王家陰謀編7 審問会開始
審問会は王宮の大広間にて始まった。
各地から収集された有力貴族たちがきらびやかな広間で円を描くように座っている。
一見華やかにも見える光景だが、その空気は甚だしく重苦しいものだった。
審問会は進行役の貴族の老人によって始められた。
ミカエルの母、ヘンリエッタは中央の席に一人で座らされている。
ミカエルと同じ金髪の、横顔からして美しい女性だったが、今はひどく疲れているように見えた。
「証人は前へ」
シェールにより、証人のサクラの元侍従が前に出てくる。
イルリという名の彼女は黒髪の、どことなく気の強そうな感じのする中年の女性であった。
「私は前王妃であるサクラ様の召使をしておりました。あれはサクラ様が亡くなる三日ほど前のことです」
イルリの証言によると、彼女は前王妃サクラの食事に毒を入れるようヘンリエッタから頼まれたという。
当然断ろうとしたが、言うことを聞かなければ父親を殺すと脅されたそうだ。
「父は早くに私の母を亡くして、男で一つで私を育ててくれました。その父を人質に取られて私は――。しかし父も昨年亡くなりました。ですからせめてもの償いとしてヘンリエッタ様の罪を白日の下にさらしたいのです」
イルリは顔を覆って泣き出したが、ラーニャにはその姿がわざとらしく見えた。
彼女の証言に、ヘンリエッタが異議を唱える。
「その者の言っていることは全て嘘です。どうして私がサクラ様を殺す必要があると言うのですか」
すると今回の訴えを起こした一人、ローレが前に出てきた。
「貴方が前々から王妃の座を狙っていたことは知っています。サクラ様が邪魔だったのでしょう」
「そんな……私は王妃の座など狙って……」
「だから巧みに病床のサクラ様に近付かれた。違いますか」
「違います。元々サクラ様は私の友人でした」
ミカエルと同じ濃いブルーの瞳で、ヘンリエッタはローレとマドイを睨み付ける。
だがローレはさほども堪えない様子で、懐から茶色い薬瓶を取り出した。
「ここにあるのは、そこの侍女がヘンリエッタ様から渡されたという毒物です」
証拠品の登場に、広間にいた貴族がざわめいた。
「サクラ様が心臓の発作でなくなられたことは、皆様がご存知の通りです。そしてこのビンに入っているのは、パレパレ草という植物の根から取れる、心臓を弱らせる毒でございます」
「そんな証拠、いくらでも偽装出来るでしょう」
王妃の言うとおりであった。
そんな小瓶など作ろうと思えば誰でも用意できる。
だがローレは不敵な笑みを浮かべたままだった。
「しかし王妃が亡くなった当時、ヘンリエッタ様のご自宅の庭にはパレパレ草が大量に植えられていたと記録には残っていますが」
「パレパレ草は人気のある品種です。誰の庭にも植わっています」
「ほう……そうですか」
ローレはにやりと笑うと、そばにいた侍従に目で合図する。
侍従は物入れから古びた帳面を取り出すと、彼に恭しく差し出した。
「これは当時貴方の家に仕えていた庭師が記した管理表です。ここに、王妃様が亡くなる三日前の日付の所に、植わっていたパレパレ草を全て刈り上げたと書いてあります」
皆にも見えるようローレは帳面を高らかに掲げ上げると、そのまま畳み掛けるように貴族たちへ弁舌をふるった。
「パレパレ草は冬に咲く珍しい花、王妃の亡くなった頃が一番の旬で、普通その時期刈り取ることはありえません。活けるために多少そうすることはあるとしても……庭中の草を刈り取ることなどまずないと言っていい。何か別の用途に使うなら別としてですがね」
「わっ、私はパレパレ草を刈り取ったことなど知りません。庭師が勝手に……」
ヘンリエッタの顔に動揺が浮かぶ。
自らの罪が露見するのを焦ったからか、はたまた予想外の言いがかりに驚いているだけか。
周りの貴族にはどう見えただろう。
ローレは王妃の隙を逃すまいと、彼女をさらに厳しく追及し始めた。
「ではお聞きしますが、貴方は屋敷の主人の命を聞かずに勝手に庭中の花を刈るような庭師を雇ってらっしゃったんですか?」
「それは……」
「しかも貴方はそこら中に生えていた花を刈られて気付かなかったのですか?いくら深窓の姫君と言えど、自宅の庭の様子くらい知っているでしょうに」
「……刈られた草に気付かなかったのは、その時は王城に行っていて、それから間もなくサクラ様が亡くなられて、それどころではなかったからです。庭師が勝手に花を刈ったのも本当です。理由は彼に聞いてください」
「そうですか。しかし残念なことに彼は半年前に亡くなっています。」
全てがうまく仕組まれているように感じた。
おそらくローレ達は花を刈った本当の理由を知る庭師が亡くなるのを待って、ヘンリエッタに暗殺容疑をかけたのだろう。
普通ならなぜ今更疑いをかけるのか疑問を持つところだが、人質であったイリルの父親が亡くなったから真実が明るみに出たという、もっともな理由が用意してある。
対して、王妃の方はと言うと、知らない気付かないの一点張りですこぶる心象が悪い。
ラーニャは首だけを動かしてミカエルの様子を伺った。
可哀想に、小さな彼はうつむいたまま微動だにしない。
できることなら今すぐ駆け寄って、頭を撫でてやりたかった。
広間の中央では、ローレが最後の詰めだとばかりに大声を張り上げている。
「皆様もう私どもの申し上げたいことはお分かりでしょう。ヘンリエッタ様はお屋敷のパレパレ草を刈り上げ、それを煎じて前王妃サクラ様に飲ませられたのです。ヘンリエッタ王妃は、前々から王妃の座を狙っていてサクラ様が邪魔だった。だから元々体の弱かったサクラ様のご病気に乗じて、毒殺による暗殺を企てた――動機は充分にあります」
ローレは勝利を確信したのだろう、両手を大きく広げ改めて貴族と王の方に向き直った。
「皆様方。私たちの申し上げていることが真実だろうか、良くお考えになって下さい。これは国を揺るがす一大事なのです」
話を割ると、ローレは恭しく王に向かって腰を折った。
国王は肯定とも否定ともつかない、岩のように硬い表情をしている。
ラーニャはローレが尋問している最中一言も喋らなかったマドイを見た。
マドイは国王と同じように、いやもっと硬い表情をしていて、まさしく大理石の彫刻のようであった。
あれほどまでに王妃を憎んでいたにもかかわらず、なぜ彼は声を発しなかったのだろうか。
「では評議の方に入ります」
議事の進行をつかさどるの老人が朗々と告げる。
「おい殿下、その前に言いたいことがあるんじゃないのか?」
「……」
「言っちまえよ。じゃないと一生モンモンとしたままだぞ」
ラーニャの言葉にマドイは動かされた。
静かに立ち上がると、艶のある声で国王陛下に尋ねる。
「父上、こんな所でなんですが、私には前々から聞きたいことがありました」
予想だにしなかった彼の行動に、広間中の空気がざわりと動いた。