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激烈出稼ぎ娘  作者: 種子島やつき
第一部
14/125

王家陰謀編4 カビたパンは捨てよう

 今日もラーニャは銅貨二枚を握り締め、ふらふらになりながら家路についていた。

冷たくなってきた風に汗をかいたままの肌がさらされて、くしゃみをしそうになる。


(あー。惜しいことしたなぁ)


 ラーニャの脳裏にマドイが置いた金貨いっぱいの皮袋が浮かぶ。

どうせならアレを持って逃げればよかった。

ラーニャが半ば本気で思っていると、通りの辺りから新聞売りの声が聞こえてきた。


「号外!号外だよ!!」


 通りの真ん中で新聞売りの少年が、号外を片手に道行く人達に声をかけている。

何か事件でもあったのだろうか。


「大事件だよ!ヘンリエッタ王妃様に前王妃暗殺の疑い!!さあ、買った買った」


 ヘンリエッタ王妃とはつまり、ミカエルの実母である。

本人の意思とは関係なく、ラーニャの尻尾が爆発するように膨れ上がった。


「その新聞よこせ!」

「まいどー」


 もらったばかりの銅貨を投げ渡し、奪いとるようにして新聞を手に入れると、ラーニャはそのまま道に突っ立って記事を読み始めた。

「ヘンリエッタ王妃。前王妃毒殺の疑い」という見出しの下には、彼女が王妃の座を手に入れるために前王妃を毒殺したのだという、半分憶測交じりの記事が載っている。


(マジかよ……)


 記事によれば王妃は自室に軟禁され、第二王子であるマドイが中心となって追求にあたっているという。

王妃の息子であるミカエルがどうなっているかについては、記事には何も書かれていなかった。


 ミカエルに何事も無ければいいが。

本当ならすぐにでも様子を見に行きたいくらいだが、一般市民であるラーニャが王宮に出て行くわけにもいかない。

どうしようもできないラーニャは、ここからかすかに見える丘の上の王宮を見つめた。







 それからしばらくたっても、王妃の暗殺疑惑に関する続報は王都まで何も伝わってこなかった。

本当なら王家をひっくり返すような話だから、そうそう国民に話が漏れてくるはずがない。

ラーニャは苦境に立たされているであろうミカエルのことを思って、やきもきしながら毎日を過ごしていた。


 そんな日々を送っていたある朝、ラーニャがどこかかび臭いパンをかじっていると、窓の外からアーサーの呼ぶ声が聞こえてきた。

まさかと思いつつ窓の下を見ると、紛れもない本人が馬車つきで立っている。

驚いたラーニャは朝食を放り出すと、大急ぎで彼の元まで行った。


「ラーニャさんお願いがあります。王宮まで来てください」

「どういうことだよ。いきなり」

「ミカエル様たってのご希望なのです。殿下に会ってくれませんか」


 その身を案じていた本人に会えるとなれば断る理由は何も無い。

ラーニャはそのまま取るものもとらず用意された馬車に乗り込んだ。


「話は聞いてるぜ。今王宮はどうなってんだ?」

「ご存知かもしれませんが、王妃はマドイ殿下の手によって幽閉されています」

「……あのクソ兄貴か」


 ラーニャは金貨と引き換えに、ミカエルと縁を切れと言った彼のことを思い出した。


「で、ミカエルはどうなんよ?」

「今は軟禁されているわけでもありませんが……。今日ある審問会の結果によって、最悪の場合は国外追放もありえます」

「こっ、こくがいついほお!?」

「……はい。そうなる前にラーニャさんに会いたいと今朝」


 馬車が王宮に着くと、ラーニャは真っ直ぐミカエルの部屋まで通された。

彼に良く似合うパステルカラーの部屋は、見事と言うほかないほど立派だったが、今はそんなことを気にかけている場合ではない。


「ミカエル無事か!?」

「ラーニャァ。会いたかったよぅ」


 顔を見せるなり、ミカエルは青いビー玉のような目を潤ませて、ラーニャに抱きついた。


「母上が兄上に幽閉されちゃったの。母上は人殺しなんてしてないのに」

「あの野郎、何を根拠にそんなでたらめ言ってやがるんだ」


 ラーニャはもちろん、彼の母親が前王妃を暗殺したなどと疑ってはいなかった。

下世話な趣味はあるが、こんな良い子の実の母だ。

毒殺なんて大それたことをするはずがない。


「兄上はね、母上が兄上の母上に侍女を使って毒を飲ませたって言ってるんだ。そう証言してる侍女がいるみたいなの」

「そんな証言、嘘っぱちかもしれないじゃねーか」

「でも証拠があるんだって。……詳しくはボクも教えてもらってないんだけど」


 いつも明るいミカエルはすっかり元気をなくしてしまっていた。

心なしか柔らかそうな頬も少しこけてきているようにも見える。


「しかし前王妃様が亡くなったのは、もう十年以上も前なんだろ?何で今更。めちゃくちゃ怪しいじゃねーか」

「確かに怪しいこときわまりませんが、向こうは確固たる証拠があると主張しているようです。それに中心になって動いているのが、魔導大臣であるマドイ殿下と有力貴族のローレ様ですからね。なかなか他の物が口を挟めない状況なのです」

「権力を使ってごり押しってか?やってらんねーぜ」

「こう言っては何ですが、ミカエル様には王妃様という強力な後ろ盾がありますから。それによって同じ王子であるミカエル様が宮廷で権力を持つのが、マドイ殿下には気に食わないのでしょう。それにくっついているローレ様にも……。だからでっち上げで王妃とミカエル様を――」


 ラーニャは牙にも見える長い犬歯をのぞかせながら大きく舌打ちした。


「なるほど。自分の権力ために弟を蹴落とすってか?気にくわねぇな。――いいかミカエル。オレはなにがあってもお前の味方――」


 「お前の味方だぜ」

そう言いかけたところで、ラーニャの腹が不穏な音を立てた。

腹部に痛みと奇妙な感覚を覚え、ラーニャの顔から血の気が引いていく。


「どうしたの?ラーニャ」

「ヤベェ。今日食ったパン、やっぱりカビてたみたいだ」


 あのかび臭かったパン。

もったいないからと言って無理に食べなければよかった。

ラーニャの体は次第に強くなっていく腹痛のせいで、自然とくの字に折れ曲がる。


「悪い……。トイレ貸してくれ」

「……。あの部屋の右側にある扉がトイレだよ」


 さすがに呆れているミカエルを気にする余裕すらなく、ラーニャは不快な音を立てる腹を抱えてトイレに飛び込んだ。

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