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激烈出稼ぎ娘  作者: 種子島やつき
番外編という名の続き
123/125

【番外編】マリッジブルー(前編)

 【国中に衝撃が走った、マドイ殿下(25)の婚約の真相を関係者が語る!ロキシエル王室の思惑とは!?】


 言わずと知れたこの国の第二王子マドイ殿下が、庶民のマオ族の少女(ラーニャさん17歳)と婚約を発表したことで、国中に衝撃が走っている。

王室の発表によると、ラーニャさんは故郷から王都に出稼ぎに来た折に、マドイ殿下と知り合ったというが、果たして出稼ぎ娘と王子がそう簡単に結婚できるものなのだろうか。

この疑問を解決するべく、本記者は王室の関係者に聞いた。


「実を言うと国王陛下は、マドイ殿下を牽制するために、庶民のラーニャさんと婚約させたのです」


 こう答えるのは、ある有力貴族の男性(58)だ。

マドイ殿下をけん制させるために、ラーニャさんと結婚?

一体どういう意味なのか、さらに記者は疑問をぶつけてみた。


「三年ほど前、マドイ殿下が王妃様を陥れようとしたことがあるでしょう。あれが原因ですよ。あの件で殿下は謹慎ですみましたが、国王陛下はまだ殿下を信用しているわけではありません。殿下が結婚でさらに権力をつけることを不安視し、あえて平民と結婚させたみたいです」


 なるほど、マドイ殿下が貴族と結婚すれば、さらに権力を強める結果となりかねない。

そこであえて庶民と結婚させるとは、国王陛下もなかなかのご決断だ。

しかしその話を、よく殿下がのまれたものだが――。


「ええ。確かにただの庶民と結婚させられたら、殿下も反発されたでしょう。しかしラーニャさんは精霊の守護を受けていますからね。彼女と子供を作れば、その子も精霊の守護を受ける可能性が高くなります。だからマドイ殿下も了承されたのでしょう」


 マドイ殿下も、ギリギリの承諾といったところだろうか。

さらに男性は、国王の別の狙いも語る。


「それになにより、ラーニャさんはマオ族です。マオ族への差別は、王都でも問題になっている。それの解決を含めての婚約だと思います」


 では最後に、ラーニャさんとの婚約で、マドイ殿下にどう影響が出るのか。

「それはまだ未知数ですね」と男性は語るが、どうやら殿下が庶民と結婚したことに、反発を抱く貴族も少なくないらしい。

そのほとんどが娘を殿下と結婚させたかった親たちと、その娘本人たちだというから、目論見が外れて悔しがっているというところか。

ともあれ、マドイ殿下とラーニャさん、今後二人の動向に要注目である。







「なんじゃいこりゃあああ!!」


 ラーニャは王宮中に響き渡るような声で叫ぶと、週刊誌を素手で真っ二つに引き裂いた。

二つになったそれを床に叩きつけても、彼女の気はまだ収まらない。


「何が牽制で庶民と結婚させただよ! ふざけんな!! オレたちが結婚するのは、牽制や差別云々じゃなくて、単に好きだからなんだよ!!」


 ラーニャが頭から湯気を出しながら、バラバラになった本を踏みつけていると、トイレから戻ってきたミカエルが悲鳴を上げた。


「ちょっとラーニャ! ボクのコレクションに何やってるの!?」

「何って、こんなこと書いてありゃ、誰でもキレるだろうが!」


 ラーニャは散らばったページの内の一枚を指差す。

それを見たミカエルは、ため息を吐いて眉根を寄せた。


「あのさー、そんな記事本気にして怒らないでよっ。こんなのでたらめに書いてある与太記事なんだからさ」

「だけど、好き勝手言われたら腹立つだろ?」

「好き勝手言われるのも、王族の仕事のうちだよ。それより、借りたもの勝手にボロボロにするなんて、ちょっとヒドいんじゃないっ?」


 ラーニャはそこでようやく、目の前に散らばっている週刊誌が、ミカエルからの借り物だと言うことを思い出した。

マドイを待っている間暇だから、部屋で時間を潰させてくれと言い、棚にあった週刊誌を借りたのだ。

頭が冷えてきたラーニャは、さすがに悪いことをしたと思い、ミカエルに頭を下げる。


「まったくもう。ラーニャったら沸点低いんだから。もうすぐ結婚するのにそれじゃマズイでしょっ」


 確かにその通りだと、謝ることしかできない。

ただでさえマドイはよくヒスるのだ。

そこにラーニャまでキレやすいとなれば、新婚生活が瓦壊するのは目に見えている。

二人の結婚式は、もう五ヵ月後に迫っていた。


「他人の離婚は面白いけど、身内の離婚は洒落にならないんだからっ!」


(……他人の離婚は面白いのかい)


 それからミカエルは懇々と、「結婚とはなんたるものか」と説教してくれた。

その内容はさすが下世話王子と言ったところで、「デキ婚して、子供が生まれないうちに別れた夫婦」やら、「夫婦喧嘩のしすぎで、子供が心の病にかかってしまった夫婦」やら、具体例も豊富である。

例のほとんどが、彼が実際見聞きしたものだというから、いろんな意味で恐ろしい。

ミカエルの説教は、ラーニャの約束の時間を過ぎても続けられた。

といっても、途中から説教というか、単に色々な馬鹿夫婦の逸話を彼が一方的に語っていただけなのだが。


「あのー、そろそろオレ、時間なんだけど……」

「何? 今『嫁の悪口を自分の母親に告げ口していた最低夫』の話してるんだけどっ。ていうか、今日ラーニャ、予定なんかあったっけ?」

「あるよ! マドイと待ち合わせしてるって、最初に言ったろ!」


 今日ラーニャはマドイと一緒に、舞踏会で着るドレスを作ることになっていた。

結婚式の準備で非常に忙しいにもかかわらず、王宮では近く大規模な舞踏会が開かれるのである。

その舞踏会は半年に一度、必ず開かれるものであり、もうすぐ王家の仲間入りをするラーニャが参加しないわけにはいかない。


 ラーニャに予定があると聞いて、ミカエルはビックリした顔をしていた。

下世話話に夢中になるあまり、本気で忘れていたらしい。


「そういえばそうだったねっ。でも兄上遅くない?」

「だよなー。仕事が終わんないのかな?」


 予定ではマドイは仕事が終わったらそのままここへ来ることになっていたが、時間を過ぎても彼が現れる気配はなかった。

ミカエルとしばらく待ったが、それでも来ない。

痺れを切らしたラーニャは、直接マドイの所に行こうかと部屋を出ようとしたが、その前に魔導庁に新しく赴任した副大臣が部屋に顔を出した。

彼は前の副大臣が男に騙されたことがバレたショックで、軽い引きこもりになってしまったため、急遽任命されたという人物だ。


「ラーニャ様。マドイ殿下からの伝言です」


 初老の太った男はラーニャに、マドイが予定を延期して欲しいと言っていることを告げた。

どうやら帰り際に、緊急性のある仕事が入ったらしい。

仕方ないとはいえ、あまりいい気分ではなかったが、マドイが「この埋め合わせは必ず。すぐに連絡します」と、申し訳なく思っているとのことで、ラーニャはすぐ機嫌を治した。


 しかしすぐにと言ったくせに、マドイからの連絡は一週間以上待っても届かなかった。

余程忙しいのだろうと思ったが、こうして待っている間にも、舞踏会の日にちは近づいていく。

舞踏会でラーニャが着るドレスは、似合う布地を決め、採寸をし、一から作って行く予定であった。

別にラーニャ自身は出来合いの物でも良かったのだが、マドイが「盛大な舞踏会なのだから、ドレスも贅沢に」と、オーダーメイドの品を望んだのである。

その言い出した本人が、一向に連絡をよこさないなんて、無責任な話だった。


 向こうからの連絡を待っていても無駄だと悟ったラーニャは、自分からマドイにいつ行けば良いのかと手紙を書いた。

だがやはりいくら待っても、返事は返ってこない。

気付けば、最初の予定を反古にされてから、一ヶ月以上の月日が流れていた。


 当たり前だが、ドレスをオーダーメイドで作るとなると、それなりの時間がかかる。

これ以上予定が伸びれば、舞踏会にドレスが間に合わない恐れさえあった。


(アイツ……。一体どうしたんだろう?)


 魔導大臣という役職についているマドイである。

今までも忙しいことはあったが、今回のように約束をふいにしてそのままにしたり、返事を返さないことはなかった。

一週間会わないと、こっぱずかしい手紙を送ってきたくらいなのに、この音沙汰のなし具合は、怒りを通り越して、逆に心配になってくる。


 何も告げずに、いきなり彼の部屋を訪ねてみようかとも思ったが、ラーニャがそうする前に、やっと会える都合が付いたと、副大臣越しにマドイから連絡があった。

やっと仕事が一段落付いたのだろう。

ラーニャは怒りを覚えるよりも、マドイが無事だったことに安心した。

ドレスを作る時間に猶予がなかったので、ラーニャは急いで王宮に向かう。


 しかしラーニャは、マドイに会うことができなかった。

マドイの宮に行くなり、副大臣から「またマドイ殿下に仕事が入った」と聞かされたからである。


「また仕事って、どうゆうことだよ!!」


 今度ばかりは、ラーニャの堪忍袋の緒も持たなかった。

散々約束を引き伸ばした挙句に、呼びつけられて行ってみれば、またもやドタキャン。

いくら仕事が理由だとはいえ、怒らずにいられるはずなかった。

ろくに連絡もしてこないで、挙句の果てにこの仕打ち。

なめられているとしか思えない。


「マドイの居場所はドコだ! 出てってぶちのめしてやる!!」

「ラーニャ様! とりあえず落ち着いて!! なんというかその、殿下にも理由がございまして」

「理由って何だよ!? 言ってみろ!」

「それは……」


 八つ当たりもいいところで、ラーニャは副大臣の顔をにらむ。

彼女の鬼のような顔に、初老の男は太った体を縮こまらせた。


「殿下の理由というのは、その……」

「何だよ。ハッキリ言ってくれよ」

「しかし、それは殿下に口止めされていて……」


 副大臣の煮え切らない態度に、ラーニャは余計に腹が立った。

しかし彼が煮え切らないのは、元はといえばマドイが口止めしているせいなのだ。

ラーニャは未だかつてない程、自分の婚約者に腹を立てた。


「教えられないなら、本人に直接聞きに行くからいいよ」

「それはいけません! それだけは!」

「じゃあ、今ここで教えてくれ。どうしてアイツは、無視やドタキャンを繰り返すんだ?」


 副大臣は始め、口をモゴモゴさせたり、頭を掻いたりしていたが、そのうち覚悟が決まったらしい。

「絶対に殿下にはおっしゃらないで下さい」と前置きして言った。


「実は、殿下が仕事でこられない理由は、ラーニャ様のせいなのです」


 思わぬ彼の言葉に、ラーニャは金色の目を見開いた。


「えっ? オレのせい……? どうして――?」

「それは……。マドイ殿下がラーニャ様と結婚されるからです。庶民の貴女様と殿下が結婚されることを、良く思っていない貴族共がございまして」


 マドイが庶民である自分と結婚することを、良く思っていない人間がいるのは承知している。

だが、それがなぜマドイが来られない理由になるのか分からなかった。

副大臣はラーニャの疑問を察したのか、さらに言葉を続ける。


「その結婚を良く思っていない貴族共が、マドイ殿下の仕事が進まないよう嫌がらせをしているのです」

「嫌がらせを?」

「……。ハイ。わざと魔導庁に仕事を回したり、関係書類を遅らせたり、処罰しにくいような陰湿な嫌がらせを繰り返して」


 「ですから、殿下はなかなか貴女様と会う時間を作れないのです」と、副大臣は締めくくった。

ラーニャはそれを、呆然とした面持ちで聞く。

まさか、自分のせいでマドイに負担がかかる結果になっていたなんて。

会えなくて当然だという気持ちになるのと同時に、ラーニャはマドイに申し訳なくて仕方なくなった。

今マドイは、嫌がらせで増えた仕事を、必死に片付けているのだろう。


 ラーニャはすごすごと伯爵家に戻ると、マドイに手紙を書いた。

「自分と結婚するせいで、迷惑かけて申し訳ない。仕事が忙しいなら、無理に連絡しないでいい。ドレスも自分で決める」という趣旨の手紙である。

要望がかなったというべきだろうか。

それからマドイの連絡が来ることはなく、ラーニャは自分でドレスを決め、舞踏会に望んだ。

もちろん、舞踏会はマドイをパートナーとしての出席である。

当日はさすがに彼も来ていたが、その美しい顔はげっそりとやつれていた。


(マドイ……。オレのせいで――)


 ラーニャは憔悴したマドイを見て、激しい罪悪感にかられた。

きらびやかで美しいパーティーだというのに、彼女の心はちっとも華やがない。

国王からのお言葉が終わって、いざ舞踏会が始まる。

するとすぐに、一人の貴族がラーニャたちの所へやって来た。

横に自分の娘らしき若い女を携えたその貴族の男は、張り付いた笑顔でマドイに言う。


「これはこれは、マドイ殿下。ご機嫌麗しゅう」


 男は最初からラーニャを無視して、マドイだけに挨拶した。

娘もその方針らしく、マドイだけ頭を下げる。


 こんな所で嫌がらせをしてくるとは、ラーニャも思わなかった。

舞踏会ですらこうなのだから、日常はもっとひどいに違いないと、副大臣の話に現実味が涌く。


 マドイは男に対して露骨に嫌な顔をしたが、彼はそれを打ち消すように笑い声を立てて言った。


「しかし驚きましたなぁ。殿下にこのような趣味がおありでしたとは」

「このような趣味とは?」

「私はてっきり、殿下はもっと上品で洗練された女性を好まれるものと思っておりましたが、まさかこんな土臭い女性がお好きとは」


 男はハッキリと侮蔑の視線をラーニャに送った。

もちろん娘もそれに倣い、ラーニャに向かってそしり笑いを浮かべる。


「殿下、もしまた文明が恋しくなりましたら、ぜひ私の娘にお声を」


 男は言いたいだけ言うと、踵を返そうとした。

だがマドイは、彼と娘を呼び止める。


「ちょっと貴方がた。忘れ物があるのではありませんか?」

「忘れ物?」

「ええ。ラーニャに挨拶を忘れています。犬猫でさえ挨拶するというのに、それを忘れるなんて。文明人失格じゃございません?」


 マドイは口調こそ穏やかだったが、その紫色の瞳は、しっかりとその男と娘を睨み付けていた。

会場の気温が一気に低下し、辺りには不穏な空気が立ち込める。

マドイの怒りに気付いた他の参加客が、ひそひそと立ち話をし始めた。


「おいマドイ。やめろよ」

「向こうが悪いのに、なぜ引かねばならないのですか?」

「だって、みんな見てるし……」


 マドイの剣幕に負け、男と娘は謝ったが、会場にはしばらく刺々しい雰囲気が残った。

間接的とはいえ、自分が原因で華やかな時間を壊してしまったのかと思うと、ラーニャは酷くいたたまれなくなる。

日常だけでなく、こんな特別なときにも迷惑をかけるなんて。

なんだか自分が彼の横にいたら、また同じようなことが起きる気がした。


「……マドイ。オレ、気分が悪いから、しばらくあっちの方にいるよ」


 ラーニャはそう言うと、マドイの返事もろくに聞かず、壁際に行って椅子に腰掛けた。

マドイは名残惜しそうにこちらを見ていたが、また絡まれるよりは彼にとってもずっといいだろう。

ラーニャがぼんやりと座っていると、そのうち隣にミカエルがやって来た。

いつもパーティーでは、客同士の嫌味の応酬や小競り合いを嬉々として聞いているくせに、珍しいこともあるものである。


「どうしたミカエル? 具合でも悪いのか?」

「実はボク、最近風邪引いちゃって。まだ病み上がりなの」

「へぇ。悪魔でも風邪引くのか」


 ラーニャの物言いにミカエルは文句を言っていたが、正直な感想なのだから仕方ない。


 ラーニャはその後、マドイの傍に戻ることは一度もなく舞踏会を終えた。

舞踏会が終わると、大きな行事はもう他になく、日にちも詰まっているため、これから二人は結婚式の準備だけかかりきりになる。

しかし相変わらずマドイから連絡が来ることはなく、結婚式の仕度は宙ぶらりんのままになった。

このままでは予定の日取りに行えるかどうか分からないが、周りの圧力のせいで仕事に追われるマドイを、急かしたくない。

ラーニャは彼の状況が落ち着くまで、じっと待つことに決めた。


 だがある日、侍女が置き忘れたのだろう、週刊誌の表紙を見て、ラーニャは目を見張った。

そこには「マドイ殿下魔導大臣辞任?」という見出しが、書かれていたからである。

記事によると、マドイとラーニャの結婚に反対する貴族たちが、口々にマドイの大臣辞任を迫っているという。


(こんなの、どうせ嘘っぱちだろ?)


 ラーニャは鼻で笑い飛ばそうとしたが、不安を胸から追い出しきることはできなかった。

もしラーニャのせいで、マドイが大臣を辞めるハメになったら、一体どんな風に彼に詫びればいいのだろうか。

マドイが苦労に苦労を重ねて魔導大臣の座に着いたことは、よく知っている。

その苦労が、水の泡と消えたとしたら――。


 ラーニャはよっぽど彼に会いに行こうかと思ったが、今会いにいったら、余計に彼が不利になると侍女に言われて出来なかった。

だからせめて、手紙だけは書いておく。

もちろん返事は来なかったが、それでもラーニャは良かった。

近況は、たまに公爵家を訪ねてくる副大臣から聞ける。

彼によると、マドイは酷く追い詰められて、健康状態も悪いとのことだった。


(もし、マドイが病気になったらどうしよう……)


 その不安は、無情にも的中した。

マドイが胃潰瘍で倒れたと、副大臣から聞かされたのである。

ラーニャの婚約者は今、ろくに食べ物も食べられない状態らしい。

ラーニャはすぐにでも見舞いに行きたい衝動に駆られたが、病気の原因になった人間がのこのこ顔を出してもいいものかと考えると、なかなか一歩を踏み出せなかった。

幸いマドイの胃潰瘍はすぐ良くなったらしいが、状況は変わらないらしいし、またいつ病気が再発するか分かったものではない。


 自分のせいで苦しんでいる彼のために、今してやれることは、一体何なのだろう。

ラーニャはマドイが病気になってから、強くそれを考えるようになった。

悩んでいる間にも、マドイが苦境に立たされているという情報ばかりが耳に入る。


 やがてある日、副大臣がいつになく堅い顔つきで、ラーニャを尋ねて来た。

席に案内し、茶を出すと、重々しい口ぶりで彼が言う。


「マドイ殿下が、大臣を辞めさせられるかもしれません」


 ごくりとラーニャは息を飲んだ。

同時に、週刊誌で書かれていた記事を思い出す。


「それ……。本当か?」

「ハイ……。前から動きはあったのですが、この所それが確実になりそうで……」


 週刊誌の話は、嘘ではなかったらしい。

ラーニャは絶望的な気分になった。

マドイが必死の思いで掴んだものが、こんな理由で失われそうになるなんて。


「そんな――。ヒドイよ。マドイが何したっていうんだよ」

「『庶民と結婚する』それだけで貴族にとって、理由は充分なんですよ。大臣の座を狙っている輩はたくさんいますからね」


 人前だというのに、ついラーニャの目から涙がこぼれそうになる。

俯く彼女に、副大臣はさらに厳しい声で言った。


「ですが、マドイ殿下が辞めさせられない方法が、一つあります」

「何!?」

「それは――。……貴女様と殿下が結婚を辞めることです」


 副大臣の言葉に、とうとうラーニャから一筋の涙が零れ落ちた。

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