【番外編】 ラーニャの未来・故郷の未来(前編)
ラーニャとマドイが乗った馬車は、約一週間かけて、マルーシ地方一番の大都市、コネシジャーラに到着した。
都市に入るなり、ロキシエルの国旗を振った住民たちが、王室専用馬車を出迎える。
歓迎の声は、馬車の窓を開けなくても分かるほどだ。
ラーニャとマドイは今、ラーニャの故郷のタマタビ村へ、自分たちの婚約を伝えに行く旅の真っ最中であった。
一年半の時間を経て、やっとラーニャの花嫁修業が終わったのである。
これでやっとラーニャはマドイと正式に婚約できる身分になったのだが、正式な婚約には、両家の許可が必要なのが、ロキシエル王家のしきたりであった。
マドイの家――つまり王家は言うまでもなく二人の結婚を祝福していたが、問題はラーニャの家族だ。
婚約どころか、自分がマドイと親しい間柄であることも、ラーニャは彼らに知らせていなかったのだ。
「知らせていない」というより、「知らせる機会がなかった」と言った方がこの場合正確だったが、
とにかく正式な婚約のためにはラーニャの家族――ラーニャの母親から、結婚の許可をもらわなければならない。
というわけで、二人は自分たちの結婚の意志を伝え、その許可をもらうために、タマタビ村へ旅立ったのであった。
コネシジャーラに寄ったのは、単に宿を取るためと、この街に住むマルーシ地方の領主に会うためである。
歓迎する人々の間を通り抜けて、ラーニャたちの乗った馬車は真っ直ぐ領主の住む屋敷に向かった。
ラーニャは恐る恐る馬車の中から、次第に見えてくる屋敷を窺う。
その様子を変に思ったのか、マドイが尋ねた。
「どうしたのですか、ラーニャ? そんなに不安がって」
「だって、これから領主様にお会いするんだろ? 緊張するじゃねーか」
平民であるラーニャにとって「領主」という存在は、一番身近で、一番畏れ多く感じる貴族だった。
平民にとって、王族は雲上人すぎて現実感が無いが、領主は直接支配されている分、その偉大さと権力に実感が涌きやすいのである。
だがラーニャの不安を、マドイは鼻息一つで笑い飛ばした。
「何言ってんですか。貴女は今まで、王侯貴族と散々付き合ってきたじゃありませんか」
「だけどよー」
「分かっていると思いますけど、私と結婚したら、貴女も王族の仲間入りをするんですからね。『領主様』は、ある意味貴女の部下になるんですよ?」
それはラーニャも充分分かっていた。
しかしいくら教育を受け、頭で理解していても、どっぷり浸かった平民としての意識は、なかなか体の外に出ては行かない。
とはいえ、ラーニャは一年半も過酷な花嫁修業に耐え抜いた猛者である。
マルーシの領主と面会し、マドイの未来の妻として紹介されても、取り乱すことなく応対することができた。
会食もそつなくこなし、客室に通され、マドイと二人きりになってからようやく息を付く。
「あー、チクショウ。疲れた」
ラーニャは一日中履いていたビロード製の靴を脱ぐと、ベットの上で大の字に広がった。
今日はこの屋敷に止まる予定なので、遠慮なく横になる。
「ちょっとラーニャ! 汚い足で私のベットの上に横にならないで下さい。貴女の部屋は隣でしょう?」
「いーじゃねーか別に。嫌なら部屋交換しようぜ。あ、何なら一緒に寝るか?」
「バカなこと言わないで下さい。本気にしちゃうじゃないですか!」
マドイは真っ赤な顔をして、ぷりぷり怒っていた。
もう二十五にもなるのに、純な男である。
「そんなに怒んなよ。冗談だって」
「冗談なのが性質悪いんですよ。この悪女!」
ますますマドイは機嫌を損ねたのか、子供のようにふくれっ面をしてそっぽを向いた。
そのまま、しばしの間会話が途切れる。
気まずい空気が流れ始めたので、ラーニャはそれを打ち消すように言った。
「なぁ、何でわざわざここの領主様に会ったの? ただの挨拶?」
マドイはしばらく無言だったが、やがて答える。
「そういうわけでもありませんよ」
「じゃあ何で?」
「……実は父上が、私の結婚と同時にマルーシを譲ってやるとおっしゃってましてね。そのことで少し話を」
ラーニャはマドイの言葉に目をひん剥いた。
マオ族達の暮らすマルーシは、今現在王領として扱われ、国王が指名した役人が、領主として代わりに土地を治めている。
だからマルーシがマドイの物になるという話も、無謀なものではなかった。
「でもいきなり領地を譲ってやるって、一体どうして?」
「一言で言えば結婚祝いですよ。それにマルーシの扱いを、いつまでも宙ぶらりんにしてはおけませんからね」
「け、結婚祝いに領地をプレゼントって……」
改めて実感した王族のスケールの大きさに、ラーニャは絶句するしかなかった。
話では散々聞いていても、いざ自分が実態を目の当たりにすると、途方も無い衝撃である。
しかもラーニャは、これからその王家に嫁ごうとしている身の上なのだ。
「あ、別に父上は、適当にマルーシを私にあてがったわけではありませんよ。マルーシはマオ族達の故郷ですからね。マオ族であるラーニャと結婚する私が治めるのが、一番領民感情に合うとのご判断ですよ。文化も風俗も、ラーニャに聞けば間違うことはありませんし」
「……そっか」
「私がここを治めれば、ラーニャも最低年一回は里帰りできますし、いいこと尽くしではありませんか」
「……まぁ。そうなんだけどよ」
先程の衝撃が抜け切らず、ラーニャはまだ呆然としていた。
このままラーニャとマドイが結婚すれば、マドイはマルーシの領主に、ラーニャは領主の妻になる。
まさか生まれ故郷を治める領主の妻になろうとは、ラーニャにとって思ってもみない出来事だった。
そもそもマドイとの結婚も、完全に予想外の出来事ではあったが。
「で、ラーニャ。明日はいよいよ貴女のご家族と会うんですね」
嬉しそうに微笑むマドイの顔を見て、ラーニャは我に返った。
予定では、明日朝一に屋敷を出発し、昼頃タマタビ村に着くことになっている。
そしてラーニャは家族にマドイと結婚したいと伝えるのだ。
家族には結婚相手を連れて帰ることは告げてあったが、それがまさか自国の第二王子であるとは教えていない。
全てを伝えたとき、母や兄弟が驚くだろうことは、もちろん分かっている。
だが驚くだけでは済まないかもしれないと、ラーニャは今日のことを踏まえて思った。
ラーニャは王都に来てから色々あったせいで、すっかり王侯貴族というものに慣れてきてしまっている。
だが故郷の家族は違う。
地方の領主にでさえ縮こまる彼らにとって、王族は畏れを抱き、顔を見ることすら憚られる存在なのだ。
ラーニャは近くのソファーで寛いでいるマドイを、改めて観察した。
腰の辺りまで伸ばした絹糸のような銀髪と、女性と見紛うほどの妖艶な美貌。
今着ている黒い服には、見事な銀色の刺繍がこれでもかとあしらわれている。
付き合っているうちにすっかり気にならなくなってしまったが、マドイには憩う姿にも、王族としての威厳と高貴さがあった。
ラーニャはとってマドイは畏れ多いどころか、単なるヒステリー気味のしょうもない恋人だが、果たして故郷の家族にとってはどうだろうか。
「なぁ、明日お前を紹介する前に、家族と少し話したいんだけどいいか?」
「別にかまいませんが、どうして急に?」
「いきなりお前と結婚するって言ったら、もう家族がマトモに話してくれなくなるかもしれないからさ……」
最後に家族と、母親と会った時、ラーニャは彼女と喧嘩別れをして故郷を去った。
手紙でも酷いことを書いてよこされたため、ろくに近況を教えることもしなくなっている。
そんな気まずい状態で、ラーニャが王族の仲間入りをすると知ったら、家族はひょっとしたら、彼女にまで畏れを抱いてしまうかもしれなかった。
いくら仲たがいしているとは言っても、母親と頭を下げられる関係になるのは避けたい。
「結婚報告する前に、かーちゃんと仲直りしておきたいんだよ。そうすりゃ、マドイを連れてきてからも、変わらない関係のままいられると思うんだ」
ラーニャの気持ちを理解してくれたマドイは、彼女の言うとおり予定を変えてくれた。
翌日、朝一番にコネシジャーラを出立したラーニャたち一行は、急ぎでタマタビ村まで向かう。
村の手前まで来た所で、ラーニャは手筈どおりマドイの馬車から降ろしてもらった。
「それでは、私はこのまま村長の家まで向かいます。三時間位したら、貴女のご実家に伺いますからね。警護は、一応目立たないようにつけておきます」
「ありがとう。我がまま言ってゴメン」
マドイはふっと笑って、「かまいませんよ」と言うと、再び馬車に顔を引っ込めた。
何となくはにかんだような気持ちになりながら、ラーニャは徒歩で実家まで向かう。
季節は既に秋へ差し掛かっていたが、ロキシエル最南端に位置するマルーシ地方はまだまだ暑い。
汗を拭いながら歩いていると、村の入り口を過ぎた辺りで、聞き覚えのある声がした。
「おねぇ! 帰ってきたんだ!!」
声のした方を見ると、妹のニーニャが元気良く飛び跳ねながら手を振っていた。
ラーニャは暑さも気にせず、一気に妹の下へ駆け寄る。
「ニーニャ! 迎えに来てくれたのか!?」
「だってー。おねぇの結婚相手早く見たかったんだもん」
いたずらそうな笑顔を見せるニーニャは、二年前より、当然だが大人びていた。
背も随分伸びたし、何より雰囲気がずっと女の子らしくなっている。
知らない所で成長していく妹の姿に、ラーニャは嬉しいような、寂しいような気分になった。
しかしそんな姉の気持ちも知らないで、ニーニャは元気いっぱいに言う。
「ねぇねぇ。お相手はどこ? ひょっとして逃げられた?」
「ちげーよバカ。後から来るんだよ!」
「えー。なにそれつまんなーい」
口を尖らせるニーニャに噴き出しそうになりながら、ラーニャは先に歩き出す。
本当はもっとのんびりしていたかったが、時間が無いのだ。
文句を言いながらあわてて追いかけてくるニーニャに、ラーニャは尋ねる。
「そういえば、ラーマは元気か? もう七歳だろ」
「もー、嫌になるくらい元気だよ。水浴びすると、下半身丸出しで走り回るしさ。日がな一日中、ウンコの落書きしてるの」
「しょーがねーなぁ、アイツは」
「だからマドイ殿下のお出迎えは、アタシ一人で行ったんだ」
そこまで言ったところで、ニーニャは思いついたように手を叩いた。
「あ、そういえばおねぇ知ってる? 今日マドイ殿下が村にいらしてるんだよ」
「そ、そりゃー知らなかったな」
「だから村人みんなで、村の入り口でお出迎えしたの。もう少し早く来てれば、おねぇも馬車が見れたのにね。でも、こんな辺鄙な所に、一体何しにいらしたんだろ」
無邪気に笑うニーニャを見て、ラーニャは何も言えなくなった。
数時間後、彼女は同じ笑顔をラーニャに見せてくれるだろうか。
ニーニャは黙りこくった姉を気にもせず、べらべらと他愛の無い話をまくし立ててきた。
その話は主に世間話だったが、内容は「誰々が村を出て行った」という物ばかりである。
ふと意識すると、元々少なかった村の住宅はさらに減っており、建っている家も、良く見れば空き屋なのも少なくない。
ニーニャの話からも分かるように、この村からは次々と人が流出しているようだった。
「一体どうして、みんな次々村を出て行くんだ? 何もないのは、昔からだろ?」
「……最近若い人たちが、出稼ぎ先でお嫁さん見つけて、一斉に村に帰ってきたんだ」
「ん?それで何で人が減るんだ?」
「こういうこと余り言いたくないんだけど、村に来たお嫁さんたちに、周りが『よそ者だ』って、嫌がらせしたの。ほら、うちのお父さんにしたみたいにさ」
「……」
「お父さんは強かったから平気だったけど、みんながそんなわけじゃないし、それに自分の結婚相手をいじめられて、村が嫌になって――若い人はどんどん出て行っちゃったんだ」
くわしく聞いてみれば、新しく来た嫁たちを率先していびったのは、従姉妹のナータであるらしい。
晴れて村長の息子と結婚したナータは、村に来た新妻たちをなまいきだと目の敵にし、周りに嫌がらせをするよう焚きつけたのである。
「どうしようもねーな。あのバカは」
「新しく来た人は、ナータの言いなりにならなかったからね……。気に入らない人間いびり出して、今は清々してるんじゃないの」
ニーニャは吐き捨てるように「アタシもそのうち村を出てく」と、呟いた。
若者がいつかなくなった村に、未来は無い。
ニーニャもそれは良く分かっているのだろう。
新しく来た者を拒み、追い出し、若者が逃げ出して行くこのタマタビ村は、後何年持つのだろうか。
ラーニャの気分が暗澹としてきた所で、二人はちょうど自宅に到着した。
ラーニャが扉を開ける前に、中から弟のラーマが飛び出してくる。
最後に会った時から随分大きくなったラーマは、姉の姿を見るなり黒い目を輝かせた。
「ねーちゃん! おみやげ!!」
二年ぶりの再会にもかかわらず、あんまりな第一声に、ラーニャは思わずずっこけた。
「おいおいラーマ。いきなり『おみやげ!!』は、ねーだろ」
「おみやげねーのかよー」
父親そっくりな目したラーマは、まだ幼さの抜けない頬を膨らませた。
この悪びれない態度。
ひょっとしたら、彼は将来大物になるかもしれない。
「そんな態度するなら、お土産絶対やらねーぞ」
「まぁまぁ、おねぇ。ラーマもこの二年寂しがってたんだからさ」
ニーニャがとりなしている隙に、ラーマは「やーい」と言いながら家の奥に引っ込んで行った。
どこに出しても恥ずかしくない、立派なクソガキである――ラーニャは家中に散りばめられた「ウンコ」の落書きを見ながらそう思った。
家の中はほとんど最後に来た時と変わらないが、ラーマによる「ウンコ」のせいで、随分と残念な感じになってしまっている。
ラーニャがため息を吐きながらござの上に座ると、今度はニーニャが目を輝かせながら聞いてきた。
「で、おねぇ。お土産買ってきてないの?」
「……ニーニャ。お前もか」
さすがにラーニャはふてくされた気分になって、「ねぇよ」と言った。
どいつもこいつも、しょうがない奴らである。
「オレはお土産持ってねーの! お土産はマド……婚約者の方が預かってんの!!」
ラーニャが声を荒げて座卓を叩いたのとほぼ同時に、家の奥から母のラニーニャが現れた。
二年前、喧嘩別れして以来初めて会うラニーニャ。
もちろん会うつもりで来たのだが、実際顔を合わせると、嫌な汗がラーニャの背中をつたった。
「ラーニャ、おかえりなさい」
据わった目をした母が、小さな声で呟く。
ラーニャはすぐ「ただいま」と言おうとしたが、全てを口に出す前にラニーニャが言った。
「二年間ろくに手紙もよこさないなんて、随分冷たいのね。おかげで、結婚の話が進んでるのかいないのか、分からなかったじゃないの」
彼女の責めるような口ぶりに、ラーニャの猫耳がぴくりと動いた。
ラーニャが手紙を出す気になれなかったのは、全てラニーニャのせいなのだ。
自分の非を棚に上げた言いように、ラーニャは思わず抗議しようとする。
だがそれより早く、彼女に「お相手の方は?」と尋ねられた。
出鼻をくじかれ、ラーニャは出かけていた言葉を飲み込む。
「相手は、事情があって後から来るよ。心配すんな」
「そう。ちゃんとした方なのかしら。その人は」
「どういう意味だよ。ソレ」
結婚相手を連れてくる娘に、あんまりな言い方である。
ラーニャはラニーニャを睨み付けた。
「散々結婚しろしろ言っといて、相手連れてくるって言ったらソレかよ」
「だって、最近若い人が連れてくるお嫁さんたちは、ロクな人がいなかったんだもの。よそ者のクセに、立場もわきまえないで」
ラニーニャが「よそ者」と言った時の歪んだ口元は、かつて父を「よそ者」だと疎んだ村人のソレと一緒だった。
ラーニャは聞こえないように、チッと舌打ちをする。
よそ者である父と結婚し、周りから冷たい目で見られても、優しかったラニーニャ。
だが彼女はラーニャがいないうちに、完全にタマタビ村の排他的な村人へと変貌を遂げてしまったらしい。
本当なら、マドイを連れて来る前に打ち解けて、楽しく世間話をしたかった。
だが、どうやらその夢は露と消えたようである。
「そうやって『よそ者』『よそ者』言って、若い夫婦ら追い出したんだろ? バカじゃねーのか。テメーらは」
若い夫婦をいびり出した村人の一人が、自分の母親だと思うと、やりきれない気分だった。
「ちょっとラーニャ! 親に向かってそんな口聞くの?」
「バカにバカって言って、何が悪いんだコノヤロウ!」
「ちょっとお金稼いでるからって、いい気になるんじゃないわよ!!」
ラニーニャは、自分を睨み付ける娘の頬を平手で叩いた。
ラーニャは無言のまま立ち上がる。
すわ大喧嘩か、というところで、呑気な音を立てて家の扉が開いた。
と同時に、プンと酒の匂いがラーニャの鼻を付く。
玄関を見やれば、昼間から酒を飲んだ伯父が、ニヤニヤと笑いながら立っていた。
「おう。行き遅れが。帰って来てたのか」
「何しに来たんだよ、おじさん」
「こんなブスと結婚する奴の顔を、拝みに来たんだよ」
バカにしたような笑い声を上げると、伯父は我物顔で家の中を歩き回った。
おそらく日頃から頻繁に家に出入りしているのだろう。
彼の足取りには遠慮の欠片もなかった。
「おい、相手はドコにいるんだよ」
「事情があって後から来るんだよ」
「はぁん? 逃げられたんじゃねーのか」
伯父は無精髭を掻きながら嘲笑うと、酒臭い息をさらに吐き散らした。
「で、ラーニャ。相手はどんな奴なんだ」
「どんな奴って……。良い奴だよ」
「魔導庁に勤めてるんだってぇ? どーせ鼻持ちならないインテリ野郎なんだろ?」
何がおかしいのか、伯父はげらげらと大声を出して笑う。
酒を飲んでいるせいだろう。
伯父は先程から無意味なことで笑ってばかりだ。
「知ってるよ。勉強一筋で女に縁がねぇブサイク野郎を、体使ってたぶらかしたんだろ? お前みたいなブスは、体使うしか、男捕まえる方法がねーからな。」
「……」
「ブスな女は、ロクでもない男しか捕まえられなくて可哀想なこった。俺の娘は、美人で良かったよ。なんせ次期村長夫人だ」
バカらしくて、ラーニャは彼に反論する気も起きなかった。
伯父にとって女の価値は容姿だけで、他が秀でていても、容姿がふるわない者は絶対に幸せに慣れないと思い込んでいるのだろう。
うんざりして無視するラーニャの姿が、伯父には堪えているように見えるのか、彼はますます調子付いて言った。
「そういや知ってるか? 今日この村にはマドイ殿下がいらしているんだ。何でもナータは次期村長婦人として、殿下にご挨拶するんだとよ」
「そりゃあ良かったな」
「やっぱり結婚相手が良いと違うなぁ。お前とお前の旦那は狭い研究室でこそこそ部品いじって、ウチのナータは王子様にご挨拶だ」
どうやら彼はインテリや研究者にも、偏見を抱いているらしい。
どうでもいいのでそのまま喋らせておいても良かったが、伯父の嘲りと偏見に満ちた言葉を、ずっと聞いてやるのも癪である。
「伯父さん、もう言いたいことは済んだかよ? オレはこの先も狭い研究室でこそこそ部品いじるから。さぁ、さっさと帰った」
「おー。今日は随分素直じゃねーか」
負けを認めた(ように見える)ラーニャに機嫌をよくしたのか、伯父は愚図ることなく家から出て行った。
ラーニャが貴重な時間を無駄遣いしてしまったと悔やんでいると、後ろでラニーニャが聞こえるようにため息を吐いた。
「アンタも、もう少しいい相手と結婚してくれれば良かったのに」
ラーニャは即座に振り向いて反論しようとしたが、その前に二ーニャがとっさに母たしなめる。
「ちょっとおかーさん! さっきからいい加減にしなよ!」
「だってそうでしょう? 研究者なんてパッとしないわ。どこかの村の後取り息子とかなら、兄さんにも大きな顔できたのに。これじゃ行き遅れが妥協したと思われるだけよ」
「妥協って……。魔導庁って、エリートの集まりなんだよ!? おねぇは凄いよ?」
別に、ラーニャが凄いわけではないのだが。
しかし魔導庁が、魔法大国ロキシエルの中でも生え抜きの研究者が集まる所だというのは間違いない。
王都にとって魔導庁職員は、ある意味貴族と同じような存在だったが、ろくに教育を受けていないこの村の人間に取っては、どこかの村の後取りの方が遥かに敬うべき存在なのだろう。
「もういいよニーニャ。かーちゃんには何言っても無駄だから」
「でも……」
「たとえどんな相手と結婚しようが、オレがオレなのは変わんないだろ? かーちゃんが良い顔してくれないのは悲しいけど、オレはちゃんと幸せになるから心配するな」
ラーニャがにかっと笑ってみせると、ニーニャは安心したように微笑んだ。
ラーマはこの騒ぎにもかかわらず、石盤にチョークでウンコの絵を描いている。
そう、マドイと結婚して王族に嫁ぐことになろうが、ラーニャがラーニャであることに変わりはないのだ。
最初は驚かれても、今までと変わらないラーニャでい続ければ、家族もいつか普段と同じように接してくれるようになるだろう。
「よーし、ラーマ。久しぶりにねーちゃんと遊ぶか?」
兄弟皆で二年ぶりに遊んでいるうちに、いつの間にかマドイが訪ねて来る時間になっていた。




