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激烈出稼ぎ娘  作者: 種子島やつき
第三部
109/125

終わり編9 英雄の条件

 脅迫状で示された場所は、レンガ造りのアパートが立ち並ぶ、貧民街の中でも特に立て込んだ場所だった。

おそらくここなら、警備隊にも見つかることはないとふんだのだろう。

ラーニャは脅迫状をくしゃくしゃに丸めると、その場所に向かって飛び出そうとした。

だが彼女の袖をナツが掴んで引き止める。


「どこ行く気だ!」

「決まってんだろ? 言われた場所だよ」

「バカな真似は止めろ! 行ったら確実に殺されるぞ!」


 ナツは顔を真っ赤にしながら震えていた。


「アイツらは捕まった仲間の仇を討つ気だ。行ったら絶対殺される」

「仇って……。仲間を捕まえたのは自警団皆じゃねーか。どうしてオレだけ」

「お前を殺せば、王都のマオ族の心の支えを折ることができる。仲間の仇と一石二鳥ってわけさ」


(マオ族狩りの奴ら……。随分味な真似してくれるじゃねーか)


 ラーニャはチッと舌打ちをした。

仲間が捕まって以降大人しいと思ったら、こんな大それた計画を練っていたなんて。


 ナツの推測が正しいとすれば、向こうはラーニャを殺すためにそれなりの準備をしているだろう。

脅迫情に書かれた時刻まであと五時間ほど。

もしラーニャが行かなければ、マオ族狩りは確実に少女を殺すはずだ。


「だけどオレが行かなきゃ人質が死ぬ。行かないわけにはいかないだろ」

「だが……」


 振り切って現場に向かおうとするラーニャに、ナツは口ごもる。

だが彼の言葉を補うかのように、自警団の一人が口を開いた。


「それでも……。ラーニャは行く必要ねーよ」


 ラーニャはその言葉に目を剥いたが、他の者も彼の発言に次々と同意した。


「あいつの言うとおりだ。言っちゃあ悪いが、人質はただの貧民の子供だ。精霊の守護があって、王侯貴族の信頼が厚いラーニャとは違うさ」

「そうだ。ラーニャは俺たちの英雄なんだ。みすみす死なれちゃ困る」

「お前に今死なれたら、マオ族は希望を失う。気の毒だが人質は諦めた方がいい」


 自警団の皆の意見はほぼ同じようだった。

聞けば誘拐された子供は浮浪児で、死んで悲しむ両親もいないらしい。

身寄りの無い子を助けるために、ラーニャが死ぬよりは――自警団の人間は、子供を犠牲にする事を選んだようだった。


「そうか……」


 ラーニャは小さく呟くと、酒場の中に引き返す。

皆の顔に安堵が浮かんだが、ラーニャは突然椅子の上に飛び乗ると、テーブルの上に片足をめいっぱい叩きつけた。

そして大型肉食獣の咆哮のような声で叫ぶ。


「そんなんだからオレたちマオ族は、野蛮だの粗暴だの言われるんだ!!」


 爛々と光る彼女の金色の瞳に、その場にいる誰もがすくみ上がった。


「両親がいない子供だから、オレより生きる価値が無いってかぁ? 随分ご立派な天秤持ってるじゃねーかテメェら。テメェらは精霊王様か何かなのかい? すぐに人間の価値が分かるんだからよぉ」


 じろり、とラーニャに睨まれた一人が大きく震え始める。

屈強な男たちが小さな少女に怯えるのは余りに滑稽だったが、それを気にする余裕がある者はこの場にいないだろう。

ラーニャはもう一度足をテーブルに叩きつけると、首を傾けて見えを切った。


「テメェら、オレが希望とか英雄だから、死んで欲しくないと言ったがな。テメーらは子供犠牲にして生き延びるような輩を、希望の星に掲げるつもりかよ?」

「……そ、それは」

「そんなクズを持ち上げなきゃ希望が持てないんなら、テメーら全員王都から出て行きやがれ‼」


 その言葉を最後に、酒場はシンと静まり返った。

しかしやがて、ナツが恐る恐る口を開く。


「……確かに、俺達がどうかしていた。ラーニャが怒るのは無理もない」

「……」

「だが、ラーニャに死んで欲しくないのは本当なんだ。お前は俺達の大事な仲間なんだ」


 ラーニャはしばらく黙ると、静かに呟いた。


「そりゃオレも、何も考えずにあそこへ行くとは言ってないさ」

「え?」

「……指定の時刻まであと五時間。多分何とか間に合うだろ。『あそこ』を選んだのが、マオ族狩りの運の尽きだ」


 顔を見合わせる自警団の皆に、ラーニャは向き直って言う。


「皆、オレに考えがある。協力してくれ」


 彼女の瞳に先ほどのような恐ろしさは残っていないが、力強いことに違いは無い。

自警団の男たちは無言のまま頷いた。







 時刻になると、指定された場所には百人を越すマオ族狩りが集合していた。

おそらく王都中のマオ族狩りが一斉に集結したのであろう。

全員白い覆面をつけている上に、それぞれ棍棒だの剣だのを持っている光景には、猟奇的な異様さがあった。

その白い集団の先頭には、捉えられたマオ族の少女がいる。

拘束されていはいないが、この大人数の中を逃げ出せるはずが無かった。


 ラーニャは彼らの様子を観察し終わると、隠れていたレンガ造りの建物から一歩足を踏み出す。

姿を見せた彼女に、集まったマオ族狩り達が湧いた。


「オレが来たんだ。とっととその子を離しな」


 ラーニャは全員に聞こえる明朗な声で叫ぶ。

少女を捕まえているマオ族狩りの一人が答えた。


「ラーニャ・ベルガ。お前が来るのが先だ」

「……分かった」


 ラーニャはすんなりと、彼らの元へ向かった。

近くまで来ると、彼女は金色の瞳でマオ族狩りたちを睨みあげる。


「これでいいだろ? はやくその子を開放しろ」


 しかしマオ族狩り達は、少女を話さないままラーニャに武器を向けた。

集団の中の誰かが、笑い声をあげて言う。


「馬鹿め! マオ族との約束を守るはずが無いだろう」

「――やっぱりか」


 ラーニャは呟くと、何を思ったのかいきなり右手を振り上げた。

それを下に振り下ろすのとほぼ同時に、辺りに何かが軋むような音が響く。

音はやがて何かが崩れる音に変わり、マオ族狩り達は予想外の事態にうろたえ始めた。


「――なんだ? 何をしたんだ!?」

「今に分かるさ」


 ラーニャが不敵に笑ったのとほぼ同時のことである。

マオ族狩り達のそばにあった、レンガ造りの建造物が倒れ掛かってきたのは。

しかしなぜか建物の崩壊する音にまぎれて、男たちの掛け声が聞こえてくる。


 それで全てを悟ったのだろう。

少女を捕らえていた男が叫んだ。


「まさか! 建物を倒して俺達を生き埋めにする気か!?」

「ああ」

「貴様! 自分と人質ごと俺たちと心中――」


 男の言葉が全て終わる前に――倒れてくる建物が、ラーニャとマオ族狩り達の頭上すぐにまで迫った。

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