表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
激烈出稼ぎ娘  作者: 種子島やつき
第三部
102/125

終わり編2 プロポーズと背負い投げ

 手紙をもらった次の日、ラーニャは朝から何もする気が起きなかった。

昨日から侍女を部屋に入れていないため、投げたクッションがそのままの形で散らばっている。

ラーニャが乱れたベットの上でうつ伏せになっていると、久しぶりにマドイが尋ねて来た。


「おや、どうしてんですか。この部屋の有様は」

「……別に。何か用か?」

「時間が出来たからお茶に誘いに来たんですけど……。それどころじゃないようですねぇ」


 「早く帰れ」とラーニャは心の中で毒づく。

だがそんな思いとは裏腹に、マドイはこちらへ近付いて来た。


「なんか、浜辺に打ち上げられたナマコみたいですよ」

「ウルセーな」

「何があったんですか? わたくしにお話しなさい」


 ラーニャはしばらく考えると、うつ伏せになったまま言った。


「オレ、近いうちに故郷へ帰ろうと思う」


 突然の彼女の帰郷宣言に、マドイは体を仰け反るようにして驚いた。

銀色の髪を振り乱し、艶やかな声を張り上げる。


「故郷に帰るって、魔導庁はどうするつもりですか!」

「……辞めるよ。悪いけど」

「どうして急に! 何か嫌な事でもあったんですか」


 食い下がってくるマドイに、ラーニャは申し訳ない気分になった。

大地の精霊の守護を受ける者は魔導庁でラーニャしかいないから、いなくなったらさぞかし迷惑がかかるだろう。


「別に魔導庁が悪いわけじゃないんだ。ただ、カーチャンが帰って来いってさ」

「どうして急に? ひょっとしてご病気とか?」

「……いや。王都に女が一人でいると世間体が悪いから、早く故郷で結婚して子供産めって。近所からも色々言われてるんだってよ」


 ラーニャの帰郷の理由に、マドイは絶句していた。

確かに彼にとったら馬鹿らしすぎる退職理由に違いない。


 彼は柳眉をしかめると、ラーニャのそばにあったラニーニャの手紙に目を止めた。

何を思ったのか彼は勝手にそれを拾い上げ、許可も得ずに中に目を通し始める。


「こんなこと言われて、よく素直に帰る気になりますね」


 全て中身を読み終わったのだろう。

マドイの声には、明らかに怒りが含まれていた。

彼が自分のために腹を立ててくれることを、ラーニャは少し嬉しく思う。


「失礼ですが、こんなことを書いてよこす母親の所に帰るおつもりですか?」

「……オレも最初はムカついたさ。でもカーチャンも色々周りに言われて参ってるんだと思う。今ウチ男手ないから、どうしても伯父さんたちに頼らなきゃなんねーし。近所のヤツラも娯楽なんてほとんどないから、人の噂や悪口が一番の楽しみなわけ」


 あっけらかんと笑うラーニャを見て、マドイは呆れたようにため息を吐いた。


「ウチのミカエルを三倍悪質にしたような村ですね」

「田舎の中にはそういう場所もあるんだよ。勉強になっただろ?」


 ラーニャはひっくり返ると、大の字になって天井を眺めた。


「オレさぁ、もともと家族のために出稼ぎに来たんだ。だから家族の反対を押し切ってまで帰らない理由はないんだよ」

「ミカエルや私が嫌がっても?」

「それは――」


 ラーニャは元々家族を養うために王都へ出稼ぎにやって来た。

だがそこでミカエルと出会い、マドイと出会い、色々な人達と出会った。

王都にいる理由は、今や家族のためだけではない。


 天井を眺めたまま、ラーニャは顔をくしゃりと歪める。


「……マドイ。オレ、どうすりゃいいんだろ」

「帰らなければ良いだけではありませんか」

「でも……」

「手紙をよくお読みなさい。何が何でも帰ってこいとは言っていないでしょう?」


 手紙には何が何でも帰ってこいと書いてある気がするが。

ラーニャが半分起き上がって首をかしげていると、マドイはフンと鼻で笑う。


「頭悪いですねぇ。貴女の母親や村長は、独身の女が一人で王都にいるのが不味いと言っているのでしょう? それはつまり、結婚さえすれば王都にいても全く構わないということですよ」


(何言ってんだ? この馬鹿チンは)


 その結婚ができないから故郷に帰らねばいけないのである。

そもそも相手がいるなら、このような問題は起きなかっただろう。


「それができないから、こーなってるんじゃねーか。それとも今から相手を探せって言うのか?」

「相手なんて探さなくても、私と結婚すればいいじゃないですか」


 マドイが言い終わる前にラーニャはブッと吹き出した。

再びベットの上に転がって、思う存分大笑いをする。


「何笑ってるんですか」

「だって、おかしいだろ。そんな真面目な顔して冗談かますとは思わなかったよ。しかも前フリ長いし」

「私は別に、貴女を笑わせようとして言ったわけではないんですがね」

「じゃあ何なんだよ?」


 ラーニャが半分笑った顔で尋ねても、マドイはまだ真剣な顔のままだった。

それどころかさらに真面目な顔になると、彼は押し殺したような声で言う。


「ちょうどいい機会だからこの際言ってしまいましょう。ラーニャ。貴女、私と結婚なさいな」

「あ?」

「私と結婚しろと言っているのです。言ったことは一度で理解しなさい」


 ラーニャは二三度大きな目をぱちくりさせると、すっくと立ち上がった。

そのまま真っ直ぐ、彼女は部屋の扉に向かう。


「ちょっとラーニャ! 私をほったらかしてどこに行くつもりですか!?」

「別に。テメーの冗談に付き合ってられないだけだよ」

「冗談? 貴女あれを冗談だと?」

「そうだろ? 人が悩んでるときにおちょくりやがって」


 ラーニャは怒りにまかせて扉を開けようとしたが、その前に強い力で両肩を掴まれた。

振り返れば、マドイが切れ長の目を吊り上げて後ろに立っている。


「離せよ。何怒ってんだよ」

「貴女、私の台詞が冗談ですって? それこそ冗談じゃありませんよ。私がどれだけ勇気を振り絞って言ったと思ってるんですか?」

「……え? ちょっお前」

「ハッキリ言っておきますが、私は冗談で結婚を申し込むほどバカな男ではありません!」


 マドイの顔は真っ赤だった。

無駄に力を込めているのか。捕まえられた肩が段々痛くなってくる。


「マドイ……。テメェ……」

「ちょうどいい機会です。私と結婚してしまえばいいじゃないですか。そしたら全て解決です。もう誰にも馬鹿にされないし、貴女の母親にも、待望の孫の顔を見せてあげることが出来るんですよ?」

「えっ? 孫!?」


 今度はラーニャの顔が真っ赤になる番だった。

彼の言う孫というのは、ラーニャとマドイの子供のことである。

つまり、そういうことである。


 ラーニャが顔を赤くしながら口をパクパクさせていると、何を早まったか、マドイはそのまま抱え込むような形でラーニャを抱き締めた。


「ラーニャ」

「ちょっ。なっ――!」

「文句も言えないくらいたくさん、貴女の母親に孫を見せてやりましょう。だからラーニャ、私と――」


 マドイが全てを言い終わる前に、ラーニャの中でブチブチと何かが切れる音がした。


「バカなこと言ってんじゃねえよおぉぉ!!」


 ラーニャは大声で叫ぶと、自らを抱き締めているマドイの腕を一本掴む。


「あ? え? ラーニャ――?」


 次の瞬間、マドイは背負い投げの形で宙を舞っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
NEWVEL

よろしければ投票お願いします(月1)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ