終わり編11 彼の背中
自警団の手によって、マオ族狩りの上にひっくり返されたレンガ造りの建造物。
だが倒れてきた建物が、そのまま地面に叩きつけられることはなかった。
その代わり、何故かマオ族狩りたちは突然現れた砂山の中に埋もれている。
「うわっ。何なんだ、この砂山は」
仲間がみんな行き埋めになった中、辛うじて砂から顔を出したマオ族狩りが叫んだ。
彼はすぐにラーニャと人質の姿がないことに気が付くが、あいにく砂煙が立っているせいで視界が悪い。
「おい。人質とラーニャがいないぞ!」
マオ族狩りは慌てて砂の中から這い出そうとするが、後ろから現れたナツに殴られて気を失った。
後から出てきたマオ族狩り達も、次々と待機していた自警団に強烈なパンチを食らって、その場に倒れこむ。
人質を連れたラーニャは、物影でその光景を見ながらにやりと笑った。
どうやら作戦は予定通り上手くいったらしい。
マオ族狩りがこちらに指定した場所は、貧民街の奥、違法建築が密に立ち並ぶ路地だった。
そこに立つのは、素人がやたらめったらレンガを積み上げた建造物である。
当然それに地盤工事などされておらず、ちょっと地面を掘り下げて、テコの原理で持ち上げてやれば倒れるのは目に見えていた。
そしてレンガの原材料は土――いわば人工的な石だ。
自分と人質から注意をそらすために、マオ族狩りの上にレンガ造りの建物を倒し、ぶつかる直前に魔法で砂に変える――コレがラーニャの考えた大胆すぎる作戦だった。
非常に力を使ったものの、騒ぎに紛れてラーニャと人質は無事逃げ出し、マオ族狩り達は砂に埋もれて身動きできなくなった。
体力を消費した甲斐があったというものだ。
「よおし、この際一人残らず捕まえようぜ!」
ラーニャは人質の少女を預けると、自分も砂山に向かって行く。
次々砂から顔を出すマオ族狩りが殴られて沈む光景は、出店のもぐら叩きを思わせた。
ラーニャも他に負けじと、出てくるマオ族狩りに硬い拳を食らわせる。
気を失ったマオ族狩りは素早くふん縛られ、辺りは縛られた白覆面だらけになった。
ようやく顔を出してくる白覆面がいなくなると、最後の一人を縛っていたナツが叫んぶ。
「もう全員捕まえただろ。警備隊呼んでこよう」
散々貧民街のマオ族達を苦しめてくれたマオ族狩り。
個人が特定できないせいでほぼ野放し状態だったが、これで一網打尽に出来ただろう。
後は警備隊に突き出すだけである。
だがラーニャたちが縛ったマオ族狩り達を急き立てていると、馬の蹄の音がして、複数の騎士たちが建物の影から飛び出してきた。
通報もしていないのに一体何事だろうか。
見れば騎士たちの制服には、近衛騎士団の紋章までついている。
ラーニャを含む自警団全員が驚いていると、先頭の一番良い身なりをした騎士が叫んだ。
「皆の者控えおろう! マドイ殿下の御成りである!」
(はぁ~? マドイぃ?)
なぜ何の脈絡もなくマドイがここに来るのだろうか。
ラーニャが戸惑うのをよそに、騎士に先導されて見覚えのある馬車がやって来たか思うと、やがてその中から、久しぶりに見るマドイが現れた。
相変わらず派手好きな彼は、ラーニャを見つけるなりこちらへ駆け寄ってくる。
「ラーニャ! このお馬鹿!」
「は? なんだよいきなり」
「やっぱりこの件に関わっていたんですね。心配ばかりかけさせて、全く」
マドイは一人でぶつぶつ言いながら、一人でコクコク頷いていた。
ラーニャにとっては何がなにやらさっぱりである。
「お前……。何しに来たの?」
「貧民街で騒ぎが起こったと聞いて、心配だから来たのですよ」
「心配って、オレが……?」
「もちろん」と言って、マドイはこれ以上ない妖艶な微笑を浮かべた。
久しぶりに彼の笑顔を見ると、何だか懐かしい気分になる。
(オレ、そういえばコイツに求婚されてたっけ)
ラーニャはようやくそれを思い出して、ついマドイから顔をそらした。
彼の態度は今までと変わらないが、やはり求婚された方としてはどことなく恥ずかしい。
ラーニャが俯いていると、不審に思ったのかマドイが聞いた。
「ラーニャ、ひょっとしてどこか怪我でもしたんですか?」
「……別に」
「それともこの間の答えを伝えようと……?」
「ばっ。ちげぇよ!」
ラーニャはマドイの言葉に、真っ赤になって顔を上げる。
だが顔を上げた途端、彼女の顔は打って変わって真っ青になった。
マドイの肩越しに、砂山からナイフを持って立ち上がる、マオ族狩りの姿を見つけたからである。
「おい、マドイ。そこをどけ」
「は? 何ですか、いきなり」
「いいから黙って左によけろ!」
ラーニャが叫ぶとほぼ同時に、立ち上がったマオ族狩りがこちらに向かってきた。
破れかぶれになっているのだろう、ナイフを両手に握り、真っ直ぐマドイとラーニャに突進してくる。
「汚いマオ族と、それに組する穢れた王族め! 成敗してくれる!」
(マズイ――!)
ラーニャは目の前にいたマドイを、とっさに付き飛ばした。
だがその分、彼女は自分のための行動に出遅れる。
「死ね! ラーニャ・ベルガ!」
マオ族狩りのナイフが、ラーニャの目と鼻の先まで迫った。
だがそれが突き刺さる前に、ラーニャはマドイに足を引っ張られて前のめりに倒れこむ。
(――!?)
ラーニャが驚いている間に、マドイが彼女の上に覆いかぶさった。
ラーニャは当然もがくが、彼はしっかりと捕まえて離してくれない。
「マドイ離せ! 離してくれ!」
叫んでいる間に、騎士たちの足音とマオ族狩りの騒ぐ声が聞こえた。
雰囲気から察するに、無事乱心したマオ族狩りは捕らえられたらしい。
「マドイ。もう大丈夫だから離せって」
ラーニャは何とかマドイの下から這い出すと、一息ついた。
だがマドイは汚い地面に寝そべったまま動こうとしない。
「……マドイ?」
ラーニャが改めてマドイの姿をよく見ると、彼の背中には、大振りのナイフがしっかりと突き刺さっていた。