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激烈出稼ぎ娘  作者: 種子島やつき
第一部
15/125

王家陰謀編5 やっとマドイのターン

 やっとこの時が来た。

マドイは笑い声を上げそうになるのを堪えながら、ミカエルの部屋の扉をノックもなく開け放つ。

扉のすぐそばにいた彼の護衛騎士アーサーが何か言おうと立ち上がったが、マドイの顔を見てすぐに勢いをなくした。


「ごきげんようミカエル。少し痩せたんじゃありませんか?」

「兄上、何かご用ですか?」


 恐る恐る応じるミカエルをマドイは憎々しげに睨む。


「貴方に兄上と呼ばれることは不本意なのですがね――まあいいでしょう。どうですか、今の心境は」

「えっと、その……」

「せいぜい今のうちに王宮の景色を目に焼き付けておくことですね。もうすぐ貴方は国を追われる身なのですから」


 下を向いて唇を噛み締めるミカエルを見て、マドイは自分の復讐心が満たされて行くのを感じた。

下手をすれば今にも高笑いしそうになる。


 ミカエルはそんな兄の顔を盗み見ながら、絞り出すような声で言った。


「兄上、ずっと気にかかっていたのですが――どうして兄上はボクのことをそんなに嫌うのですか」

「ふん。何を言うかと思えば。貴方があの女の息子だからに決まっているでしょう」


 マドイは「何を今更」と言いそうになった。

この純真無垢なところが、苦労して権力を手にしたマドイの鼻につく。


「なら、どうして兄上はボクの母上を嫌うのですか。ボクの母上が兄上の母上様を殺したと言われる前から……理由が分かりません」

「……白々しい。さすがあの女の息子のことだけはある。そんなに言うなら理由を教えて差し上げましょうか?」


 マドイは唇を吊り上げて笑うと、その彫刻のように整った顔をミカエルに近付けた。

ミカエルがたじろぐ様子を見て、さらに彼は唇をゆがめる。


「貴方の母上はですねぇ、私の母が亡くなる前から父上と――国王陛下と男女の仲にあったんですよ」

「……男女の仲?」

「簡単に言えば不倫です。私の母が死の病で伏せっている間、国王陛下は貴方の母上に溺れていました。公務を言い訳にしてね」


 ミカエルの顔が曇る。

慕っている母親が人の道に外れたことをしていたと知ったら、幼い彼には相当な心の傷になるだろう。

それでもマドイはかまわなかった。

 

「母が死ぬ直前のときも、父上は貴方の母親と――あの女と会っていました。貴方の母親のせいで、私の母は夫に看取られることなく死んだんです。遠い島国から身一つでこの国に嫁いできて、王子を二人も産んで。国務にもたくさん貢献したのに、夫である国王は他の女に現を抜かし、死に際さえ看取ってくれなかった。母はどんなに寂しかったことか」


 マドイは母のサクラの最期を思い出した。

彼女は最後の最後まで夫が来ないことを嘆きもせず、諦めたように薄く笑って死んでいった。

そのときのサクラの心情を思うと、息子として悔しくて仕方がない。


「もちろん貴方自身に対しても充分恨みはありますよ。貴方が生まれたせいで、私は一人きりになったんです。母が死んで、一年も立たぬうちに父上が貴方の母上と結婚して、すぐ貴方が生まれて。その途端今まで私の周りにいた人間は全て離れて行きました。皇太子でもない、母親の死んだ王子など貴族にとって用無しです。生まれた時から父上に、皆にチヤホヤされてきた貴方に分かりますか?今まで慕ってきたものが手のひらを返して去って行くことが」


 あの時、母親を失って寂しい思いをしていたマドイに追い討ちをかけるように、周囲の人間は次々と冷たくなっていった。

「もう機嫌を取る必要もない」「役立たず」と貴族が自分のことを噂しているのを何度も耳にしたことがある。

彼らは潮が引くようにマドイの前からいなくなり、代わりに生まれたてのミカエルの所へ行った。

母親を寂しく死なせた女の息子であるミカエルが皆から可愛がられ、なぜ何も悪いことをしていない自分が惨めに打ち捨てられなければならなかったのか。


「兄上……ボクは……」


 ミカエルが何か言おうとしたが、マドイはそれを遮った。


「兄上なんて呼ばないで下さい。私はお前の母親とお前のせいでずっと一人だった。私だけじゃない、母上もだ。魔導大臣にまで登り詰めるまで、私がどれだけ辛かったか。この地位になって、ようやく、私はお前たちを追い出せる」


 魔導大臣になるまで――権力を手にするようになるまで本当に長かった。

マドイは自分を捨てた貴族を見返すため、母を苦しめたヘンリエッタに復讐するため、ローレの援助を足がかりに日夜勉強に励んだ。

剣術も魔法もすべて完璧にこなせるようにし、容姿も誰にもまけないようさらに磨きをかけた。

そうしてようやく手にした地位と権力、この日をどれだけ待ち望んでいたことか。


 一方、凄みのある微笑を浮かべるマドイとは対象的に、ミカエルは紙のように青白くなっていた。

いきなり母親の不貞と実の兄からの強烈な憎悪を向けられたのだ。

動揺するのも無理はないことだろう。


 だがその青ざめた表情が、余計にマドイの嗜虐心と復讐心をあおる。


「ミカエル。私はお前が憎い。憎くて憎くてたまらない。出来るなら殺して――」


 マドイが途中まで言いかけたところで、部屋の奥の方から激しく水の流れる音が聞こえてきた。

ミカエルの部屋にある右側の扉から聞こえてくるその音は、まぎれもなくトイレのそれであった。


「誰ですか!そこにいるのは!?」


 もしミカエルの召使だったら、鞭の餌食にしてくれよう。

マドイはその美しい顔に似合わぬ凶暴な笑みを浮かべたが、トイレから出てきたのは予想をはるかに裏切る人物であった。


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