王家陰謀編6 みんなでニコニコ家族会議
「ラーニャ!どうしてお前がここに!」
トイレから出てきたラーニャを前に、マドイは自慢の銀髪を振り乱して動揺していた。
「どうしてって。俺がトイレに入ってたら、オメーが勝手にくっちゃべりに来たんだろ。あ、トイレ入んなら少し待ってからにしろよ?自分で言うのもなんだけど、ほら。結構アレだから」
「そんなことはどうでもよろしい!どうして貴方がここにいるのか説明しなさい!」
「呼ばれたんだよ、ミカエルに。――って、そんなことよりよぉ。トイレで唸りながら聞いてたけど、お前実の弟にちょいと言いすぎなんじゃねーのか?」
「貴方には関係のないことでしょう。これは王家の問題です。平民ごときが口を挟んでいいものではありません!」
マドイが手にしていた扇をはたいて鳴らす。
しかしラーニャは気にすることなく、大股でマドイに詰め寄った。
「平民だから口を挟むんだよバカヤロウ!いいか?オレたちの暮らしはお前ら王家にかかってんだ。テメーらがどうにかなりゃ、こっちだって色々困ったことになるんだよ。首を突っ込みたくなるに決まってんだろうが」
「なっ……」
「さっきから聞いてりゃ、グダグダグダグダ弟いびりやがって。お前が詰めよる相手は他にいるんじゃねぇのか?あぁ!?」
マドイは問いかけの答えが分からないのか、言葉に詰まっていた。
いっこうに何の反応も示さないマドイに痺れを切らし、ラーニャは背伸びをして彼の胸倉を掴む。
――つもりだったがやはり届かなかったので、胸の少し下辺りを掴んだ。
「お前が詰めよる相手はなぁ、テメェの親父と継母よぉ。テメェのお袋一人で死なせたのもテメェをずっと一人きりにしたのも、ミカエルじゃなくてそいつらだろーが!弟のミカエルは何も悪くねーだろ!」
「何をバカなことを。いくら父親とは言え国王と王妃にそんなことできるわけが――」
「だから弟に八つ当たりってかぁ?いい根性してるな王族様よぉ。強い者にぶつけられない鬱憤を、弱い者にぶちまける。こんなヤツが政治の中心たぁ、今後のこの国が楽しみってヤツだぜ」
あっけらかんと笑うラーニャの胸倉を、今度は逆にマドイが掴み上げた。
小さなラーニャの体は哀れにも宙に浮き上がる。
マドイはラーニャの顔を引き寄せると、切れ長の目でこれでもかと睨み付けた。
「なら、私にどうしろと言うんですか」
「けっ、そんなの簡単だよ。『オメーらが不倫したせいでお袋もオレの人生もめちゃめちゃだ』そう本人たちに言ってやればいいのさ」
体を持ち上げられ、マドイの紫色の瞳に睨み付けられても、ラーニャは平然としていた。
むしろ楽しそうにすら見えるくらいである。
「だいたい父親が不倫してたって、お前現場を見てたのかい?ひょっとしたら勘違いかもしれないだろーが」
「じゃあローレが私に嘘をついてるんですか?そんなの有り得ません!!」
「ローレって誰だよ。――まあとにかく、本人に聞いて見るのが一番なんじゃねぇの?全部ひっくるめてよぉ。どう考えても弟に八つ当たりすんのは間違いだよなぁ?」
締め上げられているにもかかわらず、ラーニャは不敵にもマドイをメンチを切った。
恐れを見せない堂々とした彼女の態度に、なぜか絶対的優位にいるはずのマドイがたじろぐ。
「そんなこと、できるわけが……」
「なに言ってんだ。お前ら王家っつったって、家族だろぉ?家族の不満をぶつけあってこそ家族ってもんさ。みんなでニコニコ家族会議!コレ、家族円満の秘訣アルネ」
「なんですかその胡散臭い格言と喋り方は」
「これから審問会あるんだろ?いい機会じゃねーか、そこで思う存分ぶちまけちまえ。どうせ国王陛下も王妃様も来るんだろ?」
ラーニャはふと真剣な表情になって「この機会を逃したら次はねぇぞ」と言った。
マドイは長い睫毛を二三度しばたかせると、無言のままラーニャを床に下ろす。
そしてゆっくり息を吸いながら、静かに呟いた。
「なるほど。それもいいかもしれませんね」
まさかすんなり賛成するとは思っていなかったので、ラーニャは正直驚いた。
「おう。やるってのかい?」
「ええ。不満と憎しみを抱えながら生きて行くのにも疲れていたところです。貴方の言うとおり、ちょうどいい機会かもしれません」
だがマドイはラーニャの方へ向き直ると、いきなり彼女の頭を鷲掴みにした。
「ただし。貴方も一緒に審問会に出てもらいます」
「げっ!?何でオレ?」
「そこでもし私が父上の不興をかったら、貴方も一緒に責任を取りなさい。貴方が言い出したことなのですから」
マドイはそう言うと、逃げ出そうとするラーニャを取り出した鞭で素早くふんじばった。
暴れて抵抗を試みるが、鞭に弾力がありすぎて思うように行かない。
「コレで逃げられません。もう時間なのでこのまま行きますよ」
「ちょっ……!やめてくれー」
「情けない……。さっきの勢いは何だったのですか」
ラーニャの抵抗も空しく、無情にもマドイは歩き出す。
ミカエルとアーサーが見守る中、ラーニャは赤い絨毯の引かれた廊下の上をずるずると引きずられていった。