終わり編7 貧民街の自警団
「マオ族狩り」は必ず集団で現れるが、全員白い覆面をしているという。
襲う標的は物乞い、老人、子供――つまり弱者にかぎられ、しかも絶対に一人でいる所を狙うらしい。
「なんて卑怯なヤツラだ。許せねぇ」
ラーニャは話を聞いてるだけで腹が立って、不味い水割りを机に叩きつけた。
「で、散々暴力振るった挙句に耳や尻尾をちょん切るんだろ? どうかしてるぜソイツら」
あれからラーニャはマオ族たちに誘われ、貧民街唯一の酒場に来ていた。
そこで物乞いを襲っていた連中について尋ねたのだが、事態は予想していたよりも遥かに酷かった。
被害にあったマオ族の数はすでに手足の指だけでは足りず、暴行を受けた人間も含めると、被害者は数え切れないほどいるという。
「だから俺たちは、今までじゃ考えられないことに自警団なんざ作っちまったわけさ」
そう言って笑うのは、ラーニャを酒場に誘ったマオ族――ナツである。
彼はマオ族狩りに対抗するために作った自警団のリーダーを勤めているそうだった。
なるほど、リーダーになるだけあって、たくましい体つきをした若者である。
「しかし、一体なんで急にそんなヤツラが出てきたのかねぇ?」
マオ族の差別は言うまでもなく今に始まった事ではないが、組織的に危害を加えられることは今までなかった。
むしろ王都の人々はマオ族との関わりあいを避けてきたのに、それが一転、わざわざこちらの居住区まで来て攻撃を仕掛けてくるとは。
「何か理由があるのかな?」
「理由ならアレだよ。ほら、この貧民街、もうすぐ取り潰されて新しくなるだろ? それさ」
「貧民街の取り潰しとマオ族狩りが関係あるのか?」
「関係大ありだよ。あいつらはマオ族が貧民街から出てきて欲しくないのさ」
ナツは顔をしかめると手元にあった安酒を一杯あおった。
「貧民街がなくなれば、俺たちは街に出て行くことになる。それが奴等は嫌なんだ。要はマオ族はゴミためで大人しくしてろってことだな」
「やってらんねーな。そういやぁ警備隊は何してんだよ。ほったらかしか?」
「そういうわけじゃないんだが……。あいつら集団で来やがるくせに逃げ足だけは早いから、警備隊が来た頃にはハイさよならだ。後で捕まえようにも、覆面かぶってるから分からねーしよ」
覆面をかぶっているのは捕まりたくないためなのか。
しかしラーニャは他にも理由がある気がした。
きっと「マオ族狩り」は、顔を出して暴れる勇気のない、臆病者たちの集まりに違いない。
だから弱者を、それも一人を集団で襲うのだ。
「そういやマオ族狩りの連中、オレのことを重罪人とか言ってたな。どういう意味だか分かるか?」
「意味も何も、そのまんまだよ。あいつらにとっちゃ、お前は重罪人なんだ」
「……なして?」
「そりゃお前が英雄を倒し、小麦騒動で活躍し、マオ族の希望の星になったからさ。お前のおかげで縮こまるのをやめたマオ族は多い。それに王都の人間にも、マオ族の評価を改める奴が出てきた。普通に考えりゃ良い事してるんだが、マオ族狩りにとったらマオ族をのさばらせる元凶になった重罪人なんだよ」
ラーニャはため息を吐くしかなかった。
希望の星と言われたことは嬉しかったが、まさかマオ族の差別が緩むことを良しとしない人間に、罪人呼ばわりされているなんて。
そんな奴等に何を言われても構わないが、勝手に恨まれていつか襲われたりしたら億劫だった。
「そんなにしょげた顔するなよ。俺たちはお前に感謝してるんだからよ」
ナツが白い牙を見せて笑う。
するとそばで飲んでいた自警団の一人が、酒臭い息を振りまきながら呟いた。
「しかしラーニャは俺たちの英雄だけどよぉ。王族の奴等は余計な事してくれたよなぁ」
彼の呟きに、周りで飲んでいた他のメンバーが次々と同意した。
「確かに貧民街さえなくさなきゃ、マオ族狩りも出なかったのにな。全く迷惑だよ」
「マドイ殿下だっけ? アイツ顔ばっかり綺麗で頭の中身はカラッポだよなぁ」
「そうそう。女みたいな軟弱野郎でよぉ。ひょっとしてオカマなんじゃねーのかぁ?」
ラーニャは最後の方に聞こえてきた言葉にムッとした。
爛々とした金色の目で、その台詞を言った奴らを睨む。
「おい、マドイ……殿下をそんな風に言うんじゃねーよ」
「なんだぁ? 本当のことじゃねーか。アイツが街潰そうとしてるおかげで、こっちは大変なんだよ」
「そうだそうだ」という声が酒場中から上がった。
だがラーニャは立ち上がると、彼らに向かって静かに言う。
「お前ら……。いつからそんなしみったれた負け犬になったんだ?」
「負け犬」というラーニャの言葉に、一同は顔を見合わせた。
侮辱的な言葉にいきり立つものもいたが、ラーニャは自分の言葉を翻さない。
「だってそうだろ? いじめられるのが怖いから、ずっと貧民街でいい。ずっとここで閉じこもって暮らす。負け犬以外の何者でもないだろーが」
諭すようなラーニャの声に、いきり立っていた酒場のマオ族たちも、そうで無い者たちも揃って下を向いた。
「そりゃマオ族狩りは怖いだろうけどよ。ここで足踏みしてたら永遠にマオ族は差別されたまんまだ。
テメェのガキにも同じ思いはさせたくないだろ?」
「そうだな」と、横にいたナツが答えた。
他の皆も静かに同意する。
酒場の空気は静まり返ったが、それを見たラーニャはわざと明るい声を出した。
「おいお前ら、そこまで暗い顔すんな。マオ族狩りが何人こようが、オレが力になってやるからよ」
彼女の申し出に、酒場のマオ族立ちは一斉に顔を上げる。
「ホントか?」
「たりめーだろ。オレに二言はねぇ。このオレがいりゃ百人力よ。ここが無くなるまで面倒見てやらぁ」
ラーニャがドンと胸を叩くと、先ほどの空気とは一変して辺りに歓声が響いた。




