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激烈出稼ぎ娘  作者: 種子島やつき
番外編という名の続き
119/125

【番外編】アーサー結婚!?(前編)

 アーサーにとって、それは約一年ぶりのデートであった。

相手は中流貴族の三女ルーシー。

十七歳の可愛くて、それでいて賢い女の子だ。

家柄的にはアーサーの家の方が上だったが、彼女の容姿と年齢に免じて、それくらいは大目に見てやる。


 しかし彼女とデートにこぎつけるまでは、本当に大変だった。

容姿も性格も悪い年増女どもが、自分の悪い噂をいちいちルーシーに吹き込んで、邪魔をしてきたからである。

「マザコン」だの、「空気が読めない」だの「女を馬鹿にしている」だの、言いがかりもいい所だった。

その噂を否定するのに、こちらがどれだけ苦労したことか。

だが過去の苦労など、今のアーサーにはどうでもいいことだった。

これから始まるルーシーとの素晴らしい一日を考えれば、そんなもの気にするにも及ばない。


 アーサーは待ち合わせ場所で、デートへの期待に胸を弾ませていた。

予定では、これから二人で芝居を見に行くことになっている。

芝居の題名は「ハツラツ! 美少女パニック☆」略して「ハツパニ☆」

冴えない少年が、ひょんなことから美少女に囲まれて生活するようになるストーリーだ。

読んでいる男性向き雑誌でも大評判だったし、ラブコメ物だから、芝居を見た後彼女といい雰囲気になるのは間違いなしだろう。


 アーサーがよからぬ妄想で、その端整な顔立ちを台無しにしていると、愛しのルーシーがやってきた。

今日のルーシーは、こげ茶色の髪にあったクリーム色のドレスを着、赤い口紅だけをつけていた。

少々地味ではあったが、派手なドレスにケバイ化粧をした、他の貴族女よりはずっとマシである。


「お待たせしました。アーサー様」


 滑らかな白い頬に出るえくぼが、初々しくて眩しかった。

やはり女は若い奴に限る。


「やあ、会えて嬉しいよルーシー。早速芝居を観に行こう」

「何を観るんですの?」

「着いてからのお楽しみだよ」


 停めてあった馬車に乗り、二人は王都の中心街にある劇場へと向かった。

今日行く劇場は、一度にいくつもの芝居を上演できる、国一番の大劇場である。

庶民から貴族まで利用するそこは、今日も大勢の人でにぎわっており、芝居を宣伝する垂れ幕が、いくつも屋根から垂れ下がっていた。

もちろん美少女が大きく印刷された「ハツパニ☆」の、宣伝幕もかけてある。


「アーサー様、今日はもしかしてあれをご覧に?」


 馬車を降りたルーシーが指差したのは、「ハツパニ☆」の垂れ幕ではなく、「愛と死のエチュード」と書いてある幕であった。

「愛と死のエチュード」が、不治の病に侵された女と、貴族の男性の純愛物語であることは、アーサーも雑誌で知っている。

アーサーは若い男女が描かれた垂れ幕を見ると、鼻で笑った。


「まさか。僕はあんな馬鹿らしいもの、わざわざ金払って見たりしないよ」

「馬鹿らしいもの……で、ございますか?」

「そうだよ。どーせ女が『死ぬ死ぬ』言って、観客のお涙頂戴するんでしょ? 茶番だよ。茶番」


 アーサーはそう言いながら、「愛と死のエチュード」略して「愛エチュ」の劇場に入っていく女たちを一瞥した。


「ほら、『愛エチュ』観に行く女って、どれもこれもケバくて、頭悪そうなのばっかりだろう? あんな三文芝居観るような女なんて、たかが知れてるのさ」

「……」

「きっと雑誌に流されて、流行を追っかけまわしている奴らなんだろうね。流行と恋愛しか脳にない馬鹿なんだよ」


 アーサーは散々道行く彼女達に好き放題言うと、ルーシーを劇場へと促した。

だがルーシーはその場から微動だにしない。


「どうしたの? 具合でも悪いの?」

「アーサー様、私は貴方様にふさわしくないようでございますわ」


 ルーシーは笑っていない目でアーサーに言った。


「だって私は『愛エチュ』を一度見に行った、ケバくて流行と恋愛しか脳にない馬鹿女なんですもの。そんな私のような女は、アーサー様のお傍に畏れ多くてとてもいられません」

「えっ。ルーシー?」


 アーサーが目を白黒させている隙に、ルーシーは彼に背を向けて歩き出していた。


「あっ? ちょっとどこに行く気だい?」

「ごきげんよう、アーサー様。もう二度と話かけないで下さいまし」


 振り返ったルーシーは慇懃に頭を下げると、スタスタとアーサーの元から離れていった。











「まったく、いきなり帰るなんて失礼極まりない女ですよ」


 アーサーはそう言って、先日のデートについての話を締めくくった。

そんな彼を、ラーニャは不可解な物体を見る目で見つめる。

自分で墓穴を掘っておきながら、相手に非があると主張するとは、どうしようもない駄目男だ。

ミカエルから「相談がある」と言われて宮に来てみれば、こんな下らない話を聞かされるなんて。

ラーニャは額に手を当てて、ため息を吐いた。


「そりゃ、相手も怒って帰るだろうよ。つーか、デートに美少女物見に行くってどういうことだ」

「美少女物のどこがイケないんですか? 『ハツパニ☆』は原作の漫画も面白いんですよ!」

「いや、そういうことじゃなくて」

「そりゃ私も少しは悪かったかな、って思ってますけど。大して怒るような事じゃないでしょ。これだから『愛エチュ』を観るような馬鹿女は嫌なんですよ」


 ラーニャは熱弁を振るうアーサーに、もう何も言う気が起きなかった。

「勝手にほざいてろ」と、いうのが率直な感想である。

ラーニャは呼びつけておいて、女性週刊誌を読みふけっているミカエルを睨んだ。


「おい、ミカエル。相談があるって言ったのにコレかよ。お前の用はアーサーの話を聞かせる事か?」

「あ、アーサーの話終わった?」


 ミカエルはやっと雑誌から視線を上げる。


「で、ラーニャ。アーサーの話を踏まえて、相談したいことがあるんだ」


 どうやらアーサーの下らない話は、ミカエルの相談と関係があることだったらしい。

ミカエルは雑誌を置くと、青い瞳でラーニャを見据えながら言う。


「アーサーって、何ゴミの日に出せばいいと思う?」


 真っ直ぐな瞳をして問うミカエルに、ラーニャは一瞬真剣に答えを考え、そしてすぐ我に返った。


「おいお前! 何とんでもないこと言ってんだよ!!」


 だがミカエルは怒鳴られても、なんら悪びれた様子を見せなかった。


「だって、今の話聞いて『ダメだコイツ』って、思ったんだもんっ。ラーニャもそう思ったでしょ?」

「まぁ、それもそうだけど……」

「だからもうゴミに出そうと思ってっ。やっぱり生ゴミの日かな? それとも粗大ゴミ?」


 そして「面倒くさいけど、いちいち分別しないとイケないのかなっ?」と、続けた。

口先は冗談めかしているが、ミカエルの目は笑っていない。

アーサーのご主人様は、今回のことで彼にほとほと愛想を尽かしたらしかった。

なんせラーニャから見ても、そのマザコンぶりと無神経ぶりが目立つほどである。

つねに一緒にいるミカエルがうんざりしたとしても仕方なかった。


「ミカエル様! ひょっとして私を首にするおつもりですか?」


 やっと自分の風向きが悪いことに気付いたアーサーが慌てる。

ミカエルは天使のような微笑を浮かべながら答えた。


「首にしたいっていうより、ゴミに出したいって感じかなっ」

「そっ、そんな!」

「っていうか、そんなんだったらいつまでも結婚できないと思うよっ」


 アーサーは、もうすぐ二十八である。

二十歳が平均初婚年齢であるロキシエルの貴族にとって、彼の年齢まで独身でいることは珍しかった。

独身主義を貫いている者ももちろんいるが、アーサーは違う。

日夜結婚のために活動を続け、なおかつ家柄も容姿も優れているにも拘らず結婚出来ない彼は、ロキシエルの歴史から見ても稀な存在だった。


 ミカエルのもっともな指摘に、ラーニャも頷く。


「そうだな。ミカエルの言うとおりだよ。このままじゃ一生どころか、来世になっても無理だな」

「そんなっ。ラーニャさんまで。私はちょっと母親が好きで、ちょっと空気が読めないだけじゃないですか!」

「お前は母親好きと空気読めないのを通り越して、マザコンで無神経なの!」


 アーサーが黙ってしまったので、ラーニャは言いすぎたかと思ったが、そのくらいでへこたれる彼ではなかった。

あろうことか、ラーニャに向かって逆切れをかましたのである。


「そうやって言ってるラーニャさんだって、モテないじゃないですか」

「なっ、何だよ急に」

「男を立てることを知らなくて、乱暴で、下品で。取り柄と言ったらその巨乳と猫耳だけじゃないですか。運良く引き取り先が決まったからって偉そうに」


 アーサーはラーニャの乳をじろじろ見ながら、口をへの字に曲げた。

確かにラーニャの胸は、最近特に膨らんで、巨乳と言っても差し支えない程の大きさである。

しかしだからといって、無遠慮に見ていいはずがないだろう。

ラーニャはとっさに胸を両手で押さえながら叫ぶ。


「何見てんだよ、コノヤロウ!」

「何ですかそのわざとらしい反応。純情ぶっちゃって。ホントはマドイ殿下と色々しちゃってるくせに」

「なんだと!?」

「あー、やだやだ。男がいるくせに、かわい子ぶっちゃって」


 ラーニャは本気でアーサーを殴ろうとしたが、ミカエルが間に入った。


「アーサー! ラーニャと兄上はチューしかしてないよっ! ボクいつも見てるからホントだもんっ」

「ちょっ、ミカエルおまっ」

「アーサー、ラーニャに謝んなよ! 失礼すぎるよ!」


 失礼とか、もはやそういう問題ではない気がするが。

しかしミカエルに詰め寄られてなお、アーサーは反省のそぶりを見せない。


「いくらミカエル様のご命令とはいえ、こんなアホ女に謝るのは嫌です!」

「アーサー!」

「お二人は私に結婚は無理だとおっしゃいますけどね、いつか私の前にも可愛い姫君が現れますよ。周りの女が低レベル過ぎるだけなんです! 私にふさわしい女性はきっとどこかにいます!」


(そんな女いるわけねーだろう)


 誰が好き好んで、マザコンで無神経で、おまけにセクハラをかますような男の元へ嫁ぐというのだろうか。

だいたい周りの女が低レベルだと言うが、一体アーサーにとって、どんな女が「高レベル」なのかも不明である。


「オメーにふさわしい女性って、一体どんなだよ」

「そりゃ美人で優しくて、男を立ててくれて、応順で大人しくて、尽くしてくれて、私の母の言うことは何でも聞いてくれて、自分の食い扶持は全て自分で稼いでくれて、でも家事と子育ては完璧にして、髪は染めてなくて化粧もしなくて――あと、重要なのが、男性との交際経験がなくて、二十歳以下ってところですね」

「いるわけねーだろ。そんな女」

「自分が違うからって決め付けないで下さいよ。絶対そんな女を嫁にしてみせるから、見ていてください!」


 アーサーは張り切った様子で、ミカエルの部屋から出て行った。

どうやら今日は半休を取ったらしい。

ラーニャはミカエルがアーサーをゴミに出したかった気持ちが分かった。

もしあんなのと四六時中一緒にいろと言われたら、半日も立たないうちに、ラーニャはアーサーをボコボコにしてしまうだろう。


「全く。どーしよもねーなアイツは」

「ホントだよ。名前だけで相手殺せるノートとかあれば便利なのに」


 ミカエルは眉を八の字にして、「お手上げ」のポーズを作る。


「ラーニャにも言われれば、少し堪えると思ったのになっ。全然効果がなかったよ」

「だけどアイツ、昔はもうちょっとマシだっただろ。どうしてこうなったんだ?」

「うーん。なんかモテない男同士で傷をなめあってるうちに、ああなっちゃったみたいだねー」


 モテない男同士で慰めあっているうちに、悪い方向へ転がってしまったらしい。

元々顔と家柄の良さを打ち消してしまうほどの、マザコンと無神経である。

それがさらに悪化したとなっては、アーサーの結婚は絶望的であると言って良かった。


「面白半分に観察するには、これ以上無い対象なんだけどねぇ」


 ミカエルのため息が、春の日差しが差し込む王宮へ溶けた。









 絶対理想の女を捕まえて、あの猫耳巨乳女に目に物見せてやる。

そう決意して王宮を飛び出したは良いものの、今のアーサーに「理想の女」の当てはなかった。

女の知り合いはいるにはいるが、侍女なんてもってのほかだし、貴族の女たちは二十歳以上の年増ばかりである。

出会いを目的にしたパーティーやら茶会やらで、若い女を探したことも多々あるが、彼女らはなぜかアーサーと、話どころか目も合わせてくれない。


 きっと自分と上手くいかなかった年増女共が、腹いせによくない噂を流しているからだろう。

若い女性から無視される原因を、アーサーはこう分析していた。

自分が悪いかもしれないなんて、はなから考えてもみない。


 アーサーは飛び出した手前、城に戻るわけにも行かず、ぶらぶらして時間を潰していた。

何もすることが無いので、昼間から開いている酒場に入って酒を飲む。

アーサーの見た目は、かなり良い。

飲んでいるうちに若い女が何人か話しかけてきたが、しばらく会話をすると、皆顔をしかめて遠くの席に行ってしまった。

きっと教養高い話についていけなくて、辛かったのだろう。

「ハツパニ☆」の話に乗ってこれないなんて、哀れな女たちである。


 結局何の出会いもないまま、アーサーは日が暮れる頃酒場を後にした。

ほろ酔い気分のまま、停めてあった自分の馬車に乗って屋敷に帰る。


 屋敷に着くと、門の前に一台の馬車が停まっていた。

誰か、来客でもあったのだろうか。

アーサーが家の中に入ると、侍女から客間に客が来ていると告げられた。

どうやら、母がアーサーの留守中に通したらしい。

「お前も来るように」との伝言があったので、アーサーが言われた通り客間に行くと、そこには若い男女が二人掛けのソファーに座っていた。


 男性の方はどうでもよかったが、アーサーは若い女の方を見て目を見張った。

彼女が、あまりにも自分の好みに合った容姿をしていたからである。

服装・髪型・化粧どれを取っても控えめで、顔立ちも整っていながらきつい印象はなく、大人しそうな内面が滲み出ているようだった。

しかもアーサーが大好きな金髪碧眼である。


 動揺を抑えながらアーサーは「当家にはどのような御用で」と、二人に尋ねた。

すると男性の方が席から立ち上がり、頭を下げながら言う。


「いきなりのことで申し訳ないのですが、どうか私の妹をそちら様の嫁にしていただきたいのです」


 突然の申し出に、さすがのアーサーも驚いた。


「それは一体どうしてですか」

「お恥ずかしながら、私の妹はずっとアーサー様に懸想いたしておりまして」

「この私にですか?」

「はい。小さい頃、王宮でのパーティーでお見かけしてからずっと。身分もわきまえず、厚かましいお話ですが」


 聞けば、たずねて着た男性、ロト・トレボスは、早くに亡くなった父の後を継ぎ、地方で小さな領地を治めて生活している下級貴族とのことだった。

そして横に座っている女性が彼の妹で、今アーサーに熱烈片思い中の、ジョセフィーヌであるという。


(こんな可愛い子が、僕に夢中だなんて)


 アーサーはもう一度ジョセフィーヌの容姿を確認した。

きらめく金色の髪に、大きな青色の目。

十五歳だという彼女の肌は、白くてピチピチしている。


 こんな理想的な外見をした娘が、ずっと自分に片思いをしていたなんて。

アーサーはいきなり天へ登ったような気分になった。

しかもずっとアーサーを思い続けて生きてきたため、今までに他の男と付き合ったこともないという。


 まさしく、願ってもないような話だった。

まさか理想の女を探し始めたその日に、格好の相手が見つかるとは。


「そのお話、ぜひ考えさせてください!」


 力強いアーサーの発言に、ジョセフィーヌの顔が明るくなった。


「本当ですか? アーサー様」


 鈴の転がるような声が、耳に心地よい。


「本当ですとも。でもしばらく付き合ってからですよ。当家にふさわしいかどうか、判断しなければいけませんから」


 さすがに外見だけで嫁を選ぶほど、アーサーも馬鹿ではない。

ルーシーのように、外見は大人しそうでも、こちらに反抗的な態度を取ってくることがあるからだ。

女は、何より応順なのが一番良い。


「それでもかまいませんわ。アーサー様。お傍にいられるだけで幸せです」


 ジョセフィーヌが朗らかな笑みを顔いっぱいに浮かべる。


(ミカエル様、猫耳巨乳女、今に見てろよ――!)


 ジョセフィーヌには人の良い笑顔を向けながら、アーサーは一人拳を握り締めるのだった。

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