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激烈出稼ぎ娘  作者: 種子島やつき
第三部
112/125

終わり編12 答え

 マドイと最初に出会ったのは、王宮の廊下でだった。

その時彼は黒い鞭を持ち、侵入者であるラーニャを冷たく見下ろしていた。

敵として鞭で打ち据えられ、負けずに頭突きをぶちかましたことは、まるで昨日のことのように覚えている。


 二度目に出会った時には、金と引き換えにミカエルと縁を切るよう持ちかけられた。

三度目は、精神的にミカエルを追い込んで、容赦なく罵倒している最中だった。


 今思っても、当時のマドイはどうしようもない奴である。

しかしその頃から母親を思うがゆえに暴走するなど、根っからの悪人ではないことは分かっていた。


 敵同然だった彼の窮地を救い、それがきっかけで魔導庁に入庁して。

時に大きくぶつかり合いながらも、少しずつ距離を縮めて行った。

最初に彼への評価を改めるきっかけになったのは、聖夜の爆弾騒ぎの時だろうか。

あれ以来、マドイに対してマイナスだった感情が、段々とプラスになっていった気がする。


 途中、英雄グスタフのことが原因で彼と意見が合わず、魔導庁を辞めたこともあった。

だが最終的に彼は傷ついたラーニャを助け、頭を下げてまでまた戻って来て欲しいと言ってくれた。


 そして故郷に帰って母親や親族から酷く傷つけられた時、その傷を癒してくれたのはマドイだった。

彼はラーニャを慰めるために贈り物をし、それを台無しにされても怒るどころか、「貴女の味方だ」と笑ってくれたのだ。


 ラーニャは無表情のまま、目の前でうつ伏せに倒れているマドイを見つめた。

彼の背中にナイフが刺さっているのは、きっとマオ族狩りから身を呈してラーニャを守ったせいだ。


「……バカヤロウ」


 ラーニャは倒れたまま動かないマドイに向かって呟いた。


「バカヤロウ。何でオレのことかばうんだよ」


 ラーニャの金色の瞳から、ボロリと大粒の涙が零れ落ちる。


 思えばこんな風に涙をこぼしたのは、父が死んだとき以来始めてだった。

あの時から泣かないと決めていたのに、一旦涙がこぼれると、それは止まる術を忘れて、いつまでも流れ続ける。


 ラーニャはまだ暖かい彼の肩にそっと触れた。

今なら自分がどんなにマドイのことが好きなのか、とてもよく分かる。

しかしもう遅かった。


 ラーニャは涙を流しながら、小さく笑う。


「オレ、ホントはお前のこと好きだったんだぜ?」


 ポタリと、苔むした地面に涙が撥ねた。


「なのにどうして、返事を渋っちまったんだろうなぁ。今までオレ、お前のことどうしようもない奴だと思ってたけど、オレのほうがもっとどうしようもねーわ」


 数え切れない程のしずくが、地面の上で跳ね上がった。

ラーニャはこみ上げる感情を抑えきれずに叫ぶ。


「マドイ、オレが結婚でも何でもしてやる! だから目ぇ開けてくれ!」


 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、ラーニャはマドイの背中の上にうつ伏せになった。

まだ残る温もりが悲しすぎて、ラーニャは声を押し殺して泣く。

彼の規則的な鼓動が優しいかった。


 ――規則的な「鼓動」が。


「……」


 ラーニャは無言のまま、マドイの背中から顔を上げた。

確かに今聞こえた彼の心拍音。

ひょっとしてまだマドイは生きているのだろうか。


 しばらくラーニャが思考停止していると、やがてマドイがゆっくりと身体を起こした。

ラーニャは思わず座ったまま、腕だけで後ずさる。


「……なんです? その化け物を見たような反応は」


 マドイは背中を押さえながら、紫色の瞳でおったまげる彼女を睨んだ。

少なくとも、彼は生きてはいるらしい。


「マドイ……。死んだんじゃなかったの?」

「私も死んだと思ったんですけどね。どうやら命拾いしたみたいです。」


 マドイはそう言うと、背を向けて上着の裾をめくりあげた。

彼のベルトとズボンの間には、なぜか古びた雑誌のようなものが挟まっている。

「週刊女性告白創刊号」そう雑誌の裏表紙には書かれていた。


「ついさっき、ミカエルから取り上げたんだすけどね。急いでこちらに向かっている途中、手に握ったままなのを思い出して――」


 物がものだけに部下に預けるのもはばかられ、仕方なくベルトの間に挟み、上着で隠したそうだ。


「……。で、なんでそれで助かるの?」

「頭悪いですねぇ。ほら、このナイフ。この雑誌越しに刺さっているんですよ」


 だからナイフは内臓まで届かず、マドイは一命をとりとめたのだ。

しかし背筋にはバッチリ刺さっているらしく、彼は痛そうに顔をしかめている。

出血もしているだろうから、早く病院に運んだ方が良さそうだ。


 だがラーニャがマドイを馬車に押し込もうとすると、彼は実に嬉しそうな顔で笑いだした。

ひょっとして痛さのあまりおかしくなってしまったのだろうか。


「なんだよ。頭大丈夫か?」

「だって、ラーニャが私と結婚してくれるんですもの」

「は?」


 いきなりの彼の台詞に、ラーニャは思わず眉を八の字にした。

いつものクセで怪我人相手に拳を握り占める。


「てめっ。オレがいつそんなこと――」

「ホントは私のこと好きなんでしょう? もうごまかさなくても結構ですよ。――ぜーんぶ聞いてましたから!」

「――!」


 ラーニャは先ほど自分が言った台詞を思い出し、一瞬で顔面が沸騰した。

そう、あの時マドイは、ラーニャの呟きと叫びを全てその耳で聞いていたのだ。

その事実に気付いたラーニャは、恥ずかしさのあまり死んでしまいそうになった。

反射的に身体中の毛が逆立ち、猫耳と尻尾が垂直になる。


(もう消えろ! オレ消えろ!)


 真っ赤になりながら小刻みに震える彼女に、マドイが怪我人とは思えない口ぶりで言う。


「そんなに赤くならなくても。結婚するのは貴女が十八になるまで待ちますから」

「けっこっ」

「嫌ですか?」


 満面の笑みを浮かべて、マドイが顔を近づけてくる。

背中にはバッチリナイフが刺さっているというのに、なんて元気な怪我人だろうか。


「早く乗れ! 話はそれからだ!」


 ラーニャが叫ぶと、マドイは「はいはい」と言いながら、意外と素直に馬車に乗り込んだ。


次回最終回です



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