終わり編10 マドイの心配
ラーニャが答えを探すと出て行ってから、もう一週間以上経つ。
最近マドイは、彼女のことばかりを考える生活を送っていた。
答えを出すのに一週間以上もかかるなんて、実質否と言われているようなものではないか。
そう考えると、マドイは頭を抱えて叫んでしまいそうになった。
だいたい求婚の仕方が悪かったのである。
いきなり子供がどうたら言ってしまうなんて、過去の自分を鞭で叩き殺してもまだ足りない愚行だった。
もしラーニャが美形の男に頬を染めるような少女なら、今回のような求婚もあるいは効果的だったのかもしれない。
だが生憎彼女は、周辺諸国にも知れ渡る美貌を持つマドイに、平気で頭突きをかましてくる女なのだ。
(もう駄目。いても立ってもいられない)
マドイは持っていた扇で手のひらで打つと、ミカエルの部屋へ向かった。
ろくにノックもせず部屋を開け放つと、勉強をしていたのか、机に向かっていた弟が振り返る。
「どうしたの兄上?」
「ちょっと――、ラーニャのことが聞きたくて」
紫の瞳でミカエルを見つめると、彼は珍しく顔を曇らせた。
「兄上さー、ラーニャがちゃんと答えを出すまで待てないのっ?」
「そっそれは……。しかしもう一週間も経つので……」
「ボクもラーニャが今何を考えているのかなんて、知らないよっ」
ひょっとしたら、彼ならラーニャと頻繁に連絡を取っていると思ったが、違ったらしい。
マドイはがっくりと肩を落とした。
「そもそも、ラーニャは一体どこへ行ったのでしょう。行き先も告げずに出ていくなんて、あんまりではありませんか」
「うーん。ていうか、行き先考えずに出て行ったんだと思うよっ。だから貧民街にいるんじゃない?」
「貧民街? 貧民街にいるんですか!?」
(なんてことだ――!)
貧民街はただでさえ治安が悪い上に、今取り潰し騒ぎの影響で、マオ族狩りという物騒な輩まで出ている。
そんな所に大事なラーニャを置いておけるはずがなかった。
「ミカエル。どこにラーニャがいるか案内しなさい! 今すぐ迎えに行きます」
マドイは勇み足で部屋を出て行こうとしたが、ミカエルは椅子から立ち上がろうともしなかった。
「何をしてるんですか!? 早くしなさい。ラーニャがどうなってもいいのですか?」
「どうなってもって、ラーニャは元々あそこに住んでたんだよ。平気だよ」
ミカエルは呆れ顔で言うと、再び机に向き直った。
ラーニャの身にひょっとしたら危機が迫っているかもしれないのに、平然としている彼の様子が、マドイの気に触る。
マドイはつかつかと彼の元に歩み寄ると、机の上を覗き込んだ。
「ラーニャより大事な勉強なんて、一体――」
マドイはそう言いかけた所で、机の上に開かれている本を見て絶句した。
震える指でその本――本と言うにも汚らわしい――を差して、ミカエルに尋ねる。
「ミカエル、この本は一体なんですか?」
「『週刊女性告白』の、記念すべき創刊号だよっ。兄上が用意してくれたんじゃないかっ」
机に開かれた『週刊女性告白』のページには「告白! 赤裸々愛の体験談」という見出しが、大きく躍っていた。
記事は見出し通りの、十代から五十代女性までの赤裸々な愛の体験談で、内容を見たマドイは思わず強烈なめまいに襲われた。
部下に用意させたせいで知らなかったが、まさかミカエルがこのような俗な印刷物を所望していたとは。
「貴方――コレを庶民の生活を学ぶための、貴重な資料だとおっしゃっていませんでしたか?」
「そうだよ。そうでしょ?」
「『そうでしょ?』じゃ、ありませんこのお馬鹿! このような汚らわしい出版物――子供が見る物ではありません‼」
マドイは机の上に手を伸ばすと、素早く「週刊女性告白」を取り上げた。
ミカエルは取り返そうと一生懸命になるが、背の高いマドイはそれをなんなくあしらう。
「これは私が責任を持って処分しておきます」
「うわぁぁん。二十年前の貴重な資料がー!」
マドイは弟の泣き声に背を向けて、彼の部屋を去ろうとする。
だがその前に部屋の扉が勢いよく開け放たれ、マドイの部下が中に飛び込んできた。
「殿下! お探しいたしました!」
肩で息をする部下に、マドイは静かな一瞥を向ける。
「なんですか。騒々しい」
「貧民街で、いきなり建造物が倒壊する騒ぎが! マオ族狩りと、マオ族の抗争のようです」
「……!」
マドイの脳裏には、即座にラーニャの顔が思い浮かんだ。
貧民街には今、ラーニャがいる。
マドイは何故か今回の騒ぎに彼女が関わっていると思えてならなかった。
ラーニャは理不尽なことが大嫌いで、なおかつそれを打ち破る力を持った、激烈な出稼ぎ娘である。
貧民街にいて、マオ族狩りのことを放っておくはずが無い。
少々のことではへこたれない娘だが、もしものことがあったら――。
「直ちに現場に向かいます。大急ぎで支度なさい」
マドイは部下に命じると、大股でミカエルの部屋を後にした。




