」
ミカエルはマドイに邪魔されて、ラーニャと出会うまでロクな友達がいなかった。
もしタイミングが違っていたら、ミカエルの方が誰かに取り込まれていた可能性もある。
ラーニャの乱暴だが単なる罵詈雑言ではない言葉に、王家の皆は沈黙していたままだった。
しかしやがて俯いていたヘンリエッタが話し出す。
「確かに、その少年の言うとおりだわ。今回のことは私たちにも責任がある」
「な、何を言うんだヘンリエッタよ……」
「だってお考えになってくださいませ、あなた。あなたはオールとマドイの好きな物を一つでもお答えすることができますか?」
国王の沈黙が、その質問の答えだった。
「私たちは王子たちの誕生日でも、贈り物をメイドに選ばせるばかり。お話もいつも政治のことばかりで……。彼の言うとおり信頼関係などほとんどございませんでしたわ」
「……」
「私たち王『家』なんて名ばかりの、ただの他人の集まりだったのよ」
ヘンリエッタは自らを嘲るように笑うと、ふと真顔になって俯いた。
「サクラ様は私に、二人の息子を頼むと言い残されたのに……。私といえば懐いてくれないと二人から距離を置いてばかり。母君を亡くした辛い思いを汲み取ってもやれなかった」
「だがヘンリエッタ、お前はすぐミカエルを産んで……」
「そうです。ミカエルを口実に私は彼らから目を背けたのです。そのことを私はいつも心のどこかで気に病んでいました。ですから今回の件は私にも大きな責任があります」
被害者であるはずのヘンリエッタの発言に、広間の貴族たちが驚愕した。
しかし誰よりも驚いているのは、中心となって彼女を追い込んだマドイ自身である。
「ヘンリエッタ様、貴女は何も悪くない。悪いのはすべて私です。騙されたとはいえ、きちんと裏づけを取ることもせず、憎しみばかりで貴女を――」
「もちろんあなたにも非はありますが、そこまでの憎しみを私に抱いたのは子供の頃にローレに付け込まれたからでしょう? 子供の頃の貴方をロ―レから守れず、今の今まで貴方が騙されていたことにも気付かなかったのは、母親である私の罪です」
「母親……」
呆然とヘンリエッタを眺めるマドイに、彼女は薄く微笑んだ。
それはつい先ほどまで自分を落としいれようとした相手に見せるとは思えないほど、穏やかな微笑だった。
「もしこれで貴方だけが悪いと罰したら、天国にいらっしゃるサクラ様に顔向けが出来ません。ねぇ、そうでございましょう? あなた」
「……」
「私はもう貴方に厳罰を課す気はありません。国王陛下、ローレは幼い王子を苦しめた罪も含めて改めて評定を、マドイにはしばらくの謹慎ということでご容赦願えませんか?」
ヘンリエッタの優しさと器の大きさに、広間中の貴族が立ち上がって拍手をし始めた。
中には滝のような涙を流している者さえいる――進行役の老人だ。
国王もラーニャと王妃の言葉に心を動かされたのだろう、ゆっくりと頷くと「王妃の言うとおりにする」と宣言した。
歓声が大きな広間中に広がる。
「王妃様バンザーイ!国王陛下バンザーイ!」
「イイハナシダナー。イイハナシダナー。」
「猫耳少年もグッジョブ!!」
「猫耳少年ハァハァ……」
審問会が始まったとき、このような展開になることを一体誰が予想していただろうか。
首謀者であるはずのローレは完全に取り残され、目を見開いたまま周りのお祭り騒ぎを眺めていた。