表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
激烈出稼ぎ娘  作者: 種子島やつき
第三部
103/125

終わり編3 ラーニャ逃亡中

 マドイは裏返しになった亀のように床でもがいていたが、ラーニャは呼び止める彼を無視して部屋を走り去った。

何だか彼の近くにいたくなくて、ラーニャは全速力で王城を抜け出す。

心臓が早鐘のように鳴り響いているのは、休まず走り続けているせいか。

顔もまだ火がついたように熱いままだった。


 城下町に続く坂を駆け下り、町中に出ると、ラーニャは道端に置いてあるベンチに腰掛けた。

肩で息をしながら、背もたれによりかかる。


(一体何だってんだ。マドイの奴……)


 彼の台詞が脳裏に蘇って、再びラーニャの顔が真っ赤になった。

結婚のことだけでも恥ずかしいのに、ましてや子供なんて。

ぶっ飛んでいるにも程があった。


(マドイの大馬鹿野郎!!)


 一体彼は何を考えてあのような台詞を口にしたのだろうか。

マドイとは、かつては敵同然の仲であり、今では上司と部下。

そして家主と居候の関係でもあった。

だがどう甘く見積もっても、友達以上の関係ではないし、友達と言っていいかどうかも微妙である。

それを色んな段階をすっ飛ばして、いきなり結婚してくれだなんて、彼の真意が分からなかった。


(ひょっとして、アイツ結婚できなくて焦ってんのかな?)


 マドイはもうすぐ二十三歳になる。

結婚するにはちょうどいい年頃だが、去年の騒動で婚約が破談になり相手がいない。

それで焦っているのかとも思ったが、彼は国王の第二子にして魔導大臣。

しかも絶世の美男である。

縁談は振る雨のごとくあるに違いなかった。


 そうなると、ますますこちらに求婚する意味が分からない。

ラーニャは首をひねった。


 ラーニャは大地の精霊の加護を受けてこそいるが、田舎から出てきた貧しい出稼ぎ娘である。

身分差はもちろんのこと、後ろ盾もなければ教養もない、むしろ彼に利のある物を探す方が難しい平凡な娘だ。


(やっぱりアレは冗談だったってことか?)


 だがあの時のマドイの様子は、どうみても真剣そのものだった。

そうなると、残された理由はひとつしかない。

それは――。


「おい、こっちに逃げたそうだぞ!」


 野太い男の叫び声が聞こえて、ラーニャの思考は中断された。

見れば遠くの方で、警備兵たちが集まって何やら騒いでいる。


「マドイ殿下を背後から襲った賊が、今城下町に逃げてきてるらしい」

「なんとしてでも捕まえて御前に引き出せとのことだそうだ」

「賊はマオ族の女なんだって?」

「でも男装しているそうだぞ」

「絶対無傷でってのが分からないな。ご自身を襲った賊だろうに」


 ラーニャは熱かった顔が一気に氷点下まで冷めていくのを感じた。

今警備兵たちが言っている「マドイ殿下を背後から襲った賊」とは、間違いなくラーニャのことである。

マドイは城下町の警備兵にラーニャを探し出すよう、お触れを出したに違いなかった。


(こりゃマズイ!)


 今ラーニャはどうしてもマドイに会いたくなかった。

あんなことを言われた直後である。

もしまた顔を合わせたら、顔から火なんて生易しいものではなく、溶岩でも吹き出すに決まっている。


 なるべく気配を殺してラーニャはベンチから離れようとしたが、それを警備兵の一人が目ざとく見咎めた。


「おい、そこのマオ族――」


 皆まで言われるより先に、ラーニャは再び全速力で走り出した。

怪しさ丸出しのラーニャの行動に、その場にいた警備兵全員がこちらに向かってくる。


「待てー!」

「やなこった!」


 何せずば抜けて筋力と体力に優れたラーニャである。

すぐに警備兵たちを撒くことが出来たが、逆にこれで王都中のお尋ね者確定であった。


「これからどうすっかねぇ」


 ラーニャは誰に聞かせるともなく呟く。

身一つで王宮を出てきてしまったため、ポケットの中には小銭しかない。

いくら王宮に帰りたくないとはいえ、これでは夜を明かせそうになかった。


 ラーニャはかすかに疲労を覚えながら城下町を彷徨い歩く。

しかし曲がり角を曲がった所で、先ほどの警備兵の一人とばったり顔を合わせた。


「あっ」

「げっ」


 ラーニャが走り出すと同時に、背後から「いたぞー!」という声が上げられた。

途端にわらわらと、町中のいたるところから警備兵たちが顔を出す。


(一体何人いんだよ!)


 再び警備兵たちとラーニャのおっかけっこが始まった。

手配が整ったのか、兵の数は先程の時と比べ物にならない程多い。

いくら体力があるラーニャとはいえ、何十人もの警備兵をやり過ごすのは骨が折れた。


 時に身を隠し、時に迫ってきた兵をぶん投げながら、ラーニャは王都を縦横無尽に逃げまくる。

いつの間にかあんなに高かった日は暮れ、王都には宵闇が訪れていた。


(こっちの方は追っ手がいないか?)


 ラーニャはなるべく人目が付かない所を狙いながら、夜の王都をひた走る。


「こっちだー! こっちに行ったぞー!」

「早く殿下の所へ連行するんだ」


 遠くから兵士たちの声が聞こえてくる。

休んでいる暇はなかった。

今捕まれば、否応なしにマドイと引き合わされ、せっかく逃げ出した意味がなくなってしまう。


(なんでこんなことになったんだろ……)


 ラーニャは物影に身を隠しながら、両手で顔を覆った。

今日の昼までは、マドイといつものように会話していたというのに。


(アイツが悪いんだよ――!)


 ラーニャは両手を力強く握り占める。

マドイが結婚だの子供だの言い出さなければ、こんなことにならなかったのだ。

あんなことさえ言われなければ、ラーニャは今までどおり当たり障りのない関係のまま、マドイといつまでも過ごしていられたのに。


 兵士たちの足音は、すぐそこまで迫っていた。

ラーニャは見つからないうちに走り出そうとしたが、隠れていたゴミ箱のふたを引っ掛けて、大きな音を立ててしまう。


「いたぞ! あそこだ!」


 四方八方から兵士が現れ、逃げ出そうとしていたラーニャを取り囲んだ。

皆一日中走りまわっていたせいか、血走った目でラーニャのことを睨んでいる。


「さぁ、観念してもらおうか。暗殺未遂犯」

「あ、あんさつみすいぃ?」

「マドイ殿下を背後から襲おうとしたんだろ! バッチリお縄についてもらうぞ!」


(襲ってなんかねぇよ! ……むしろ襲われたのってオレじゃね?)


 どういう行き違いがあったのかしらないが、彼らの中でラーニャはマドイ殿下暗殺未遂犯になっているらしい。

じりじりと間合いを詰めてくる警備兵たちに、ラーニャはこれまでかと覚悟を決める。


 しかしその時である、いきなり白い馬車が警備兵たちの間に突っ込んできたのは。


「ラーニャ! 早くボクの馬車に乗って!」


 駆け込んできた馬車の中から顔を出したのは、紛れもないミカエルだった。


「ミカエル! どうしてここに!?」

「君を助けに来たんだよ! 時間がないから早く!」


 ラーニャの目の前で、馬車の扉が開けられる。

迷っている時間などあるはずなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
NEWVEL

よろしければ投票お願いします(月1)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ